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「香害」被害者の声、業界団体とメーカーへ

石田雅彦サイエンスライター、編集者
「STOP! マイクロカプセル香害」記者会見で被害者らが窮状を訴えた。写真撮影

 合成洗剤、香り付き柔軟剤、消臭剤などに含まれる化学物質により、頭痛や吐き気などの体調不良を引き起こす人が増えている。こうした健康被害は「香害」とも言われるが、被害者らの団体が業界団体とメーカーへ被害を訴える署名を届けた。

香りの害が広く周知

 最近、学校や病院などで「柔軟剤などの香りで頭痛や吐き気がするという相談があります」というポスターを見かけるようになった。このポスターは2021年に消費者庁、文部科学省、厚生労働省、経済産業省、環境省の5省庁が連名で作成したものだ。

 香りの害、香害は近年、被害者が増大しつつあり、大きな社会問題になっている。国会でも香害の問題が取り上げられ、公共交通機関などの公的な場でも周知を図るという首相答弁があり、国土交通省も鉄道やバスなどの車内にポスター掲示するよう通知する状況にもなっている。

 香害の最も大きな原因は、合成洗剤、香り付き柔軟剤、消臭剤、芳香剤など、我々がごく日常で使っている製品から出る化学物質と考えられている。こうした製品の多くは、香料成分などが化学合成されて製造され、揮発性の香料成分、それら成分を閉じ込めたマイクロカプセル(マイクロプラスチック)、VOC(揮発性有機化合物)などの物質が複合的に作用し、健康被害を発生させているようだ。

仕事を辞める人も

 症状がひどくなった人の中にはこうした日用品の化学物質がトリガーになり、柔軟剤や芳香剤などに限らず、加熱式タバコの煙など、ごく微量の化学物質にさらされただけで重篤な症状を引き起こす化学物質過敏症になってしまうケースも多い。

 香害の被害者イコール化学物質過敏症の患者ではない。だが、誰もが日常的に香害にさらされている現状では、誰もが香害の被害者になる危険性があり、症状がひどくなれば化学物質過敏症を発症するリスクがある。

 そして、被害者の中には、他者からの香害により、学校や会社を変えたり、仕事を辞めたりしなければならなくなる人もいる。治療機関や専門家も少なく、医師など医療関係者を含む家族や周囲の無理解に傷つき、心ない言葉を浴びせられて悩む患者も少なくない。

被害者らが署名をメーカーへ

 香害の被害者や被害を問題視してきた人などで作る団体(中央や地方の議員らで作る「香害をなくす議員の会」、日本消費者連盟らが作る「香害をなくす連絡会」、香害や化学物質による被害者と支援者で作る「カナリア・ネットワーク全国」の3団体)は、2023年10月6日から「STOP! マイクロカプセル香害」とし、芳香や消臭といった機能を長続きさせる製法をやめるよう求めるオンラインの署名活動とキャンペーンを始めている。

「STOP! マイクロカプセル香害」記者会見の様子。写真撮影筆者
「STOP! マイクロカプセル香害」記者会見の様子。写真撮影筆者

 3団体は、集まった署名8889筆(紙とオンライン合計、1月15日まで)を2024年1月22日に業界団体である日本石鹸洗剤工業会と国内大手2メーカー(花王、ライオン)に届け、3者に署名を手渡すことができた。また1月25日には、世界的企業の日本法人であるP&Gジャパン合同会社にも署名を渡す予定だという。

 今回のキャンペーンと署名活動、香害の実態などを報告する記者会見と院内集会(リアルとオンライン)が、2024年1月23日に衆議院第2議員会館で行われた。

 会見では、香害をなくす連絡会の杉浦陽子氏の主旨説明の後、最初に被害者の会であるカナリア・ネットワーク全国(会員数790人)から香害被害者の声を集めたビデオレターが上映された。

 また、同連絡会の平賀典子(新潟大学非常勤講師)氏による香害被害実態の説明と香り長続き製法(マイクロカプセル)についての説明、そして香害をなくす議員の会代表の寺本さなえ(宝塚市議会議員)氏による署名の集計結果とメーカーの反応、子どもを対象にした香害の実態調査が報告された。

マイクロカプセルの長続き機能とは

 今回のキャンペーンと署名活動も目的は、業界団体とメーカーに対し、芳香や消臭といった機能を長続きさせる製法をやめるよう要望することだ。

 杉浦氏らは、15年ほど前に香りの強い海外製品が入ってきてから被害が拡大し始めたという。

「こうした製品の多くは香りが持続することをアピールしているが、合成洗剤や柔軟剤などの香り成分をマイクロカプセルに入れ、時間差でカプセルが壊れることで機能を長続きさせている。そのため、香害を引き起こす有害な成分が、いつでもどこでもマイクロカプセルから揮発し、香害被害者を増やす原因になっている。さらに、こうしたマイクロカプセルは衣類に付着しやすく、洗っても落ちにくくされている」と訴える。

 例えば、電車などのシートにも他者の衣類からの香り成分が付着し、まるでペンキ塗り立てのベンチのような状態になっているという。通常の香り成分は揮発すれば短時間で消えるが、マイクロカプセルに入って時間差で壊れることで、日常生活のいたるところにいつでも存在する事態になっている。

