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ブラック法案によろしく~残業代ゼロ制度(定額¥働かせ放題制度)は命の問題!

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
ブラック企業被害対策弁護団HP、「ブラック法案によろしく」より。

政府は2月13日、いわゆる残業代ゼロ制度(定額¥働かせ放題制度)を含む報告書をまとめました。

遠くないうちに法案要綱となり、閣議にかけられ法案として国会に出てくるものと思われます。

ブラック企業被害対策弁護団はこの制度はブラック企業に活力を与える最悪の制度だとして反対しています。

そこで、できるだけ分かりやすく伝わるように、弁護団ホームページに「ブラック法案によろしく」という特設ページを設けました。

ブラック法案によろしく
ブラック法案によろしく

佐藤秀峰さんの人気漫画「ブラックジャックによろしく」の二次利用となります。

作成したのは明石順平弁護士で、ブラック企業被害対策弁護団のホームページやその他諸々の作業を行ってくれています。

なお、明石弁護士の所属する事務所内のホームページにも、ブラック企業によろしくというページがありますので、併せてご覧ください。

ブラック法案の元となる報告書が正式に決まってしまいました

メディアは性懲りもなく「時間でなく成果で賃金が支払われる」などと意図的に誤報していますが、この点については、渡辺輝人弁護士の労働時間規制除外を「時間でなく成果」と誤報する風潮についてに詳しく書いてあるのでそれに譲ります。

今回の報告書に対しては、労働者側は最後まで反対しています。

そのため、対立する部分には労働側の意見が付記されるという特徴があります。

ただ、1カ所だけ使用者側の意見があるのですが、それを見ると、彼らの本音が透けて見えてきます。

今回の対象者は少ない!もっと幅広く!という使用者側の本音

報告書の「4 特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)の創設」の冒頭に、この「定額¥働かせ放題」制度について、その導入の必要性がうだうだと書かれているのですが、次の使用者側の意見が記載されています。

なお、使用者代表委員から、高度プロフェッショナル制度は、経済活力の源泉であるイノベーションとグローバリゼーションを担う高い専門能力を有する労働者に対し、健康・福祉確保措置を講じつつ、メリハリのある効率的な働き方を実現するなど、多様な働き方の選択肢を用意するものである。労働者の一層の能力発揮と生産性の向上を通じた企業の競争力とわが国経済の持続的発展に繋がることが期待でき、幅広い労働者が対象となることが望ましいとの意見があった。

出典:今後の労働時間法制等の在り方について(報告)

「幅広い労働者が対象となることが望ましい」

これが本音です。

最初は年収1075万円程度などとしていますが、満足していないことが明らかになっています。

「ブラック法案によろしく」より
「ブラック法案によろしく」より

この本音に従えば、今後のこの制度が法律になれば、対象者を拡大せよという圧力が増すのは火を見るより明らかです。

今回、比較的少ない対象者としているのは「蟻の一穴」です。

このどこかで見たようなやり方は、派遣法と同じです。

派遣法は1985年に制定されますが、最初は13業務に限定されたものでした。

ところが、その後、急速に対象業務は拡大され、派遣がOKな業務を限定していた制度が、逆に派遣がNGな業務を限定することに転換され、原則と例外が逆転しました(いわゆる「ネガティブリスト化」)。

「ブラック法案によろしく」より
「ブラック法案によろしく」より

ただ、対象業務が広がっても派遣を利用する期間に制限がありました。

そのため、今度は期間制限もなくそうという法案が出ることになっているのです。

このように、一度制度が導入されると、そこから原則が崩壊していく様子がよく分かります。

ちなみに、本音は年収400万円以上の労働者を対象にしたいのです。

それは経団連のレポートでも明らかです。

ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言(2005年)

*ホワイトカラーエグゼンプションとはこの「残業代ゼロ」制度のことです

当該年における年収の額が 400万円(又は全労働者の平均給与所得)以上であること。

出典:ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言

営業社員は年収関係なく残業代ゼロ?!

実は、この新しい制度ほど注目されていないのですが、影響が大きいと思われる改悪もされようとしています。

それは裁量労働制の拡大です。

報告書の中には「3 裁量労働制の見直し」という項目が掲げられています。

裁量労働制とは、すでにある制度で、働き方に裁量のある労働者につき、一部の職種について一定の労働時間を働いたものとみなす制度です。短く働いても、長く働いても、一定の時間働いたとみなすわけなので、本当に裁量のある労働者にしか適用すべきでないのですが、実際には長時間労働の温床になっています。

たとえば、みなし労働時間が、月間の時間外労働が10時間とされながら、その10倍以上の120時間~160時間を恒常的にさせている職場など、問題が多いのです。

長時間労働過ぎて、裁量もへったくれもないわけですが、それでも「裁量労働制ダ!」と言い張る例は多いのです。

その裁量労働制の導入をやりやすくすることと対象者を増やすことが、この報告書には含まれています。

新しい対象者とは??

