最新型SNS「マストドン」はツイッターの救世主となるか?
4月に入ってから、各方面で話題になっているのがマストドンという分散型のSNSです。これがどれほどの異常事態になっているのかというと、ツイッターの2年分の進化をマストドンは10日でクリアしたと呼ばれるほどです。
これがどれほどの異常事態かというと、現在(2017年4月27日)世界最大のマストドン・インスタンスがピクシブが運営する「pawoo.net」でユーザー数が約10万人、世界2位の通称JPと呼ばれる最初に日本で多くのユーザーが登録したインスタンス「mstdn.jp」のユーザー数が約9万7000人。そして3位は通称本家で呼ばれる「mastodon.social」のユーザー数が約5万人。
つまり、本家をはるかに上回るそれも同規模の1位と2位のインスタンスがこの2週間ほどで一気に増えたということなのです。
※データ参照元:https://instances.mastodon.xyz/list
この動きをおさらいする前に、少しだけマストドンについて説明しておきましょう。まずマストドンというのはツイッターやFacebookのようにどこかの会社が提供しているWebサービスでもありませんし、SNSのサービスでもありません。ドイツのオイゲンさんという青年が開発したフリーのソフトウェアです。
そのため、マストドンを使うためには誰かがサーバにインストールしてインスタンスを立てる必要があります。インスタンスとはプログラミングで使われてきた用語ですが、マストドンではひとつひとつのサーバ(ドメイン)に立てられた空間をインスタンスと呼びます。ユーザーは、そのそれぞれのインスタンスに自分のIDを登録することで、マストドンを使うことができるようになります。
ログインさえしてしまえば、画面はかなりツイッターに似ています。ツイッターが公式で出しているアプリのひとつであるTweetdeckを思い浮かべれば、カラム式の画面のSNSという想像がつく人もいるでしょう。
ツイッターとの最大の違いは、すでにご説明しているようにユーザー全員がひとつのサーバにログインするわけではないというところです。ツイッターが全世界の人が参加する大陸のようなものだとすれば、マストドンのインスタンスは島のようなものです。
またユーザーが実際することで言うとツイートではなくて「トゥート」、リツイートではなく「ブースト」。また140文字ではなく500文字。画像を貼ることもできますが、1クリックしないと表示しないようにすることもできます。ある意味、今のツイッターにあるといいなと思えるような機能が入っています。
そして最大の特徴は、閉じているけど開かれているというマストドンの構成です。マストドンのインスタンス同士の島であれば、こっちの島からあっちの島の人をフォローできるのです。これがリモートフォローです。これがマストドンが最新型SNSや分散型SNSと呼ばれる理由です。ただ、これについてはここでくどくどと説明しても仕方がないので、現状マストドンについてもっとも優れた説明のひとつである概念図のツイートを貼っておきましょう。
なお、参考までに私は現在4つのインスタンスにIDを持っていて、主に2つのインスタンスで更新していますが、それぞれのプロフィールページは異なっています。
これは別に自分の人格を使い分けようと考えたわけではなくて、それぞれのインスタンスは要するに場所が違うので、そこに合わせたものを準備しているのです。またフォロワー数についても、各インスタンスから見たカウント数が表示されるフォロワー数になります。つまりあるインスタンスで私が300人フォロワーがいたとしても、他のインスタンスでは10人になっている場合もあるということです。これは変なフォロワー数競争とかになることをマストドンは構造的に回避しているとも言えるでしょう。
マストドンが急に注目を集めだした経緯も軽くおさらいしておきましょう。アメリカの代表的なメディアに露出したのが4月のはじめごろです。Vergeが紹介とビギナー向けのガイド記事を出しています。
http://www.theverge.com/2017/4/4/15177856/mastodon-social-network-twitter-clone
http://www.theverge.com/2017/4/7/15183128/mastodon-open-source-twitter-clone-how-to-use
またMashableが動画で4月12日にマストドンのことを紹介しています。
日本での火付けになったのは4月10日の角川アスキー総合研究所の記事です。mstdn.jpを立ち上げてマストドン界隈では一躍時の人になったぬるかるさんもインタビューでこの記事がきっかけだったと答えています。
ただ、ここからブームを一気にけん引したのはITmediaでした。4月13日の「ポストTwitter? 急速に流行中「マストドン」とは」という記事で、mstdn.jpのサーバを落としたのを皮切りにして、いったい1日何本の記事を投下するのかという怒涛のマストドン記事の更新がはじまり、現在ではその様子はマストドン特集ページとしてまとめられています。ということで、日本のマストドンの動きを確認する際には、そのITmediaのマストドン特集ページを参照するのがいちばんと言えます。
マストドンの利用者が増えていくにしたがって、いろんな記事が出て、様々な論調が出ました。その中にはマストドンの危険性を指摘するもの、もうツイッターじゃなくてマストドンだとツイッターを批判するものなどがありました。正直、それらの中には的外れな記事も少なくありませんでした。
まず確認しておきたいのは、マストドンへの注目はツイッター的なものとして、日本だけではなく世界的なものであったということ。ただし、日本で短期間に異常に流行っているということです。
その背景はいろんな角度から話すことができるのですが、まずは日本は世界でもまれにみるツイッター先進国だということです。多言語ハッシュタグ、140文字、これらのツイッターの要素は少ない文字数で多くのことを伝えられる日本語の特性にマッチしています。その証拠に東日本大震災以降で、日本のツイッター人口は数倍に増えています。つまり日本人のツイッター慣れは異常ということです。
