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辛坊治郎氏に贈る大阪市の住民投票結果の分析

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
「シルバー民主主義」「南北格差」はいずれも根拠なし

「大阪都構想」が否決された翌日、かつて橋下徹氏が大阪府知事選への出馬を要請したこともあるタレントの辛坊治郎氏がテレビ番組で以下のように述べたそうです。

やっぱ高齢者の方で、生活保護受けてて、いまの大阪市のゆるい生活保護基準だから生活保護受けられるけれども、きめ細かい行政で行政単位が小さくなって生活保護受けられなくなっちゃあ困るとか。それからやっぱり大阪って長年、橋下徹が出るまで、市バスとか地下鉄、高齢者がタダだったやつを橋下徹が一部カネ払わなきゃいけなくなって、それだけでも腹立ってんのに、今後さらに市のタダのバス……若干払ってますけど、タダのバスとか地下鉄の切符を取り上げられたらたまんねー!っていう人たちが、もう圧倒的に反対派の方向に舵をきったというのが、結果ですね〜

出典:唖然! 橋下の腰巾着・辛坊治郎が「都構想否決は生活保護受給者のせい」と差別デマ拡散!

高齢者と生活保護受給者のせいで大阪市の廃止が否決されたと言わんばかりの発言ですね。「腐ったミカン」とまで言う極端なものもあります(参考文献3)。ネット上の著名人の幾人かもツイッターで「シルバー民主主義」「若者の敗北」などと述べています。ここまで悪意のある言い方ではないにせよ「南北格差」(参考文献1)、「人口ボリューム」(参考文献2)によって今回の投票結果を説明しようとする論調は多くあるようです。

出口調査の限界

これらの主張の根拠になっているのは、おそらくNHKの開票速報で表示された下記の出口調査の結果か、読売テレビで使用された出口調査の結果(参考文献7でこれを綺麗に作り直していますのでご覧下さい)なのではないかと思われます。確かに、全体的に若者の方が賛成票が多いように見えます。また、出口調査では、概ね、賛否拮抗か、賛成優位の結果が出ていました。

NHKの出口調査の結果。今から思うとこの表自体に悪意を感じなくもない。
NHKの出口調査の結果。今から思うとこの表自体に悪意を感じなくもない。

しかし、これらの出口調査はあくまで5月17日の投票所でのものであり、期日前投票についてはデータが反映されていません。そして、今回、期日前投票では反対が優勢とされていました。それは下記日テレの記事にも現れています。

(朝日)20・30代は6割賛成 都構想 朝日・ABC出口調査

(毎日)大阪都構想:無党派層は割れる…出口調査

(読売)賛否割れた自民支持層…住民投票出口調査

(日テレ)「大阪都構想」出口調査 賛成と反対きっ抗

また、ジャーナリストの江川紹子さんはツイッターで下記のように述べています。

出口調査は賛成多数なのに開票結果は反対多数となったのはなぜか――毎日新聞の出口調査では、女性は反対(52%)、男性は賛成(56%)が多数。出口調査は男女ほぼ同数を対象にしたが、実際の投票は女性が男性を約10万人上回った。これが出口調査と開票結果の食い違いを招いた可能性がある、と

出典:江川紹子氏のツイッター

上記の読売テレビの出口調査でも、同一調査の中で女性の反対率が高い傾向があります。これらは事前の世論調査の傾向とも一致しています。なるほど、女性の方が投票者が多く、かつ、女性の方が反対の傾向が強いのに、男女半々で調査をしては正確な数字が出るわけはないですね。投票日当日の出口調査が概ね外れたのは、反対票が多かった期日前投票を捨象し、反対票が多かった女性を過小評価したからと言えそうです。

このような「歪んだ」調査結果なのに、世代別の賛否の割合だけが正確に算出されることはないでしょう。特に、一般的に若年になるほど投票率が落ちるため、若年になるほど出口調査の精度が落ちるはずです。実際、NHKの出口調査を真に受けると矛盾が生じてしまうため、出口調査が間違っている可能性、議論のすり替えの可能性が指摘されています(参考文献6)。結局、出口調査に現れた世代間の傾向の違いから何かを断定的に言うべきではない、ということになると思います。

「シルバー民主主義」のウソ

さて、辛坊治郎氏の放言はこれで粉砕されたと言えそうですが、物足りないので、さらに分析をしてみましょう。以下は筆者が自分で作成したものです。上から順に反対率の低い(賛成率の高い)行政区になっています。

画像

以下では2~30代を「若者」と定義しますが、大阪市の住民にしめる若者の数はおよそ70万人。これに対して65歳以上の「高齢者」(これは法律上の定義ですね)の住民はおよそ65万人です。昨年9月のデータなので投票日の時点では若干の移ろいがあると思われるますが、基本的な傾向は一緒と思われます。

これを見ただけで、「シルバー民主主義」「若者の敗北」は明確に根拠がないことが分かりますね。なにしろ2~30代の「若者」の方が65歳以上(高齢者)より数が多いのですから(参考文献3は年齢の境目を変えて同趣旨の指摘)。そもそも「大阪都構想」により若者が得をして、高齢者が損をする関係があるか不明です。賛成・反対両派の政策宣伝もそのような打ち出しはしていなかったと思われます。辛坊治郎氏はシンクタンク的なことをやっているそうなので、大阪市の人口構成くらいは知っていると思うのですが・・・。知識人面はポーズだけなのでしょうか。

