「起業家のように企業で働く」とは【小杉俊哉倉重公太朗】最終回
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小杉俊哉さんのご著書、『起業家のように企業で働く』という本は、14刷のロングセラーで、令和の時代に合わせた改訂版も出ています。その本には、アントレプレナーシップを持って企業で働くには、具体的にはどうすればいいのかという答えが提示されています。コロナで働く環境が変わった今こそ、多くの方に読んでもらいたい一冊です。この本からも引用しながら、視聴者からの質問に答えていただきました。
<ポイント>
・オンライン+リアルサロン「大人の小杉ゼミ」
・自分のやりたいことをやるとき、上司にどうプレゼンすればいいのか?
・人生の中での自分の成長に重きを置くには?
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■大人にもゼミが必要
倉重:最後に、小杉さんの夢をお伺いしたいと思います。
小杉:自分のやりたいことは大体やってきたのですが、小杉ゼミの大人版で、「大人の小杉ゼミ」というものを昨年の6月から始めました。わたしはずっと企業向けか、あるいは学生向けにボランティアで講師をしてきました。今回初めてB to Cという形で、少額ですが個人からお金をいただく形でゼミを運営しています。そいうことは全く未経験なので、元ゼミ生や慶応博士課程リーディング大学院の院生たちにサポートしてもらいながら試行錯誤しています。
倉重:これはオンラインサロンのような形式ですか。
小杉:オンラインサロンにリアルも交えています。「社会人になってもゼミは必要でしょう?」ということで、サードプレイス的な場です。ビジネススクールのようなところでスキル知識を身につけるのではなくて、人として成長したり、自分のキャリアをどう考えるかということで刺激を受けたり,気づきを得たりする場です。わたしだけが教えるのではなくて、お互いに刺激し合えるように、ほかの講師やゲストを連れて来たりしています。目指すのは、わたしがいなくても活性化して、若い人とシニアの人の交流が盛んになる場所です。
倉重:いろいろな年齢層の方がいらっしゃるのですか?
小杉:はい。今は比較的若い人が多いのですが、私と同じ年代や50代の人たちもいます。元コンサルや大学の先生ではないシニアの人たちは、若い人と話す機会が少ないのです。例えば企業内で60歳過ぎて雇用延長になったとします。今までは本部長だった人がいきなり担当者になって、周りは戸惑いどう扱っていいのか分かりません。その人たちの知見は社内でも還流されず、とてももったいないと思います。それぞれの道で、どんな人でも少なくとも90分の授業を1本行うことは出来るはずです。そういう人たちが増えていって、彼らも若い人からも学ぶ、あるいはシニアの人たちの中で「ゼミを持ちたい」という人が出てくる、そのようなプラットフォームを作っていくのが今後やっていきたいことです。
倉重:社会を変革するのですね。
小杉:実際に入ってくれているシニアの人も「とても刺激を受けている」と言っていますし、若い人もいろいろな業界でプロとして活躍してきた人から刺激を受けたり、人生を教えてもらったりしています。参加している人にとても好評なので、もっと広げていきたいと思います。
倉重:大人の小杉ゼミの人が増えれば増えるほど日本も元気になっていく感じですね。
小杉:そう思ってやっています。
倉重:ありがとうございます。
■視聴者からの質問タイム
倉重:では、最後に視聴者からの質問を受け付けたいと思います。
小屋松君は28歳でしたか。転機目前なのでご質問をお願いします。
小屋松:お話ありがとうございました。大変勉強になりました。わたし自身は自分のやりたいことを上司に提案する方法に迷いがあります。上司に対して「こういうふうに提案したらあなたのやりたいことが通りやすいですよ」というアドバイスがあれば伺いたいです。
小杉:『起業家のように企業で働く』の中で紹介しているのは、上司のインセンティブを意識するということす。これはデロイトトーマツベンチャーサポートの斎藤祐馬さんの実例です。上司のインセンティブは業績を上げること、そして失敗のリスクを取らないことです。ですから自分の提案を通すために、「責任はわたしが負います。うまくいかなかったらあいつが勝手にやったと言っていつでもクビを切ってください」と言ってしまうことです。たとえ上手く行かなかったとしても、会社のためを思ってしたことは、就業規則や法令に違反をしていない限り、クビになることはまずありません。その代わり、覚悟を示し、かつ自分が提案したことは必ず成功させるという意識でやることです。上司が嫌がるのは「それをやらせても自分のメリットにならない」ということと、失敗した場合の責任を自ら負わなければいけないことです。「それはただお前がやりたいだけだろう?」という話だと普通受け取ってもらえません。上司にとっても「確かにそうだな」と思うことであり、うまくいったら自分の評価も上がるかどうかが重要です。
