インバウンド市場は踊り場か~中韓香台への依存は限界に
・2019年年末は3か月連続でマイナス
JNTO(独立行政法人国際観光振興機構)が2020年1月17日に発表した「訪日外客数(2019 年 12 月および年間推計値) 」によれば、 2019年12月の訪日外国人数は、前年同月比 4.0%減の 252 万6千人だった。この数字は、2018年12月の263万2千人を10万人以上下回っており、3 か月連続で前年同月を下回る結果となった。
・韓国人観光客の急減が影響
3か月連続で訪日外国人数が前年同月を下回った大きな原因は、韓国人観光客の急減だ。2019年8月以降、前年同月比50%近い減少を続け、12月も前年同月比 63.6%減と大幅な減少となった。
2018年の国別訪日外国人数のうち、中国の26.9%に次いで韓国は24.2%と全体の4分の1を占めており、韓国人観光客の急減がインバウンド市場に冷水をかけたと言える。
・年間では過去最高だが、伸びは鈍化傾向
2019年の訪日外国人数は、3,188 万2千人で前年比 2.2%増となった。訪日外国人数は、JNTOが統計を取り始めた1964年以降で最多となり、過去最高となった。韓国を除く19市場(国および地域)では過去最高を記録した。
しかし、年間の訪日外国人数は前年比2.2%増と伸びは鈍化している。2019年には、ラグビーワールドカップ2019日本大会が開催され、会場が分散されたこともあって、欧米豪などからの訪日外国人が増加したことが好影響を及ぼした。
・訪日外国人の消費金額、宿泊日数が減少傾向に
株式会社movの『インバウンド調査報告書2020』によれば、2019年上期の訪日外国人1人あたりの消費額は、神奈川県と東京都を除き、関東7都県中5県で前年同期比で減少している。 特に群馬県、栃木県は前年同期比で25.7%の大幅な減少を見せている。
さらに、訪日外国人の平均宿泊日数が減少しており、東京都でも前年同期比6.64%減、群馬県40.91%減、 栃木県21.77%減、 茨城県24.21%減と大幅な減少となっており、このことが消費額の減少に繋がっていると分析している。
大阪の家電量販店で働く中国人留学生は「数年前のように中国人観光客が家電製品を山のように買って帰るという光景は少なくなった。観光客数は増加しているのだろうが、その分、なんの買い物もしないという人も増えている」と話す。また別の観光業で働く中国人は、「大阪は値段が安く、家電量販店やドラッグストアで中国語が使える店員がおり、京都や東京に観光に行った帰りに寄って買い物をすることが中国人に一般的になっている。ただ、最近の富裕層は家電量販店やドラッグストアにはあまり興味を持たない。日本観光も何度も来ており、ツアーの要望も地方の温泉地とか伝統工芸だとかを回りたいというように変わってきている」と言う。依然として大阪市内の商店街には中国からの観光客が溢れているが、「中国人が経営している家電量販店やドラッグストアは縮小しつつあります」とも指摘する。
・ホテルも一気に供給過剰に
不動産サービス大手CBRE(東京)が2019年9月17日に発表した国内主要9都市の2021年のホテル市場展望によると、ホテルの客室数の需給バランスは国内9都市ともに供給過剰になる。
ここ10年ほどのインバウンドブームで、各地で新たなホテルの開業、新設が相次いでおり、主要9都市で2019年から2021年に開業予定のホテルの客室数合計は8万室あり、2018年の既存客室数に対して24%の増加となる。特に京都市では、宿泊需要予測に基づく必要客室数を1万2千室も上回る見込みで、2018年に比較すると51%増と大幅な供給過剰となりつつある。
「一時期のようなホテル不足は、祭りなどイベント時を除けば無くなっており、民泊ビジネスも本格的な競争になっている。採算が取れなくなり、撤退する業者もすでに出ている」と京都市内の不動産業者は話す。「京都市内は観光公害などと言われ、市民からも問題視されるようになっており、これ以上のインバウンドを期待するのは、難しいのではないか。行政も量より質だと発想を転換しつつあり、ホテルも民泊も淘汰される段階なのではないか」とも指摘する。
・オリンピック特需への懸念、団塊の世代の市場退出、外国人の富裕層の嗜好の変化
2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催され、訪日外国人が増加するという期待もある。しかし、ロンドン・オリンピックのように混雑を嫌って、従来の観光客が減少する傾向もあり、期待通りの増加になるか懸念も持たれている。「1964年の東京オリンピックの時も、1970年の大阪万博の時も、観光客が急増するからとホテルが急増し、その後、いくつも廃ビルになって放置されていたのを覚えている。今回もそんなことにならなきゃいいが」と70歳代の会社経営者は言う。
さらに団塊の世代が70歳を超す。いよいよ高齢者の観光需要が減少する。これまで国内観光の大きな顧客層であった高齢者が急減するのだ。
訪日外国人の市場も、大きく変化しつつある。「富裕層は、すでに何度も訪日している。どこにでもあるようなホテルやショッピングセンターには興味を持たなくなっている。観光客のあまり訪れない地方都市や、日本人から時代遅れだと思われているような古い旅館や商店街、街並みを好んできている。うちのような昭和の日本人の家というのをウリにしているところにも、わざわざ探して宿泊をしに来る。」関西地方で古民家の宿泊施設を運営する経営者は、そう話す。「ドラッグストアやどこの街にもあるチェーン店に外国人観光客が列を作るというのが、日本観光だというのがおかしいことだったのではないか」とも言う。
・中韓香台に依存し続けるのは現実的ではない
2018年の統計によると、日本の訪日外国人観光客の国別割合は、中国、韓国、香港、台湾で70%を超している。今までのインバウンド戦略が成功だと言っても、これらの2か国と2地域に極端に依存した形で伸びてきた。これらの伸びによって、訪日外国人の国内での消費金額は約4兆円を超しており、自動車部品や電子部品の輸出総額と同程度にまで成長してきた。巨大な輸出産業だと言える。
しかし、取り巻く状況は楽観視できない。韓国とは政治的な緊張が継続している。香港は、民主化運動が経済にも影響してきている。台湾は、民主派の蔡英文総統が再選され、中国との緊張の高まりが懸念されている。最大の訪日観光客の送り出し元である中国も経済の減速が懸念されている。つまり、インバウンド市場の7割を占める国や地域は不安定化の懸念が高い。中韓香台に依存し続けるのは現実的ではない。
・インバウンド戦略も大幅に見直す時期へ
経済成長に伴いタイ、インドネシア、ベトナムなどからの訪日観光客も期待できるが、これらの国々からの本格的な観光客の増加と消費の拡大は、まだしばらく待たなければいけないだろう。さらに、これらの国々は観光の嗜好も商品市場の発展過程も大きく異なっており、中国や韓国に代わって爆買いや膨大な人数の観光客を送り込んでくれるだろうという発想は安易すぎる。
まずは中国、韓国、香港、台湾に加えて欧米、中近東諸国などからの富裕層の誘致が必要だ。伝統文化や地域性に根差した食文化など、「そこに行かねば経験できない」資源の再評価などを急ぐ必要がある。
そろそろ「ラーメンとアニメとアイドル」に偏ったクールジャパン戦略や、欧米式の高級ホテルやリゾートを新設するという陳腐化した集客戦略から脱却すべきだ。本来の日本の誇るべき、そして高額で売ることのできるコンテンツを核としたインバウンド戦略を再構築すべきではないのか。
参考
☆株式会社mov『インバウンド調査報告書2020』
☆JNTO「訪日外客数(2019 年 12 月および年間推計値) 」PDF
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