ただ、若者で相対的に賛成票が多く、年齢が上がるほど相対的に反対票が多い傾向は多少はあるかもしれませんね。筆者が作成した表でも、20歳以上に占める若者率の低い地域で反対率が高い傾向、若者率の高い地域で賛成率が高い傾向はあるように見えます(参考文献8はデータを詳細に分析し「相関関係あり」としています)。ただ、若者の反対派のモチベーションが低く投票所まで行かなかっただけ(高齢者はその逆)という解釈も可能であり、これらのデータから「若者だから反対傾向」「高齢者だから反対傾向」とは決め打ちできません。一方、読売テレビの出口調査にも現れた男女差も、同一日の同一調査内で、50代以下の世代でいずれもかなりの程度の差が現れており、無視できない傾向を示していると思います。

結局、年齢差については「若者はおそらくあまり投票に行かなかった」ということは言えても、「高齢者のせいで改革が頓挫した」がごときは言い過ぎだと思います。そして、若者の投票率が低いのはどの時代のいつの選挙でも言える傾向です。橋下氏や大阪維新の会は、このような若者を味方につけることができなかったのです。都構想による若者の利益を提示できなかった結果でしょう。従って、仮に辛坊治郎氏がこの点について批判すべきものがあったとすれば、それは若者に対して求心力を発揮できなかった橋下氏ないし大阪維新の会でしょう。その次は、若者の無関心であり、男性全体の無関心です(参考文献5)。これらの点をなおざりにし、一方で真面目に参政権を行使したと思われる高齢者を批判するのは、民主主義の否定であり、世界観があまりに歪み過ぎているように思えます。

また、辛坊治郎氏は、読売テレビで上記発言をしていることから、女性の方が反対票が多い傾向も把握できたと思われます。高齢者バッシングをやるのなら、さらに立場を徹底させて「女は投票に行くべきではない」「生活保護や児童扶養手当を受け取るような母子家庭は既得権益だ。彼女らが束になって反対した。」とバッシングすべきだったように思われます。しかし、発言しないところを見ると、そういう覚悟は持ち合わせていないようですね。叩きやすいところを叩いた弱い者いじめであると評価できます。

南北格差は読み取れない

一般的に首長選挙等では、得票率が60対40まで行くと翌日の新聞には「圧勝」という文字が出てもおかしくないレベルになります。55対45でも、得票は10%の差がつくので、有権者の意志はかなり明確に出た、と扱われ「拮抗」とは表現しないと思います。

今回の住民投票ではどうかというと、北区を中心とした地域で総じて賛成率が高いことは見てとれます。特に北区、西区は賛成票が6割近くになっており、賛成派の圧勝に近い状態といえるでしょう。

また、新・東区の区域では賛成多数の区が三つありますが、投票した人の1%が態度を逆転させると結論が変わった可能性があり、これこそ賛否が拮抗していたと言えます。同じ新・東区になるはずだった旭区は反対派多数です。「大阪市の北側だから賛成多数」とは言えないのです。

一方、反対派が60対40に近い大差を付けた地域はなく、最大でも大正区の56対44です。賛成派に比べると比較的均質的に反対票が出たと言えると思います。

結局、南北格差と言えるほどのものは存在せず、あえて言うなら「梅田駅(大阪駅)の近く」と「それ以外」という方が当たっているように思えます。これは奇しくも大阪維新の会がテレビCMで流した「大阪都構想」のイメージ(うめきた2期工事、御堂筋シャンゼリゼ化計画、マイナス要素としての夢洲のカジノ誘致)と一致します。朝日新聞「大阪都構想賛否、地域差くっきり 幻の北区は一丸で賛成」は大阪市廃止後の新しい「北区」を一つの束と考えて分析しています。新・北区は財政が豊かだと言われていたのでこれはこれで一つの分析だと思います。

なお、データを見ていて面白いと思ったのは、賛否が拮抗している区の方が投票率が高くなる傾向があることです。裏返すと、賛否で差が出ている区は、区ごとの少数派に諦めムードが漂っていた可能性があるのでしょうか?しかし、もちろん、単なる仮説の域を出ていないと思います。

まとめ

結局、辛坊治郎氏の発言には根拠はなく、高齢者や生活保護受給者に対する差別意識を丸出しにした発言だったのではないでしょうか。住民間に無用な分断を持ち込むアジテーションだとも言えます。そのくせ、女性批判を正面からやる根性はなかった、と。イラク人質殺害事件のときに自己責任論を主張しながら、自分はやらんでも良い太平洋航海で遭難して自衛隊に救出されたのに(救出自体は当然と思います)、自分の過去の発言を懺悔するでもなく、謝罪するでもなく、テレビの前でこういう放言をできる根性はさすがですね。筆者は、姥捨て山に姥を捨てる者は、自分もいつかは捨てられる気でいるべきだと思うのですが、この御仁にはそういう覚悟はあるのでしょうか。遭難事件の顛末を見るとない気がしてきます。もう少し、恥を知っていただきたいですね。そして、こういう人物が大阪府知事選に出馬しなくて、本当に良かったと思います。

参考文献

1[Http://bylines.news.yahoo.co.jp/furuyatsunehira/20150518-00045813/ 「大阪都構想住民投票」で浮き彫りになった大阪の「南北格差問題」(古谷経衡)]

高齢者が葬った「橋下氏の時代」~「若者が弱者ではない社会」に(田中俊英)

勝利したのは大阪のタックスイーター(tax eater)達〜日本の中の大阪財政問題はミカン箱の腐ったミカンである(木走正水)

大阪都構想を葬ったのは「シルバーデモクラシー」ではない=若い世代の人口は70歳以上の2倍以上多い(井上紳)

辛坊治郎氏のデマ。都構想の敗因はシルバーデモクラシーではない。現役世代が白け投票しなかったこと。(宮武嶺)

【謎】大阪都構想の住民投票の世代別の賛成・反対投票率がどうも妙な件。(K.)

曖昧な根拠で住民投票の結果を「分析」する愚(noiehoie)

「大阪市における特別区の設置についての投票」に関するあれこれ(不破雷蔵)

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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