もちろんどんな上司かにもよりますが、上司も人の子ですから業績を上げたいですし、失敗のリスクは取りたくないわけです。そこの条件を満たしてあげれば上司が認めてくれやすいというのは間違いありません。
小屋松:ありがとうございます。
倉重:続きまして、Bさん。
B:貴重なお話ありがとうございました。ちょうど今リーダーシップについての研修や社内の自律を考えていたところだったので、刺さるものがたくさんありました。
今わたしは出向中です。会社はオーナー社長で、上層部の考えたことにみんな従ってきたような感じです。「自分たちで自律的に考える」という社風があまりありません。若い子たちに話すと素直に聞いてくれたりするのですが、ベテランの15年選手ぐらいの方々だと「そんなことはやったことがない」と反対されることもあり、悩んでいます。そういう方々にどのようにすれば自律について伝えたらいいのでしょうか。
小杉:出向というのは期間限定ですか。
B:2年の期間限定でちょうど1年たつぐらいです。
小杉:まず、上司や先輩を変えることはできないという前提に立ったほうがいいと思います。自分より後輩や部下を変えることはできますが、上の人間は残念ながら本人が変わろうと思わない限り変わりません。それがまず大前提です。
彼らはどうしたら変わるかと言うと、その上の人間から指示されたときなのです。もし自分のやり方を通したいのなら、彼らの上の人に理解してもらうことが必要になります。一番いいのは社長や事業責任者、部門の責任者の人に話すことです。
わたしもオーナー系企業にいたので分かるのですが、会社が機能していれば、上の人たちは意外と聞く耳を持っています。文鎮型組織でワントップの場合、みんな忖度するので、オーナー系企業は一番上を攻めるのがいいと思います。
倉重:Bさん自身がブレイクスルーして、いろいろ飛ばして直訴している姿を後輩に見せるのが一番良さそうですね。
小杉:ええ。そういうのをお勧めします。勇気をもってやってみてください。どうせ期間限定の出向でクビにはなりませんから、やりたいようにしたほうがいいと思います。
B:分かりました。ありがとうございます。
倉重:最後の質問は、この対談にも出ていただいたことがありますが、タニタでフリーランス社員をされている久保さん、まさに今回のお話にフィットすると思います。
久保:ありがとうございました。楽しく聞かせていただきました。
倉重さんがおっしゃったように、フリーランス制度という制度ができたからこそ、会社員以外の働き方にチャレンジをしている形です。
とは言うものの、やはり会社1社に縛られるというか、ほかの仕事はなかなかできないというもどかしさも感じています。小杉さんは会社と自分の関係をどのようにとらえられていますか?
小杉:新卒で入ったときは、全く会社を辞めるつもりはなくて、結構本気で社長になるつもりだったので、「とにかく早く出世しよう」と思っていました。例えば「TOEICのテストでいい点数を取って、同期の中で一番早く海外出張する」とか、「より仕事で成果を上げて部内だけでなく他の部門から認められよう」という目標は、その会社にずっといる前提で考えていました。
先ほどの話にもありましたが、29歳ぐらいから考えが変わったのです。それ以降に就職した会社は、「自分がどれだけ成長するか」ということを基準にしていました。「これ以上成長しない」と思ったら、もう次に行ったほうがいいと思っていました。
倉重:まさに対等な関係ですね。
小杉:完全に対等です。ですからこちらの働きが悪ければクビになります。外資系ではそれがハッキリしています。特に経営層・管理職であれば、猶予なく「パフォーマンスが出せなければあなたはいらない」となってしまうわけです。逆に言いますと「ここにいても成長できない」と思ったら、いる理由はなくなります。外資系でなくても、1回転職してからはそういう関係性で捉えていました。
久保:人生における成長と、会社の組織の中にいるときの成長を一緒にして考えてしまう人も多いと思うのですが、そうするとどうしても会社から離れられなくなる気がしていいます。「人生の中で、自分の成長に重きを置く」ために、何か役立つ方法や意識してきたことはありますか?
