CIA長官の極秘訪朝すべてはトランプ大統領の本能から始まった 核ミサイル凍結で「部分的成功」演出か
CIA長官の極秘訪朝
[ロンドン発]米紙ニューヨーク・タイムズによると、アメリカのドナルド・トランプ大統領はホワイトハウスの大統領執務室で3月8日、北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)と会談したばかりの韓国の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安全保障室長と会った際、わずか45分間で金正恩との首脳会談を「やろう」と決断したそうです。
韓国側だけでなく、腰を抜かさんばかりに驚いたジム・マティス国防長官やH.R.マクマスター国家安全保障担当大統領補佐官(当時)が「リスクや不都合な点がある」と止めても、トランプ大統領は「やろう。やろう」と押し切りました。キーマンはトランプ大統領によって次期国務長官に指名されたマイク・ポンペオ米中央情報局(CIA)長官、陰でCIAが主導したという見方もありますが、果たしてそうでしょうか。
ポンペオ長官は先週、北朝鮮を電撃訪問し、金正恩と極秘会談を行いました。2000年のマデレーン・オルブライト米国務長官以降で最高位となる米当局者による訪朝です。「米中和解」を実現させた1972年のリチャード・ニクソン米大統領による電撃訪中の前年に行われたヘンリー・キッシンジャー国家安全保障大統領補佐官の極秘訪中を思い起こさせます。
トランプ大統領はツイートで「マイク・ポンペオは先週、北朝鮮で金正恩に会った。会談は非常にスムーズで、良い関係が築かれた。首脳会談の詳細は今、詰められている。(北朝鮮の)非核化は世界にとって非常に重要だ。もちろん北朝鮮にとっても」と報告しています。
「成功できなければ行わない」
トランプ大統領はフロリダ州パームビーチで2日間にわたって、安倍晋三首相と首脳会談を行ったばかり。米朝首脳会談についてトランプ大統領は安倍首相との共同記者会見で「成功できないということであればそんなことはしない。米朝首脳会談が成果を上げるというものでないならば、それは行わない」と断言しました。
トランプ大統領が言う「成功」とはいったい何を意味しているのでしょう。北朝鮮が完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄に応じたのは1994年の米朝枠組み合意と2005年の6カ国協議による核放棄合意の少なくとも2回あります。12年にはウラン濃縮活動、核実験、長距離ミサイル発射の一時停止を約束しますが、北朝鮮は3回とも約束を破りました。
核拡散防止を担当するアメリカの外交官として、そしてアナリストとして40年間も北朝鮮をウォッチしてきた有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック・アメリカ本部長に米朝首脳会談について解説してもらいました。
フィッツパトリック氏は「3月8日、『やろう』と即座に韓国側に反応したトランプ大統領の本能的な一言からすべての歯車が回り始めた」と言います。
まずこれまでの経過を見ておきましょう。
【トランプvs金正恩の経過表】
2017年8月8日 トランプ大統領が「北朝鮮がこれ以上アメリカを脅かすなら『世界がこれまで見たこともないような炎と怒りに直面することになる』」と警告
8月10日 北朝鮮国営の朝鮮中央通信(KCNA)が中距離弾道ミサイル4発を米領グアムに向けて発射する計画を8月中旬までに策定すると報道
9月19日 トランプ大統領が国連総会で「アメリカ自身や同盟国を守る必要に迫られたら、北朝鮮を完全に破壊する以外に選択肢はない」「ロケットマン(金正恩のこと)は自分自身と体制のため自殺行為的な使命に向かっている」と警告
18年2月 韓国の平昌(ピョンチャン)冬季五輪に金正恩の実妹、金与正(キム・ヨジョン)党宣伝扇動部副部長が出席
3月5日 韓国の鄭義溶国家安全保障室長が金正恩と会談
3月8日 トランプ大統領が鄭義溶室長と会談し、金正恩との米朝首脳会談を受け入れる
3月26日 訪中した金正恩が習近平・中国国家主席と会談
4月1日 金正恩と妻の李雪正(リ・ソルジュ)氏が韓国のKポップ歌手らの公演を観賞
4月中旬 ポンペオCIA長官が極秘訪朝
4月17~18日 米フロリダ州で日米首脳会談
4月27日 韓国の文在寅大統領と金正恩が南北首脳会談(予定)
