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ロンドンで「報道の自由」をテーマに国際会議 ー英国とカナダ政府主催の居心地の悪さ

小林恭子ジャーナリスト
メディア会議で顔を隠して話すガーナのジャーナリスト(英外務省Flickr)

 「報道の自由」という言葉に、どんなイメージを持たれるだろうか?

 日本や筆者が住む英国は民主主義社会であり、報道の自由が保障されている。しかし、世界に目を配ると、政府批判の報道によって投獄される、自分や家族の生命が脅される、ネット上でハラスメント攻撃を受ける、他国に移動せざるを得なくなるなど、様々な逆境にさらされているジャーナリストやメディア組織が少なくない。

 世論を味方につけようと思っても、フェイクニュース(ディスインフォメーション)によって事実がゆがめられていたり隠されていたりする。国民がフェイクニュースを真実として理解していれば、ジャーナリストやメディア組織が言うことを信じないかもしれない。

政府主催のメディア会議

 今月10日と11日、ロンドンで「報道の自由のための国際会議」(グローバル・コンフェレンス・フォー・メディア・フリーダム」が開催された。100か国以上から閣僚級の代表者や学者、報道関係者など約1500人が参加し、報道の自由の侵害状況や改善策について意見を交換した。

 主催は英国とカナダ政府で、それぞれの国の外務大臣が複数のセッションで顔を見せた。

 報道の自由の会議を政府が主催?何とも奇妙な組み合わせである。政府や権力者が外に出したくないこと、でも国民が知るべきことを報道していくのが、メディアの役目だからだ。

 筆者は、会場内で複数の人に「なぜこの2つの政府がこのテーマで報道の自由の国際会議を開くのか?」と聞いてみた。ほとんどの人が「分からない」と答えた。

 「権力者側にいる政府が報道の自由の会議を開くなんて、おかしい。一体どんなことになるのかを見に来た」(英国の大学でメディア経営を教える教授)。「米中という強いスーパーパワーに対抗する存在がない。だから、ひとまずこの2か国でまとまるという意味があったのではないか」(ドイツのメディア教育組織のトップ)。

 筆者は、以下のように受け止めた。

 英国を含む欧州で、「報道の自由が完全ではない」、「他国からの干渉・攻撃に苦しんでいる」地域と見なされるのが、旧ソ連圏、つまり東欧諸国(ハンガリー、ラトビア、スロバキア、ブルガリア、チェコ、ウクライナなど)だ。この場合の「他国」とは、ロシアである。

 ちなみに、会議開催の前日、英外務省はロシアのテレビ局RTとスプートニク通信社に対し、取材許可を与えなかった。理由は「ディスインフォメーションを積極的に拡散した」からだ。ロシア大使館は「政治的意図がある差別だ」と述べている。

 RTは声明文で「報道の自由を奨励すると言いながら、都合の悪い声の参加を禁じるのは偽善的だ」と述べ、スプートニクは「ディスインフォメーションは私たちの仕事ではない」としている(BBCニュース、7月9日付)

 複数のセッションに出てみると、東欧諸国やかつては英国の植民地だった国の報道の自由の侵害状況を訴える事例が目立った。

 今回の会議には、英国・カナダの「西側」が報道の自由の守護者としてのイメージをアピールするという宣伝目的もあったと筆者は思う。いかに両国が報道の自由を重視しているかを世界に見せることによって、まずロシア、そして報道の自由が侵害されていると見なすトルコ、フィリピンなどの国々をけん制する意味合いが出た。

 しかし、裏の狙いが何であれ、セッション参加者が語った状況は嘘ではなく、参加者にとっては多くの学びの機会となったと思う。

 以下で、そのハイライトを紹介したい。

報道の自由の意義、その現状

 まず、「報道の自由」は、なぜ重要なのだろう?

