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中国人観光客の間に流布する日本の「12の神薬」は、どのようにして広まったか?

中島恵ジャーナリスト
中国人観光客に大人気の「熱さまシート」

5連休となったシルバーウィークも終わり。だが、これから大型連休に入る国がある。隣国・中国だ。今年、中国では26~27日が中秋節(十五夜)で2連休。そして10月1日~7日までは国慶節(建国記念日)で7連休になる。途中の3日間も休めば、12連休となり、また、大勢の中国人観光客が海外旅行に出かける。

日本でも多くのサービス業がこの時期を見込んで中国語の案内板を設置するなど、インバウンドに期待を寄せている。そのひとつが、ドラッグストアだ。最近、ドラッグストアに足を運んだ人は「あれ?」と思ったかもしれない。「12の神薬」という見慣れない中国語の看板や表示が掲げられている店舗が多くなったからだ。

街角で中国語のPOPや表記はかなり見かけるようになったが、「12の神薬」とは一体何なのかと思うことだろう。これは「日本に行ったら絶対買うべき12の薬」という意味で、昨年から中国の旅行情報サイトなどで話題となった12種類の薬のことである。「神」とは中国で「すごい」とか「すばらしい」といった意味で使われている。「薬」は中国語の簡体字で表示されているので読めない日本人が多いと思うが、このPOPを見れば、中国人が買っていくベスト12なのだろう、ということくらいは理解できるだろう。

日本で有名な定番商品も売れているのだが……

12の薬を順不同で紹介しよう。「熱さまシート」「サカムケア」「龍角散」「サロンパス」「命の母A」「アンメルツヨコヨコ」「サンテボーティエ」「イブクイック」「ニノキュア」「ハイチオールC」「ビューラックA」「口内炎パッチ大正A」がそれだ(1~2種類、別の薬と入れ替わることもあり、12ではなく20の神薬と表示している店もある)。

空気の悪い中国では、のど飴は必需品
空気の悪い中国では、のど飴は必需品

目薬、のど薬、絆創膏、便秘薬、頭痛薬などが並ぶ。日本人にもおなじみの商品なので、これらが中国人にも人気だと聞いても不思議には思わない。だが、これらが「12の神薬」とまで呼ばれているというと、違和感を覚える人は多いのではないだろうか? この中には定番商品もあることはあるが、そこまで人気だというほど、日本品の間で売れまくっている商品ばかりではないからだ。それに、どうしてこれらの商品が海を隔てた中国の人々にこんなにも知れ渡り、買い求められているのか? という疑問も浮かぶ。

なぜ中国人の間ではこれらの薬が“神”のようにあがめたてまつられ、「爆買い」されているのだろうか?

その理由は中国のネット上にある。来日する中国人たちの大半は、日本の観光や買い物情報を「微信」(読み方はウェイシン、英語名はwechat(ウィーチャット)。中国版ラインとも呼ばれる)というSNSから得ているが、その微信で大量に流れているのが、12の神薬の情報だからだ。

ある在日中国人はこういう。「中国人はマスコミ情報よりも、自分が信頼する人のクチコミを重視します。微信はフェイスブックとラインを混ぜたようなもので、その「モーメンツ」(タイムライン)に、日本の買い物情報がたくさん流れてきます。自分が信頼する友だちや親戚が写真つきで『これ、いいよ』と勧めたり、『使ってみてよかったよ』という薬なら、自分も買ってみたいと思うんですよ。そして、自分が日本に行って買ってきたら、また微信で自慢したり、使い心地を書いたりするので、ますますその情報が拡散されていくんです」

「公式アカウント」でますます情報が拡散される

また、微信には友だちが投稿したモ―メンツとは別に、「公式アカウント」といって、個人や企業が発信するさまざまな情報がある。前述した旅行情報サイトなどもそのひとつだ。その中には、日本の買い物情報だけに特化したものもある。

それらの「公式アカウント」をフォローすると、ほぼ毎日、日本での人気商品の情報が流れてくる。一部は転売ビジネスにもつながっており、転売業者が人気の商品や、自分たちが売りたい商品の情報を意図的に流すこともあるようだ。さらに、中国の有名ブロガーなどが投稿したりすると、一時的に知名度がアップしたりする。その結果、一定の商品だけが急に有名になったり、突出してバカ売れするという現象が起こる。

「命の母A」はネーミングのおもしろさもあって中国人に人気
「命の母A」はネーミングのおもしろさもあって中国人に人気

友だちのタイムラインや、「公式アカウント」などの情報が積み重なって、日本の薬といえば「12の神薬」というふうに、売れ筋がどんどんと絞られていくというわけだ(だから、日本で“本当に”売れている商品が、必ずしも中国人にも売れるというわけではない)。

筆者は著書『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?』の中で、中国人がこれほどまでに日本製品に魅了される理由や背景を説明しているが、先日、筆者の本を読んだというあるメディア関係者から連絡が入り、「取材したドラッグストアで、子ども用風邪薬が爆発的に売れているという話を聞いたんですが、なぜだかわかりますか?」と質問された。

おそらく、何らかの原因で、SNS上にその風邪薬の情報が大量にばらまかれたのだろうが、詳細な原因までつきとめることはほとんど不可能だ、と答えた。しかし、このようなことは日常茶飯事で起きているのである。

「12の神薬」の情報はあまりに有名になり、それが日本にも伝わったため、日本のドラッグストアで特設コーナーまで設置されるまでになったが、果たして今後の売れ筋はどうなっていくのだろうか? 中国人のSNSでの情報はどのようにして伝達し、どう拡散していくのか。日本企業にとって、その流れを知ることが、インバウンド客をつかむひとつの方策であることは間違いないといえるだろう。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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