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急増する観光客とオーバーツーリズム問題、持続可能な観光への転換を

江口晋太朗編集者/リサーチャー/プロデューサー
観光客で賑わう京都・嵐山(写真:長田洋平/アフロ)

観光客がコロナ禍以前のレベルに回復

ゴールデンウィーク、観光地はどこも観光客で賑わいをみせている。

新型コロナも落ち着きをみせはじめた2023年以降、訪日観光客数もコロナ禍以前のレベルに次第に戻りつつある。2023年の訪日外国人旅行者数は2506万人とコロナ禍前の2019年の約8割にまで回復。訪日外国人旅行消費額は5兆2923億円と過去最高を記録する(*1)など、加速する円安にともない訪日観光客の消費額も急増している。

日本政府観光局(JNTO)が4月17日に発表した内容によると、3月の訪日客数は308万1600人となり、新型コロナ流行前の2019年3月を11.6%上回った。統計をとり始めた1964年以降、単月で過去最高だった2019年7月の299万1189人を超え、300万人を突破したのは初めてだという。(*2)

日本政府は、ポストコロナを見据え2030年訪日外国人旅行者数の目標を6,000万人、訪日外国人旅行消費額15兆円の目標を掲げており、政府としても引き続きインバウンドへの注力、旅行消費額増加や地方部への誘客促進を図るための施策を講じている。

オーバーツーリズムによってもたらされる課題

インバウンド需要が回復及びさらなる発展を目指す際に大きな課題となっているのが「オーバーツーリズム」だ。オーバーツーリズムとは「観光公害、観光過剰」と訳され、観光地に多くの観光客が訪れることで発生する行列や交通渋滞、ゴミの散乱や観光客らの迷惑行為などによって地域に悪影響を及ぼすことを指す。

オーバーツーリズムによってもたらされる課題は様々だ。(*3)

(1) 地域住民の不利益

旅行者の増大にともない公共交通機関が混雑し、地元住民らの通勤・通学といった日常の移動に支障をきたしている。京都などの観光地や景観保全地域では、レトロな風景や日本家屋などの注目から、私有地への無断侵入や無断写真撮影といったプライバシー侵害などが報告されている。また、民泊の普及により静かな住宅街に観光客が行き来し、夜間の騒音やゴミ捨て、車道の占領や事故などが多発している。

(2) 観光体験の悪化

混雑やそれにともなう観光サービスの質の低下や観光地のブランド価値の低下を招いている。求めていた景色をゆっくり観ることができないだけでなく、人混みによって景観も損なわれているといったことが指摘されている。

(3) インフラの過剰負担

公共交通機関の混雑のみならず、公共トイレやゴミ処理などの社会インフラへの負担も大きい。地域住民の税金でまかなわれている社会基盤が、観光客によって過剰に消費されていることに対する反発や負荷が問題視されている。

(4) 自然環境・生態系へのダメージ

観光客の増加により、自然破壊や環境汚染が懸念されている。新興国のリゾート地などでは乱開発による生態系破壊が大きな問題となっている。また、インバウンド観光客が増加することで、意図されず外来種の動植物が持ち込まれる危険性もあげられる。

(5) 文化・遺産に対する脅威

観光名所に名高い歴史的建造物の多くは、観光客で賑わう一方、多くの観光客が訪れることによって、マナーの悪い観光客の落書きや立ち入り禁止場所への侵入など、保全対象物の毀損によって歴史的建造物が劣化し、維持が困難となっている。また、寺社などではインバウンド観光客向けに外国語での表示が増え、風情が失われているといった懸念もあげられる。

時間分散、人数制限、観光税

政府や自治体も、オーバーツーリズム対策としていくつかの策を講じている。

その一つが、時間分散の提案だ。「時期」「時間」「場所」といった軸で観光地の分散化を提案する取り組みだ。

時期の分散化対策は、閑散期に貴重な文化財の特別公開を行ったり特別な体験を提供したりする、といったものだ。時間の分散化対策は、早朝や夜に観光できるスポットや場所の提案だ。お寺であれば早朝の座禅体験、ほかにも早朝ランニングなどがあげられる。日没から日の出までの時間帯は「ナイトタイムエコノミー」という新たな時間経済の概念として打ち出し、特別な体験や夜ならではのコンテンツ造成を図っている。