 英外務省の説明によれば、「自由で独立したメディアは、人権を守り、権力者に説明責任を持たせるために重要な役割を持つ」。

 報道の自由は「民主主義になくてはならないものであり、経済の繁栄や社会の発展の基礎になる」。社会が「自由で、公正で、オープンであること」を示す。ジャーナリズムによる詮索は、「生き生きとした、そして健全な民主主義には必須」だ。

 現状がどうなっているかというと、「国境なき記者団」の調査によると、昨年、報道によってターゲットにされ、殺害されたジャーナリストの数は前年より15%増加しているという。

 国連の調査では、昨年1年間で殺害されたジャーナリストの数は少なくとも99人。348人が新たに投獄され、60人が人質となった。殺害犯が責任を問われることはほとんどない(UNESCO調べ)。

 セッションのハイライトを紹介したい。

「世界の指導者たちは何もしていない」とクルーニー氏

クルーニー氏(左)とハント英外相(撮影筆者)
クルーニー氏(左)とハント英外相(撮影筆者)

 10日の基調セッションに登壇した一人が、米人権弁護士アマル・クルーニー氏。

 「報道の自由が減少し、ジャーナリストが殺害されている。戦時ではなく、平時に、だ」。

 日本でも大々的に報道されたのが、サウジアラビア出身のジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が殺害された事件だ。米CIAは、殺害を指示したのはサウジの皇太子と名指しした。「カショギ氏は拷問の上、殺された。世界の指導者たちは何もしていない」

 「トルコ、アゼルバイジャン、モルディブでも殺害されたジャーナリストがいる」

 「ジャーナリストが権力者からハラスメントを受けない国はない」

 「独立したジャーナリズムが存在しない国では、国民に十分な情報が与えられていないという構図がある」。

 英政府はクルーニー氏を「報道の自由」特命大使に任命している。「国が本気で報道の自由のために行動を起こしたら、様々なことを実行できる」。例えば、報道の自由が保障されない国に住むジャーナリストに対し、特別ビザを与える、ジャーナリストを殺害する国に制裁を課す、ジャーナリスト支援のための基金を設置するなどをクルーニー氏は例として挙げた。

顔を隠して報道を続けるジャーナリスト

 ガーナのジャーナリスト、アナス・アルメイヨー・アナス氏が壇上に登ると、会場内が一瞬、シーンとした。顔が分からないように、すだれのようなものを着用していたからだ。

 人権問題と汚職の暴露を専門とするアナス氏は潜伏取材が主であるために、公の場では顔が判別されないように仮装するのである。

 ガーナは、「国境なき記者団」が作成する「世界プレスの自由インデックス」で180か国中23位であるが、アナス氏が手掛けるのは権力を持つ人が外に出したくない事実だ。このため、様々な形のハラスメントが行われており、今年1月には、サッカーの汚職報道で一緒に働いていたジャーナリストが銃弾を受けて殺害される事件が起きている。

 「報道の自由の重要性は、必ずしもすべての人に理解されているわけではない」という。

 「民主主義を育てるには、単にお金を提供するだけではなく、現地の人をエンパワーする方向で支援するべきだ」。

ハント英外相は何を語ったのか

 ほかにも何人かがスピーチした後、最後に登壇したのがハント英外相だ。

 「歴史家ジョン・アクトン(アクトン卿)は、1887年、こう書いた。『権力には腐敗の傾向がある。絶対的権力は絶対的に腐敗する』、と」。

 ハント氏は「腐敗を防ぐのは自由なメディアだと思う」。

 報道の自由が侵害されている国としてロシア、中国、ベトナム、サウジアラビアなどを挙げながらも、英国も例外ではないという。今年4月、英領北アイルランドで、ジャーナリストのライラ・マッキー氏が命を落としたからだ(注:彼女の場合、現地の暴動でデモ参加者が警察に向けて発した銃弾を体に受けて、死亡)。

 世界で報道の自由を保障するため、英政府として次の5つを実行する予定だという。

 (1)「グローバル・メディア・ディフェンス基金」を設置する。複数の国が参加し、UNESCOが運営する。危険な状態で働くジャーナリストに法律のアドバイスを提供し、安全維持のための研修をする。今後5年間で、英国は300万ポンド(約4億円)を出資。カナダは100万カナダドルを出す。