小杉:自分の場合は冒頭にお話したように、29歳ぐらいのときに「ワンアンドオンリーの存在になることが働く目的だ」と認識しました。その表現自体は後付けですが、代替不可能な存在になりたい、というのは考えていました。その目的を果たすためのビジョンとしては、留学するとかコンサルタントになるか、本を書くということがありました。それが根幹なので、キャリアの意思決定するときには、かっこいい言い方に聞こえるかもしれませんが「大変そうなほうを選ぶ」というのは当然なのです。なぜならそちらのほうがより自分が成長すると思えるからです。
倉重:ストレッチをかけ続けるということですね。
小杉:そうなのです。そうしないと自分自身が嫌になってしまうのではないかと思いました。停滞してしまったり、成長していないと感じられたりするのが続くと、ビジネスパースンとしてだけでなく人としてエネルギーが失われてしまいます。この世に生を受けた以上人間は死ぬまで自分を成長させ、精神的にも高めていく使命があるのではないか。そうでないと充実感もないし、楽しくないと思うのです。ワークライフ・バランスといいますが、やっているのは一人の人間であり、完全に仕事とプライベートとを分離させることはできません。ワークライフ・インテグレーションで捉えて、より自分を成長させたい、高めたい、納得できる自分になりたいということにつながることをすると良いのではないでしょうか。
倉重:少し大変でもワクワクするほうを選び続けるということですね。
小杉:ワクワク・ドキドキするほうを選ぶということです。これは直接関係ない話になりますが、わたしは若いころに自分の親友を何人か亡くしています。彼らは生徒会長だったり、優秀で頭が良くてスポーツもできてモテたりしてていて、校内で誰もが憧れるスーパーな存在でした。そんな中学校時代の親友を高校に入学して間もなく、小学校時代の親友を大学卒業したばかりの頃にそれぞれ亡くしました。それ以来、彼らの分まで生きようと思っているというのも裏側にあるかもしれません。
夭折したスーパーな親友たちの分まで生きなければいけないと思っているので、「つまらないことをやっているんじゃないよ!」「おまえはそんなんでいいのかよ!」という声が自分の中でときどき響くのだと思います。
倉重:スティーブ・ジョブズの「人生最後の日だと思って生きる」みたいな話ですね。
小杉:そうですね。「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか?」、ということですね。それがワンアンドオンリーという発想にも繋がっていると思います。
久保:分かりました。
小杉:ただ、結果的に自分のキャパを超えると自律神経失調症になったりします。
久保:自律神経失調症になられたとおっしゃったので、かなり負荷をかけていのだろうと思いました。
小杉:年を取ってきてからは、無理が利かなくなるのでそこまでしなくなりました。それでもまだいろいろと動き過ぎているほうかもしれませんが、今年になって新たに大きなものだけでも3つ未経験のプロジェクトに関わっています。
倉重:久保さんはまだこれからですね。
久保:そうですね。少し大変なほうを選んでもう一度やってみようと思います。ありがとうございました。
小杉:ぜひそうしてください。
倉重:長時間にわたりお付き合い頂きありがとうございました。
小杉:ありがとうございました。
(おわり)
対談協力:小杉 俊哉(こすぎ としや)
合同会社THS経営組織研究所 代表社員
慶應義塾大学大学院理工学研究科 訪問教授
早稲田大学法学部卒業後、日本電気株式会社(NEC)入社。自費でマサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学大学院修士課程修了。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ユニデン株式会社人事総務部長、アップルコンピュータ人事総務本部長兼米アップル社人事担当ディレクターを経て独立。
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授などを経て、合同会社THS経営組織研究所を設立。元立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科客員教授。元慶應義塾大学大学院理工学研究科特任教授
ふくおかフィナンシャルグループ・福岡銀行、エスペックなどの社外取締役を務める。長年、ベンチャー支援や、公立小中高校教諭教育、国家・地方公務員教育も行っている。専門は、人事、組織、キャリア、リーダーシップ開発。
組織が活性化し、個人が元気によりよく生きるために、組織と個人の両面から支援している。2006年から13年半の間、学生からの要請で単位にならない自主ゼミを開催し続け、奇跡のゼミと呼ばれる。2020年から社会人個人向けのオンラインサロン「大人の小杉ゼミ」も主催。
著書に『起業家のように企業で働く』(クロスメディア・パブリッシング)、『職業としてのプロ経営者』(同)、『リーダーシップ3.0』(祥伝社)など多数。