常識から自由だからこそ。全日本女子バレー・眞鍋監督のハイブリッド6
ハイブリッド6というらしい。いま行われている世界バレーで、全日本女子が採用している新戦術だ。
2012年、ロンドン五輪。28年ぶりとなる銅メダルを獲得と、一定の成果を残した眞鍋政義監督だが、このままではさらに上は狙えないと痛感してもいた。バレーボールはふつう、コート上の6人の役割は固定されている。トスを供給するセッターと、守備と攻撃の中心になるウイングスパイカーが2人、おもに攻撃重視のオポジット、それに速攻、ブロックの軸であるミドルブロッカー(MB)2人だ(後衛に回ったMBのポジションには、守備専門のリベロが入る)。
だが……日本の場合、ほかのポジションは海外トップクラスと互角に渡り合えるとしても、MBがいかにも手薄だ。バレーはもともと、身長が武器になるゲームである。ことに、速攻とブロックが主な役割のMBにおいて、それが顕著だ。身長で劣る日本の場合、MBの得点力がどうしても低くなる。しかも、サーブレシーブからのMBの速攻が決まらず、ラリーが続く場合、MBが速攻専門だけに攻撃の選択肢は減るし、守備力も落ちる。
それならいっそのこと、MBをなくせばいいじゃないか。そして攻守とも得意な選手を入れれば、ポジションにこだわらず流動的に、さまざまな位置からスパイクを打てる。4人が攻撃に参加できるとなれば、相手ブロックも的を絞りにくくなるだろう。ブロック力は多少落ちるかもしれないが、そもそもMBのブロック得点は1試合に10点もないし、元来守備が不得手のMBを使わなければ、相対的な守備力も上がるじゃないか……。
この大胆な構想のプロセスとして、13年のグラチャンバレーではMBを1人減らす「MB1」を披露し、銅メダルを獲得している。そして今年8月には、新戦術・ハイブリッド6によって、ワールドグランプリで初めての銀メダルに輝いた。そして、開催中の世界バレー……。
セッターが逆を向いてもいいじゃないか
思い出したことがある。最近はバレーボールの取材とはとんとご無沙汰だが、12年のロンドン五輪前には、眞鍋監督と何回かじっくり話す機会があった。そのとき雑談まじりに、
「なぜセッターはいつも、レフト方向を向いてトスを上げるのか」
と、素人の強みでぶつけてみた。セッターは普通、ネットに対して右肩を向けるポジションでトスを上げる。スパイカーは右利きが多く、レフトオープンからの攻撃が基本。そこへトスを上げるには、左を向くのが合理的だからだ。だから相手のサーブと同時に、9メートルのコート幅のうち、右から3メートルほどに位置し、サーブレシーブを待つ。
素人である当方は、この向きを、逆にしたらどうだろうか……と考えたわけだ。つまり、右ではなく左から3メートルあたりにポジションをとり、右肩ではなく左肩をネットに向ける。すると、ライトからのオープン攻撃を軸に、通常とは逆の攻撃隊形になるので、相手を幻惑できるのではないか。それについて眞鍋監督は、一笑に付すどころか、
「私も、そう考えたことがあるんですよ」
と、まじめな顔で身を乗り出してきたのだ。
「相手を惑わすだけじゃない。右利きの私にとっては、右を向けばツーアタック(3つ目ではなく、2つ目のコンタクトで相手コートにボールを返すことで意表をつく)も打ちやすくなるでしょう。新日鐵の現役時代、田中(幹保)監督に提案し、実際に練習もしたんです」
いわばバレーの常識をくつがえす発想だが、眞鍋監督にはもともと、そういう柔軟さがあるのだ。結局この"逆向きセッター"は、眞鍋自身も違和感が解消できず、スパイカーも距離感が合わず、日の目は見なかったらしいが……。ともかくハイブリッド6は、常識にとらわれない眞鍋監督だからこそ、実現した新戦術だといってもいい。
日本の金メダルは、新戦術とともにあった
そういえばその当時、眞鍋監督はこう力説していたものだ。
「日本は過去、オリンピックで3つ金メダルをとっているけど、みんな新戦術を導入したときなんですよ」
なるほど。64年東京大会の女子は回転レシーブ、72年ミュンヘン大会の男子は時間差攻撃、76年モントリオール大会の女子はひかり攻撃……身長で劣る日本が世界一になるには、どの国もマネのできないオリジナルの新戦術が必要だったわけだ。となると……ハイブリッド6がさらに洗練され、完成すれば、2年後のリオ五輪も楽しみになってくるじゃないか。