 (2)「国際タスクフォース」を設置する。各国政府が報道の自由を保障できるように支援する。毎年、国連総会の場でどの程度の進展があったかを話し合う。

 (3)特命大使クルーニー氏を中心として、ジャーナリストを法律で守る仕組みを考えるための専門家パネルを設置する。英国内でも、新法を立法化する、あるいはすでにある法律を更新する際に報道の自由への影響がどうなるかを考慮する。

 (4)カナダのクリスティア・フリーランド外相とともに、報道の自由が侵害されたときに一斉に行動できるような連絡グループを作る。ほかの政府の参加を奨励する。

 (5)報道の自由を保障することを誓う「グローバル・プレッジ」に署名し、来年もこの目的のために集う。

 この会議の開催前に、英政府は外国の報道の自由の促進のための複数のプログラムを発表している。

 例えば、東欧諸国でのディスインフォメーションやフェイクニュースを反撃し、バルカン諸島西部の独立メディアを支援するために、「紛争・安定・セキュリティ基金」を通して、今後3年間で1800万ポンド(約24億4000万円)を拠出する(7月7日発表)。東欧・中央アジア地域への資金提供はディスインフォメーションに対策を講じ、独立メディアを支える目的の5年計画(1億ポンド拠出)の一環である。また、バルカン諸島政府への支援は、この地域への8000万ポンド(2020-21年度)に上る支援の一部をなす。

政府支援への居心地の悪さ

カナダのフリーランド外相(英外務省のFlickrより)
カナダのフリーランド外相(英外務省のFlickrより)

 政府がメディアの報道の自由を保障する・奨励することに対する居心地の悪さが、セッション後半のメディアとのやり取りの中で明らかになった。

 カナダのフリーランド外相は英フィナンシャル・タイムズ紙の元記者で、ロシアでの特派員経験もある。ハント英外相はジャーナリストの経験はないが、常にメディアから厳しい質問を受けてきた。権力を批判するのがメディアの仕事だから、その権力の側がメディア報道の自由を奨励をするとは、奇妙に聞こえるだろうと二人は何度か述べた。しかし、どこまで、実際に覚悟をしているのだろうか?

 カナダのメディアがフリーランド外相に質問した。

 昨年秋、サウジのジャーナリスト、カショギ氏が殺害され、サウジアラビアは世界的な非難を浴びた。「G20の来年の議長国はサウジアラビアだ。G20はサウジでの開催をキャンセルするべきだと思うか?」

 この問いに対し、フリーランド外相は「G20は同じ価値観を持つ者同士が集まる場所ではない」という。「カナダは、ロシアによるクリミア併合(2014年)には反対の立場を取る。それでも、G20という場を共有している」。つまりは、キャンセルする必要はないという。

 報道の自由を侵害した国に対し、即時に制裁を加えるかどうかも含め、ハント英外相は「交渉にはプライベートで意見を言う場合もあれば、公式の場で行動する場合もある」と説明し、外交交渉には幅があることを示した。

 両外相の説明には一定の説得力があったものの、「説明になっていない」と後で述べたジャーナリストもいた。

ジャーナリストの即時釈放を求める声明

 メディア会議の会場の外では、内部告発サイト「ウィキリークス」の創始者で、現在は英国内に収監中のジュリアン・アサンジ被告の釈放を求める抗議デモが発生していた。4月、米司法省は、アサンジ被告を米政府のコンピューターに侵入した罪、機密文書を暴露した罪などで起訴したと発表。米側は英政府にアサンジ被告の身柄の引き渡しを求めている。ジャビド英内相は「引き渡し命令に署名した」と述べており、司法判断を待っているところだ。

 報道の自由のために活動する、ドイツの非営利組織「欧州センター・フォー・プレス&メディア・フリーダム」(ECPMF)は、メディア会議開催の前日、ほかの30を超える報道の自由関連組織の代表者と集い、会議に参加する国に向けて請願書を出した。

 請願書は「投獄中のジャーナリスト全員を釈放すること」、「ジャーナリストの殺害、攻撃、中傷を停止すること」、「ジャーナリストの殺害事件すべてを調査し、責任者を訴追すること」を求めている。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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