ラグビー日本代表チリに快勝も不安視された戦前の状況と今後の展望
開催中のラグビーW杯で日本代表は初戦のチリ代表に快勝。本大会予選に相当するプールステージ(5チーム)で2位以内に入らないと前回と同じ決勝トーナメントに進めないなか、格上のイングランドとアルゼンチン、同格のサモア戦を前に勝ち点5獲得と上々の滑り出し。
実は戦前より日本代表には母国開催であった前回と異なる不利な状況が不安視されてきました。激減した強豪との対戦やサンウルブズの消滅など。強化が図りにくい構造的な問題も解消されないまま。今一度確認しつつ今後の健闘に期待しましょう。
激減した強豪との対戦
2019年は日本開催というのもあって「ティア(階層)1」に位置づけられる強豪10代表のうち実に8チームが来日。残る2チームとも海外遠征で対戦できました。「ティア2」を含むと国内15試合、海外8試合が組めたのです。
しかし今大会はコロナ禍もあって来日チームがティア1が2チーム3試合、ティア2を含めても8試合に止まりました。海外遠征でもティア1の5チーム5試合、ティア2も1チーム2試合と激減。日本の属するプールにはティア1のイングランドとアルゼンチンが振り分けられているので片方を振り落とさないと敗退濃厚です。
欧州強豪の「シックス・ネイションズ」大会は毎年開催
格上との試合は積むほどにスキルが上がるのは当然で、その機会が本大会までに少なかったのは大きなハンディとなります。ただこの状態は構造的で母国開催であった前回がむしろ例外とみた方が正しい。
ラグビー発祥の地イギリスでは19世紀から構成地域のイングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド(※注)の4チームが定期戦を総当たりで繰り広げてきました。ここに同じ欧州のフランスとイタリアが加わって現在ではティア1のみ6チームの「シックス・ネイションズ」大会が毎年行われています。
南半球強豪は「ザ・ラグビーチャンピオンシップ」でリーグ戦
残るティア1のオーストラリア、ニュージーランド、南アフリカの南半球3チームも定期戦を開催。現在は2012年に昇格したアルゼンチンを含めた4チームで「ザ・ラグビーチャンピオンシップ」というリーグ戦を行っているのです。
要するにティア1はお互いに毎年ガシガシ戦い続けて戦術を磨き上げているのに対し、日本はどちらにも属せず、ティア2のフィジー、トンガ、サモアなどによる「パシフィック・ネーションズカップ」へ参加。それでも日本と同格か格上ではあるのですが、W杯決勝トーナメントへ進む地力はティア1と真剣勝負してこそ身につくので、どうしても国内に招へいするか遠征して戦うしかありません。
幻の「ネーションズ・チャンピオンシップ」構想
19年のW杯で決勝トーナメント進出を果たした日本は統括団体の「ワールドラグビー」からティア1入りの見通しを伝えられ、今年から晴れてティア1を改組した「ハイパフォーマンスユニオン」に入りました。といっても「シックス・ネイションズ」「ザ・ラグビーチャンピオンシップ」両大会にまで入れるわけではないのです。
日本が大いに期待したのはワールドラグビーが提唱した両大会+2チームを合体させた「ネーションズ・チャンピオンシップ」構想。しかしさまざまな思惑がらみで幻と消えました。
今回も21人選ばれたプロクラブ「サンウルブズ」の消滅
代表チーム以外で強化する最も確実な方法はプロクラブでの経験。サッカーなど主要な球技の多くはクラブで心身を鍛え上げて代表へ招集されるというのがスタンダードだから。ラグビーの最高峰はオセアニア地区の「スーパーラグビー」、イングランドの「プレミアシップ」、フランスの「トップ14」、アイルランド・ウェールズ・スコットランド・イタリア・南アフリカの5カ国・地域による「ユナイテッド・ラグビー・チャンピオンシップ」の4つです。
日本も強化のため「サンウルブズ」というクラブを結成して16年からスーパーラグビーへ参戦しました。通算成績は9勝58敗1分けと散々ながら実質的な日本代表が年間約15試合も強豪と戦えた成果は非常に大きかった。20年限りで撤退したのはやむを得ない事情があったにせよもったいないとしかいいようがありません。
例えば今大会の代表メンバー33人のうちサンウルブズに招集された経験者は実に21人。余韻の強さがうかがえるのです。
受け皿となるべしと国内の社会人リーグを22年にリーグワンへと改組するも結局、完全プロ化はできず仕舞い。自身の報酬もクラブ経営も実力のみの世界にできていません。
代表が国籍で選ばれない理由