同時にスマホシフトの完了した年とも言える2016年は日本のインターネットにとっては後味の悪い年となりました。フェイクニュース、やらせ記事、バカッター、炎上、Welq問題、またメディアもその問題を日々取り上げ続けました。Meryロスという言葉が出てきたり、若者が検索しないという傾向が出てきているのも、結局若者が欲しい情報がネットにないからです。
またこう炎上炎上言われると情報発信するのにためらいが出るのも当然です。とあるソーシャル系のサービスのイベントで、300人近い人参加者がいたのにも関わらず、ツイッターで発言したいたのは、アメリカからきた登壇者と私だけなんていうことも味わいました。
簡単に言えば、ツイッターは広くなりすぎました。炎上が絶えないのも、文脈を無視した批判が起きやすいのも、ツイッター全体のことを見ることなんてとっくの昔に不可能になってしまったからです。話が通じない相手のいるところで、まともな話をする人が減るのは当然のことです。
こういった背景を振り返ると、今マストドンで最大のユーザーをかかえ、エンジニアがいちばんマストドンにコミットしているのがピクシブであるというのは、当然の流れです。
ピクシブは絵を描く・絵を愛でる人という同好の士が集まるサービスです。ピクシブの中では簡単に通じる会話も外では通じないこともあるはずです。しかし同じ趣味を持った人たちであれば、好きなことについて細かい話は抜きで盛り上がりたいのは当然のことです。
ちょうど先日そのピクシブでマストドンに関するイベントがあり、実際にピクシブのマストドンインスタンスである「pawoo.net」を実際に運用しているエンジニアのみなさんの話をお聞きすることができました。
イベントの冒頭、みんなが不思議に思っていることを説明を清水さんはしてくれました。「ピクシブという会社は創作活動を支えるためならなんでもやっていいんです」。清水さんはピクシブでマストドンをやろうと言い出したまさに言い出しっぺの人です。そしてすごかったのが、ピクシブのエンジニアのみなさん。
実に的確に現状のマストドンの問題点と改善点を把握し、たった2週間でローンチ、ピクシブアカウントとの連携、画像つきの投稿だけを表示するメディアタイムライン。アンドロイド版とiOS版のマストドンクライアントのリリースなどなど。さらに改良した実装はマストドンの開発元にも反映されており、最新のマストドンのソフトウェアの中には、すでにピクシブエンジニアの手による改良された内容が反映されてもいっています。このスピード感、この熱意。それだけピクシブにとってマストドンの導入が手ごたえのあるものだったということです。細かい話は省きますが、この先ピクシブのエンジニアのみなさんは世界中のマストドンインスタンスに対して貢献していくことになるはずです。マストドンの仕組み上、それがPawooにとってもマストドンにとってもベスト解だからです。
イベントの雰囲気は以下の動画でどうぞ。
しかし、実はPawoo.netが登場したことで、世界的にはひとつ問題が起きてもいました。それはマストドンの仕組み上、Pawoo.netで投稿されたものは、他のインスタンスにも当然流れていきます(投稿時に公開範囲の設定は可能)。それまでの日本のいわゆる萌え絵のようなカルチャーがなかったところに、まさに一気に絵が流れ込んできたわけです。
国によっては、日本では問題のない表現であっても問題となるケースがあります。そのためインスタンス間の通信でPawoo.netを遮断する動きも出てしまいました。しかし、これは必ずしもネガティブなことではありません。この遮断で実現されたことはゾーニングです。
これがツイッターだったらどうでしょう。よくてブロック、もしくはアカウントの破棄で終わりです。でも、マストドンであればゾーニングして、そういった件はPawooの中だけでやってくださいというすみわけができるのです。このすみわけができそうでできなかったのが、これまでのソーシャルネットワークなのです。
ツイッターからみれば、マストドンは小さいなツイッターがいっぱいあるような感じでしょう。しかしマストドンからみればツイッターは世界最大のインスタンスとも言えます。
今、この記事を書いている間もマストドンのインスタンスは増え続けているでしょう。そしてその規模次第では、運用に苦労しているケースもあるはずです。こうしてマストドンが広がっていくにつれて、改めてツイッターのすごさを味わってもいます。世界中の人がツイッターのサーバのみに殺到する、このトラフィックをさばいているすごさです。
ネットの魅力は越境であるというのは、始まった頃から言われ続けてきたことです。そしてネットの広がりとともに広がった言葉が「ホーム」です。ホームボタン、ホームに戻るなどなど。これはホームがあるから越境できることを示しています。
しかし、ソーシャルメディアの中にホームはあったでしょうか。たしかに自分のタイムラインは自分で調整することができます。でも、そこは世界に対して完全に開かれている場所です。うっかり発言すれば、ひどいときには全世界から批判されます。
でも、なにかの共通項のある人たちだけが集めるホームがあれば、そこから改めて越境していく自由を実現していくことができます。マストドンにはその可能性があります。つまりPublicのツイッターとホームのマストドンです。
ツイッターはすでに声のでかい人だけが生き残る世界になっているともいえます。普通の人が使うにはいろんなものを身につけなければいけません。これではいつか先細りしてしまいます。
しかしマストドンがホームとして機能して、ツイッターが時にはいつものホームよりも襟を正して出ていくような場所にもなっていけば、それはツイッターVSマストドンなんていう二項対立ではなく、お互いに共存してよりよい未来を築いていけることにもなるはずです。
もう一度言っておきましょう。
マストドンは既存のソーシャルメディアの対抗軸として理解しても意味がありません。そもそもマストドンはその設計思想にユーザーを囲い込むという考え方がないのです。ツイッターがあったからマストドンができた、マストドンが広がるからツイッターが次のステージにいける。それがユーザーをより自由にしていくのです。