6月上旬かそれ以前に 米朝首脳会談。スウェーデンの都市、ジュネーブ、ハノイ、シンガポールなど東南アジアの複数の都市が候補地に
「すべてがディール」米朝戦争という最悪シナリオをひとまず回避
最悪シナリオである米朝戦争を回避するため対話を呼びかける韓国に対して北朝鮮が軟化のシグナルを発していたのは間違いありません。しかしフィッツパトリック氏の解説によると、トランプ大統領が韓国の鄭義溶国家安全保障室長からの米朝首脳会談の提案をすんなり受け入れるとは誰も予想していませんでした。
「ディールがすべて」を人生哲学とするトランプ大統領の本能的な一言からCIAが情報収集を始め、誰にも告げずに訪朝できるポンペオ長官が極秘訪朝したようです。中国の習近平国家主席もハイレベルでの北朝鮮との接触は全くなかったにもかかわらず、あわてて金正恩の訪中を招請したというのが実情だそうです。
良かったのか、悪かったのか判断がつきかねますが、トランプ大統領の本能がアメリカだけでなく中国を含めて膠着した北東アジア情勢を思いっ切り、かき回したのです。
北朝鮮が中国による貿易規制の強化に音をあげたのか、それとも金正恩が水爆や大陸間弾道ミサイル(ICBM)の実験に成功して国内の権力基盤を強化し、体制への自信を固めたからなのかは分かりません。金正恩は米韓合同軍事演習に「理解」を示したり、Kポップを観賞したり、以前なら考えられなかったような変化を見せています。
「韓国とトランプ政権からは楽観的な見方が、ワシントンDCのシンクタンク研究者からは懐疑的な慎重論が出ています。何しろ米朝首脳会談を開くというのにまだ日付も場所も決まっていないのですから」とフィッツパトリック氏は言います。
フィッツパトリック氏に米朝首脳会談の成否を占ってもらうと「部分的な成功を収める可能性が50%超、完全な失敗に終わる可能性が50%未満です」という答えが返ってきました。米朝が合意に達しやすいのは次の2点です。
(1)北朝鮮で投獄されているアメリカ人3人の釈放
(2)米朝間の平和条約締結
双方に天地ほどの開きがある「朝鮮半島の非核化」
しかし「朝鮮半島の非核化」が何を指しているのかでは米朝双方で天と地ほどの開きがあります。
【トランプ政権】完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄。政権内の強硬派は、核兵器など大量破壊兵器開発の即時かつ無条件の廃棄に応じる代わりに国交を回復したリビア型の全面降伏を要求
【金正恩】朝鮮半島を覆うアメリカの「核の傘」を廃止
リビアの故カダフィ大佐の末路を知る金正恩がリビア型の全面降伏に応じるわけもなく、トランプ政権が朝鮮半島を守る「核の傘」の廃止を受け入れるわけがありません。
米朝首脳会談が「部分的成功」を収めるとしても2020年の次期米大統領選までに北朝鮮の核ミサイル開発の凍結でとりあえず暫定合意して「首脳会談の成功」を演出し、利害が完全に対立する「非核化」については問題の核心を先送りするのではという見方が出てきています。
同盟国を分断するデカップリングを防げ
フィッツパトリック氏が心配するのは「トランプ大統領が米全土を射程に収めるICBMに焦点を当て過ぎる」ことです。米全土を攻撃できるICBMにとらわれ過ぎると、同盟国の日韓両国を射程に収める短・中距離ミサイルが後回しになり、交渉によってアメリカと日韓両国を分断すること(デカップリング)ができます。これこそ金正恩の思う壺です。
ポンペオCIA長官の極秘訪朝が日米首脳会談に合わせて公表されたのは偶然だったかもしれませんが、安倍首相とトランプ大統領の首脳会談は「同盟国は絶対に見捨てない」という心強いメッセージです。
おそらく北朝鮮と中国は6カ国協議ではなく、ロシアと日本を外した北朝鮮・韓国・中国・アメリカの4カ国協議を提案してくる可能性があります。誰にも予想できなかったトランプ大統領の本能的な一言で米朝首脳会談に向けた準備が始まり、アメリカの先制攻撃を発端にした米朝戦争勃発の危機はひとまず回避されたのは「良かった」(フィッツパトリック氏)と評価できるでしょう。
しかし米朝首脳会談が「完全失敗」に終わった時、トランプ大統領とタカ派しかいないトランプ政権がどう出るのか。北朝鮮関連船舶の臨検、北朝鮮封鎖といろいろな段階があるとは言え、北朝鮮の核・ミサイル施設の完全破壊攻撃という選択肢が完全に消えたわけではありません。
(おわり)