 また、マイクロカプセルはごく微小のプラスチックの一種で、環境中へ放出されるとマイクロプラスチックとしての汚染源になる。マイクロプラスチックはミネラルウォーターや我々の血液などからも見つかっているが、香り成分の入ったマイクロカプセルが破裂するとその破片は空気中に漂い、呼吸器から吸い込まれることで全身疾患のリスクもあるという。

 では、こうした香り成分で気分が悪くなるなどの健康被害はどれくらいあるのだろうか。

 兵庫県宝塚市の教育委員会が小中学校で実施したアンケート調査によれば、人工的な香料(化学物質)で不快を感じたことがあるとの回答は、小学校26%、中学校32%、体調不良を起こしたことがあるとの回答は、小学校7%、中学校9%だった。同会の寺本氏によると、体調不良になる子どもは35人学級の場合、2人から3人いることになるという。

エビデンスはある

 こうした健康被害は、病態や発症メカニズムを解明し、エビデンスをもとに適正に評価して説明がなされる必要があるが、タバコ煙や放射能と同じように混在する他の原因との区別が難しい。健康へ悪影響をおよぼす化学物質やマイクロプラスチックは、我々の日常のありとあらゆる場所にあるからだ。

 だが、香料やマイクロカプセルなど、香害を引き起こす原因物質の研究は、欧米を中心に近年、知見が蓄積されている。

 デンマークの研究グループによる1万7716人を対象にした消臭剤の香り成分に関する研究(※1)によれば、約1割が香料アレルギーを持っていることがわかっている。その原因物質の候補の一つは、アレルゲンとして知られるヒドロキシイソヘキシル 3-シクロヘキセンカルボキシアルデヒド(Hydroxyisohexyl 3-Cyclohexene Carboxaldehyde、※2)だという。

 この他、多くの香り成分にアレルゲン反応があることがわかっている(※3)。長期の日常的な使用が潜在的なリスクになり、空気に触れるなどして化学変化を起こし、予期せぬ有害性が生じる危険性も高い。

 天然成分でも健康被害の原因になる。化学合成もされるリモネン(limonene)は、柑橘類の皮などに含まれる、ごく一般的な香り成分だが、オゾンが作用して分解された物質を吸い込むと呼吸器の細胞へ悪影響を及ぼし、炎症などを引き起こしたり、動物実験で腎臓への毒性や神経毒性などの危険性が指摘されている(※4)。

 このように、香り成分だけでも健康への害があることがわかってきている(※5)。マイクロカプセルの製造法は知財で保護され、その詳細を知ることは難しいが、架橋剤に使われる物質や石油系とのハイブリッド製法などにより、有害性が生じる危険性は高い。

これからへの期待

 健康への被害について危険性のありそうなものはまず規制する予防原則をとるEUは、香り成分やマイクロカプセルなどへの規制を進めている。また、米国のカリフォルニア州やニューヨーク市などでは行政が洗剤メーカーへ情報開示を求め、P&G社は香料や芳香剤の成分リストを公表し、SCジョンソン社やレキットベンキーザー社も製品のアレルゲン成分情報の開示を進めるなどし始めた。

 だが、3団体によると、日本政府(厚生労働省)やメーカーの反応は鈍いという。確かに5省庁が啓発ポスターを作成し、広く周知を進めてはいるが、法的な規制などへ動くことは躊躇しているようだ。

 変化の兆しもある。製造物責任はメーカーにあると、これまで被害者らが訴えても門前払いだった。

 だが、業界団体と国内2メーカーは今回の署名を受け取ってくれはした。世界最大手のP&Gジャパンがどう対応するか不明だが、横並びのメーカーの姿勢が変化し、香り長続き機能の中止につながればいいと3団体は考えている。

※1:Maria V. Heisterberg, et al., "Deodorants are the leading cause of allergic contact dermatitis to fragrance ingredients" CONTACT DERMATITIS, Vol.34, Issue5, 258-264, May, 2011
※2:Rodrigo Carvalho, et al., "Hydroxyisohexyl 3-cyclohexene carboxaldehyde (Lyral) as allergen: experience from a Contact Dermatitis Unit" Cutaneous and Ocular, Vol.30, Issue3, 24, February, 2011
※3:Ursula Klaschka, "Contact allergens for armpits - Allergenic fragrances specified on deodorants" International Journal of Hygiene and Environmental Health, Vol.215, Issue6, 584-591, November, 2012
※4-1:Dorelia Lipsa, et al., "Inflammatory effects induced by selected limonene oxidation products: 4-OPA, IPOH, 4-AMCH in human bronchial (16HBE14o-) and alveolar (A549) epithelial cell lines" Toxicology Letters, Vol.262, 70-79, 16, November, 2016
※4-2:Chandrakala Ravichandran, et al., "Review of toxicological assessment of d-limonene, a food and cosmetics additive" Food and Chemical Toxicology, Vol.120, 668-680, 28, July, 2018
※5:Maria-Antonia Pastor-Nieto, Maria-Elena Gatica-Ortega, "Ubiquity, Hazardous Effects, and Risk Assessment of Fragrances in Consumer Products" Current Treatment Options in Allergy, Vol.8, 21-41, 23, January, 2021

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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