報告書には次の記載があります。

(1) 法人顧客の事業の運営に関する事項についての企画立案調査分析と一体的に行う商品やサービス内容に係る課題解決型提案営業の業務

(2) 事業の運営に関する事項の実施の管理と、その実施状況の検証結果に基づく事業の運営に関する事項の企画立案調査分析を一体的に行う業務

出典:今後の労働時間法制等の在り方について(報告)

なんか、無理くりやれば、「営業」だったら何でも当てはまりそうな・・・。

おそらく、法律化されるにあたり絞られるような工夫はあるのでしょうが、怖いのは濫用です。

濫用を招きかねない安易な拡大

「ブラック法案によろしく」より
「ブラック法案によろしく」より

現在の裁量労働制でも濫用的な事例はしばしばありますが、こんなわけの分からない対象拡大をすれば、ブラック企業といわれる企業では、「待ってました!」と思うでしょうね。

あまり法律知識のない若い営業社員に、法律が変わったのだから、と言いくるめて、際限なく働かせる様子が目に浮かんでしまいます。

既に、営業社員というだけで、成果を出さないのに給料をもらうのか、というアホなことをいうブラック企業がある中で、こんな恐ろしい対象の拡大は絶対にすべきではありません。

残業代って、なんで出るの?

以下は前に書いたことがあるのですが、再掲します。

残業代ゼロを考えるにあたり、超基本的なことに立ち戻ってみましょう。

そもそも残業代って、なんで出るのでしょう??

「ブラック法案によろしく」より
「ブラック法案によろしく」より

まず、単純に考えてみます。

労働契約は、労働者が働いたことに対して使用者が賃金(=給料)を払うという契約です。

彼は、朝9時から午後6時まで働いて日給8000円、お昼休みは1時間という契約でした。つまり、彼の労働は1日8時間、したがって給料は1時間あたり1000円ということになります。

そんな彼がもし午後7時まで働いたとすると、契約よりも1時間多く働いたことになりますね。

その場合、当初の約束よりも1時間多く働いたので、使用者はその分のお金を払わなければなりません。

したがって、1時間分の給料である1000円を払う義務が使用者にはあるのです。

そこで、使用者は1000円を彼に払いましたとさ。めでたし、めでたし・・・。

とならず、話はここからが本番です。

1000円ではいけないのである

労働基準法では、原則として、1日8時間、週40時間を超える労働について、25%を割り増した給料を払うことを使用者に義務づけています。

さっきの彼の例で言えば、1000円でなくて、1250円を払わないといけないのです。

それだけではありません。夜10時から朝の5時までの間はさらに25%の割り増しが義務づけられています。

もし、さっきの彼が夜10時以降も働いていると、25%+25%で50%の割り増しとなり、時給換算1500円を支払う義務が使用者にあるのです。

単純な契約の論理で行けば1000円でよかったのに、なんでこんなに割り増して払わないといけないのでしょうか? 長く働いた労働者へのご褒美ですか?

いいえ、そうではありません。これは、使用者が労働者を長く働かせることを抑制するために、あえて高い給料に設定しているのです。

どんな人間でも、長時間働いたり、深夜まで働いたりすることが続けば、健康を害してしまいます。これは、なんの規制もなかった時代に、多くの労働者が亡くなったり、病に倒れたりした時代の経験則です。そして、労働組合や労働者たちの必死の運動で勝ち取ってきた規制でもあります。

そう、残業代を払わせることは、労働者の命と健康の問題なのです。

以上、大事なことなので再掲しました。

マスコミの意図的な「誤報」の罪は深い

今回の政府の報告書について、「働いた時間ではなく成果で報酬を決める新たな労働制度」と報道されていますが、何度も言いますが、この報告書に

そんな制度は含まれていません!

全文読んでも、どこにも出てきませんよ。

こういった記事を書いている記者さんたちには、ソース(原文)にあたるという習慣がないのでしょうか。

マスコミによる意図的な誤報に騙されないように、みなさん、是非、それぞれお考えいただきたく思います。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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