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海外での小児の原因不明の肝炎 現時点で分かっていること

忽那賢志感染症専門医
アデノウイルス(CDC PHILより)

4月上旬から海外で10歳未満の小児における原因不明の肝炎の症例の報告が増えています。

現時点で分かっていることについてまとめました。

肝炎ってどんな病気?

提供:イメージマート

肝炎とは、名前の通り肝臓に炎症が起こっていて、肝臓の細胞が破壊されている状態を指します。

肝炎を起こす原因には、

・ウイルス性肝炎

・薬剤性肝炎

・アルコール性肝炎

・自己免疫性肝炎

などがあります。

このうち、日本国内で最も頻度が高いのはウイルス性肝炎です。

ウイルス性肝炎の特徴(筆者作成)
ウイルス性肝炎の特徴(筆者作成)

ウイルス性肝炎は、A、B、C、D、E型などの肝炎ウイルスの感染によって起こります。

A型、E型肝炎ウイルスは主に食べ物を介して感染し、B型、C型、D型肝炎ウイルスは主に血液を介して感染します。中でもB型、C型肝炎ウイルスについては、感染すると慢性肝炎という持続的に肝臓に炎症を起こす病態に移行することがあり、肝硬変、肝がんへと至ることがあります。

ウイルス性肝炎に感染したときに急性肝炎という激しい肝臓の炎症が起こることがあり、特に肝不全にまで至るほど重篤な病態を「劇症肝炎」と言います。

これらの重篤な劇症肝炎では、肝移植が必要になることもあります。

これらのA〜E型の肝炎ウイルス以外にも肝炎を起こす病原体は知られています。

例えば、単純ヘルペスウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、EBウイルス、サイトメガロウイルスなどです。

そして、現在海外では原因不明の肝炎の症例が報告されています。

イギリスを発端に海外で小児の肝炎の報告が増加

2022年4月5日、イギリスから、これまで健康だった10歳未満の小児の間で、原因不明の急性肝炎患者が増加していることが報告されました。

これらの症例の多くは重度の急性肝炎を呈しており、AST、ALTという肝酵素の数値が500IU/L以上の上昇を認め(正常値は40IU/L未満)、多くの症例で黄疸がみられました。

また、一部の症例では、過去数週間に腹痛、下痢、嘔吐などの消化器症状を訴えていましたが、ほとんどの症例に発熱はありませんでした。

イギリスではこれまでに108症例の肝炎の小児が報告されており、このうち8人の小児が肝移植を受けたとのことです。

イギリスだけではなく、現在はアメリカのアラバマ州で9人、スペインで3人の小児の原因不明の肝炎の症例が報告されています。

肝炎の原因は?

イギリスの調査チームは、これらの10歳未満の小児で起こっている原因不明の肝炎の原因について、ウイルスなどによる感染症または毒物への曝露の可能性を念頭に調査が行っています。

すでに検査が行われた事例においては、A〜E型肝炎ウイルスの感染は認められなかったとのことです。

また、新型コロナワクチンの接種歴もないことから関連はないと考えられているようです。

飲食物や習慣に関するアンケートも行われていますが、共通の原因を特定することができなかったとのことです。

そのような中、検査した症例の77%がアデノウイルスが陽性であったという結果が得られていることから、アデノウイルスがこの肝炎の原因ではないかという仮説が立てらているようです。

ただし、一般的には免疫に問題のない小児においてアデノウイルスが肝炎を起こすことは稀であるため、新型コロナウイルスを含む他の感染症や環境要因など他の原因についても調査が進められています(これらの肝炎の症例のうち、新型コロナウイルスが検出された事例も報告されています)。

またこれらの検出されたアデノウイルスに何か遺伝子学的な特徴があるかについても調査が進められています。

アデノウイルスはどうやって広がる?

まだアデノウイルスが原因と判明したわけではありませんが、ここでアデノウイルスについて知っておきましょう。

アデノウイルスによる流行性角結膜炎を起こした筆者(筆者が自分で撮影)
アデノウイルスによる流行性角結膜炎を起こした筆者(筆者が自分で撮影)

アデノウイルスは、小児の咽頭炎や気管支炎、肺炎などの原因になることがあります。ときに胃腸炎などの原因になることもあります。

流行性角結膜炎(はやり目)や咽頭結膜熱(プール熱)などの感染症の原因にもなります。

これまでに60種類以上のアデノウイルスが確認されており、AからGの7つのグループに分かれています。例えばD群のアデノウイルスは角結膜炎を起こしやすい、などそれぞれに特徴があります。写真は筆者がD群のアデノウイルスによる流行性角結膜炎を起こしたときの目です。おびただしい量の目やにとともに結膜が充血しています。

免疫が弱っている人では、アデノウイルスによる出血性膀胱炎、肝炎、脳炎などが起こることがあります。

アデノウイルスは、主に

・接触感染(触ったものから手にウイルスが付着し、その手で顔に触れることで感染する)

・飛沫感染(症状のある人からの咳やくしゃみで発生する飛沫によって感染する)

によって感染し、特に接触感染によって伝播します。

アデノウイルスの感染を予防するためには、こまめに手を洗うことが重要です。

その他、感染の拡大を防ぐ方法として、

子供のおむつを替えた後は、必ず石鹸と水で手を洗う。

洗面台やカウンターなどの表面は、漂白剤と水を混ぜたものできれいにする。

タオル、ベッドリネン、パジャマなどの身の回りのものは共用しない。

くしゃみや咳など症状があるときはマスクを着用する。

なども有効です。

繰り返しますが、まだアデノウイルスが海外で報告されている肝炎の原因と判明しているわけではありません。しかし、これらはこれらは新型コロナウイルス感染症と共通する感染経路でもありますので、日頃の基本的な感染対策をこれまで通り丁寧に行うことが重要です。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作)

参考文献

1) UK Health Security Agency. Increase in hepatitis (liver inflammation) cases in children under investigation

2) ECDC. Update: Hepatitis of unknown origin in children

3) CIDRAP. Acute pediatric hepatitis cases raise flags in UK, US, Spain

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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