ラグビー代表は国籍主義を採らず、血統、出生地、居住期間のいずれかで選べます。理由は前述のように発祥がイギリスであったから。今の「シックス・ネイションズ」と「ザ・ラグビーチャンピオンシップ」所属10チームのうち該当しないのはフランス、イタリア、アルゼンチンのみ。植民地出身(英国籍を持たない)で英国在住者の多くもラグビーをたしなんでいて代表として活躍したいというニーズに応えるため生まれた制度です。
1949年にニュージーランド、南アフリカ、オーストラリアが統括団体(現在のワールドラグビー)へ加盟すると、今度は英国籍で当地に住む者がそこでの代表を望むケースも生じ、制度は確固たるものとなったのです。
実は1987年に第1回W杯を開くまで加盟国・地域はイングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、フランス、南ア、オーストラリア、ニュージーランドしかありませんでした。これでは成立しないと日本など9カ国を一挙に加え、その後は大拡大して今や130以上を数えるまでになりました。
「外国人ばかり」とみられがちながら「社会人から日本」は8人
こうした経緯から日本代表もしばしば「外国人ばかり」とみられがち。でも日本だけ突出しているわけではなくスコットランドやウェールズなど普遍的に表れる現象です。
何となく「外国人ばかり」という感覚は実情に即してもいません。代表33人のうち日本出身16人、日本生まれ育ちの在日コリアン1人、外国出身で日本の高校や大学を出ている者が8人。社会人から日本という外国出身選手は8人となります。
最後の8人にしても先述した日本の「最大勢力」たるサンウルブズ所属歴がある者が5人を占め、純然たる「助っ人」というイメージの選手はほとんどいないのです。
出身国で最多はトンガで5人。うち4人が日本の大学を出ています。次がニュージーランドで4人。うち2人が日本の高校・大学卒。次がオーストラリア3人、フィジー2人、韓国と南アは1人ずつ。「外国」といっても欧州勢はゼロ。サンウルブズ以外の海外プロクラブ経験者は4人ですべてスーパーラグビー。
スーパーラグビーは20年限りで南アとアルゼンチンのチームが抜けて事実上オーストラリアとニュージーランドのみ。代わりにフィジー、トンガ&サモアを受け入れています。パシフィックネイションズカップの流れも考え合わせるとやはり再参入すべきでしょう。
帝京と早稲田以外に存在感のない大学ラグビー
日本のラグビーは長らく大学人気に支えられてきました。33人のうち最強の帝京大学出身者はさすがの8人。次いで早稲田大学の5人。でも存在感があるのはこの2校だけです。
世界の強豪でW杯ごとに10代の選手が躍動するのも珍しくないなか、大学日本一を決める1月まで、前年9月から延々と大学生同士で試合をしてジャパンの強化につながるでしょうか。弱いチームを蹴散らしまくってもレベルは上がらないはず。
かつて存在した社会人との日本選手権大会は17年以降、大学出場枠を撤廃しました。理由は社会人との力量差が大きすぎてケガなどの不測の事態すら危惧されたから。
その社会人のトップ級を集めたサンウルブズはスーパーラグビーで惨敗続き。つまり大学<社会人<サンウルブズ<スーパーラグビーの他クラブなのです。
サッカーJリーグのように大学に在籍しながらプロ契約できるといいのですが。もっともリーグワン自体が完全プロ化していないわけで。モヤモヤが募ります。
五輪種目から除外された経緯
最後に15人制ラグビーが五輪種目でない経緯をたどっておきます。
前述の通りW杯以前は代表チームがそもそも少なかった。1900年パリ五輪は仏独英3国で仏優勝、08年ロンドン五輪は英豪のみで豪優勝。ところが米仏のみ出場した20年アントワープ五輪で風向きが怪しくなるのです。開催都市のあるベルギーは英蘭両語圏というのもあってフランス人気が高かったにもかかわらずアメリカに敗北。24年は本拠地パリ五輪なのにアメリカが連覇。観客の乱闘や乱入で大混乱を来しました。以後行われていません。
この頃、アメリカのラグビーは派生したアメリカンフットボールのルールなどが洗練されている過程で混在していたのです。
今回のW杯はそのフランスで開催されています。旧ティア1以外が勝ち抜くと何が起きるかわかりません。母国開催とは大いに異なるアウェーの壁を今後打ち破れるかも注目しましょう。
※注:1938年にイギリスから北部を除いて独立。ただしラグビーチームはアイルランド党の共和国とイギリス王国を構成する北アイルランドが合同したまま