オーバーツーリズムとして、人数制限を設ける施設や場所も少なくない。施設への事前予約による時間帯指定入場によって、施設周辺の行列や渋滞を少なくする方法だ。

人数制限の取り組みは、通年ではなく繁忙期など特定の時期に行うこともしばしばある。観光名所である三島スカイウォークでは1日の来場者数を7,000人に制限し、さらに入場料も変更(*4)するなど繁忙期価格の設定も行っている。

そして、近年のオーバーツーリズム対策として注目されているのが「観光税」の導入だ。(*5)観光税は、旅行者に対して、宿泊施設や航空会社などの料金や運賃に上乗せする形で徴収する。徴収したお金は地域の観光インフラ整備や拡充の財源として充てられる。

すでに、世界各地で観光税の導入や検討が進められている。バリ島やベネチアの入島税はよく知られている。また、ギリシャでは2024年より気候変動対策税として1泊あたりの課税を課している。(*6)

日本国内でも、主要な大都市圏では「宿泊税」といった形で観光税が導入されている。また、京都市は宿泊税を2026年をめどに引き上げると明言するなど、観光税の追加も検討している。(*7)

観光税導入により、地方自治体や観光産業にとっては新たな収入源となり、オーバーツーリズム対策によって引き起こされている地域の混雑緩和のみならず、自然環境や生態系保全のための財源として期待されている。

一方、観光税の導入やさらなる値上げは、旅行者に対して多くの負担を強いることから、反発も大きい。観光税導入によって観光客数抑制を図ることが、結果として観光産業や地域の飲食店に従事する方々を圧迫しては意味も無い。観光税導入にあたっては、地域との議論が欠かせない。

観光客数だけを求める観光産業からの脱却を

観光地を多く抱える自治体では、様々なオーバーツーリズム対策が導入や検討されているが、根本的な問題としては、インバウンドを観光産業の中心とし、訪日外国人旅行者数を目標としていることの根本から考え直す必要があるのではないだろうか。

冒頭でも触れたように、日本政府は2030年までに6,000万人を目標として掲げているが、すでに現状としてオーバーツーリズムが大きな課題となっているなか、このまま6,000万人近い観光客が日本に訪れることによる効果がどの程度あるのだろうか。

オーバーツーリズムの課題でもあげているとおり、観光サービスや観光体験そのものが低下してしまい、結果として観光地のブランド、ひいては日本ブランドの低下にもつながりかねない。今のままの対策では6,000万人を受け入れるキャパシティは不可能に近い。

世界的にも、オーバーツーリズムによって観光産業そのものを見直そうという気運も高まっている。国連世界観光機関(UNWTO)によれば、「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」として「サステナブルツーリズム」という概念を掲げている。(*8)

観光客にとっても、観光することで地域の価値や環境を破壊してしまうことに加担したいとは思わないはずだ。観光客、観光地、地元経済など、観光に関わるステークホルダーそれぞれにとって、持続可能な観光のあり方を再考すべきだ。

これまでのような観光客数だけを求める観光産業から脱却し、価値ある観光体験をもとにした新たな観光のあり方が求められているはずだ。

*1 訪日客消費が初の5兆円超 23年、人数はコロナ前8割に(2024年1月17日掲載、日本経済新聞)

*2 3月の訪日客、最多308万人 1〜3月旅行消費も過去最高(2024年4月17日、日本経済新聞)

*3 京都のオーバーツーリズムの現状と観光地のデ・マーケティング(2019年2月5日、京都大学経営管理大学院)

*4 ゴールデンウィークの書き入れ時なのに…“日本一のつり橋”は1日7,000人まで 観光地が知恵絞るオーバーツーリズム対策(2024年4月26日掲載、静岡放送SBS)

*5 旅行者向け新税、自治体で導入広がる 観光政策の財源に(2022年6月14日、日本経済新聞)

*6 海外旅行がますます割高に?~世界的に観光税拡大の動き~(2024年3月8日、第一生命経済研究所)

*7 京都「宿泊税」値上げへ、松井孝治・新市長「2年後めど」…清水寺・祇園など巡る特急バスは6月導入(2024年2月5日、読売新聞)

*8 サステナブル・ツーリズムの推進(日本政府観光局)

編集者/リサーチャー/プロデューサー

編集者、リサーチャー、プロデューサー。TOKYObeta代表、自律協生社会を実現するための社会システム構築を目指して、リサーチやプロジェクトに関わる。 著書に『実践から学ぶ地方創生と地域金融』(学芸出版社)『孤立する都市、つながる街』(日本経済新聞社出版社)『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)他。

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