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保育士の「ストライキ」が続出 コロナ禍の「税金着服」に怒りの声

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

相次ぐ保育士ストライキ

 この数年、保育園における一斉退職が全国各地で話題になってきたが、緊急事態宣言が解除され、コロナ危機が一段落した現在、保育士に新たな動きが現れている。首都圏の複数の保育園で、保育士がストライキを実施しているのだ。

 ほかにも、ストライキまでは至っていないが、コロナ被害を機に新たに労働組合に加盟し、経営者に対して団体交渉や宣伝活動を行う保育士が相次いでいる。

 コロナ禍によって、保育園に何が起きたのだろうか。実は、共通して上記の保育士たちが掲げている要求がある。それは、休園・登園自粛期間中の休業補償の未払いの問題だ。この問題については、ジャーナリストの小林美希氏がかねてより指摘している。筆者もこれを「休園ビジネス」ではないかとして、労働相談の事例をもとに、記事で警鐘を鳴らしていたところだ。

「家も職も失った」30代保育士が訴える壮絶実態

コロナで税金を「着服」する保育園が続出 もはや「休園ビジネス」?

 本記事では、コロナ被害がもたらした「休園ビジネス」の実態と、その背景や国の対応を改めて説明しつつ、今回立ち上がった保育士たちの取り組みについて紹介していきたい。

労働相談のうち「休業補償ゼロ」が50%以上

 まず、保育園における休業補償の問題を確認してみよう。NPO法人POSSEには、未だに「休業手当がもらえない」という保育士からの相談が相次いでいる。

 5月9日、10日に介護・保育ユニオンが実施した保育園・保育業界の労働相談ホットラインでも、150件を超える労働相談のうち、75%に及ぶ100件以上が休業補償が十分に払われていないという相談であった。

 さらに、休業補償の労働相談のうちの過半数以上が、その時点で「全く休業補償が払われていない」というものだった。休業補償が6割というケースを加えると、相談のうち87%にも及んでいる。低賃金の保育園職員にとって、補償なしはもちろんのこと、6割補償ですら死活問題だ。

 しかし、飲食業や小売業などとは異なり、認可保育園はコロナ被害で経営状況が悪化したとは言い難い。認可保育園には、市町村から運営費として委託費が毎月支給されているが、そこには賃金分が含まれている。これは休園中でも登園自粛中でも変わらない。

 そのため、普段の賃金と同じように、賃金全額の休業補償を支払えるはずなのだ。休業補償を全額払わずに「値切って」いるということは、その差額を、コロナ禍に便乗して「着服」していることにほかならない。これでは、「休園ビジネス」と言われても仕方がないだろう。

 ただし、労働基準法で定められた6割の補償さえしていれば、全額補償していなくても直ちに違法とは言い難い。このため、国や自治体が強い権限を持って保育園を指導することができないのが実態だ、

 そこで、労働組合に加盟して、現場から声を上げて立ち上がった保育園の職員たちが相次いでいるのである。

都内の保育園で、職員の休業補償100%を求めた園長がストライキに

 6月15日から元園長の保育士がストライキを起こしているのが、首都圏で認可保育園・東京都認証保育園を26園経営する株式会社こころケアプラン(社会福祉法人こころ福祉会)の保育園だ。

 こころケアプランの経営する、都内のある保育園では、園長のAさんが3年間勤務しており、特に直近の2年間は一人の退職者も出さず、職員が安心して働く環境をつくることができていた。

 ところが同社は、コロナによる休園期間中、パートタイムの保育士に対して6割しか休業補償を払わず、保育資格のない保育職員に至ってはまったく休業補償を払おうとしなかった。

 また、Aさんが保育士資格のない保育職員をシフトに入れようとすると、本部の社員から、無資格の職員は保育士の配置基準にカウントされないからシフトを入れないようにと、シフト表を修正されていた。「保育園を金儲けの道具としか考えていない」とAさんは不信感を抱き、職員たちに全額補償をするよう会社に食い下がった。

 保育士たちを守ろうとするAさんに対して、同社は嫌がらせとしか思えない対応に出たという。休園期間が明ける直前の5月末に、Aさんを突然園長の職を降ろし、保育園の実務すら外して、本部での事務勤務という辞令を下したのだ。Aさんが異動の理由を尋ねても、会社は何も答えなかったという。

 Aさんは介護・保育ユニオンに加入し、6月15日からストライキに踏み切っている。労働組合が同社を追及すると、休業中に職員に賃金全額を支払わずに浮いた分の委託費は、マスクや消毒液に使うと回答(本当は、それらの購入には別途補助金が下りる)。また、年度途中に園長を異動させることは珍しくないが、本部に異動させるケースは記憶にないという。

 Aさんの申し入れ後、保育士資格のない非正規の職員にも休業補償が6割払われることにはなったが、まだ全額ではない。自身の園長復帰と共に、Aさんは会社に要求を続けている。

横浜市の認可保育園では無期限ストライキを実施

 次に、横浜市鶴見区の認可保育園でも、休業補償をめぐる問題をきっかけに、保育士2名が6月1日から無期限ストライキに突入している。

 トライコーポレーション合同会社が経営する「ハート保育園」グループの園では、横浜市の登園自粛要請により、登園する園児数が1日1〜2名のみにまで減少したにもかかわらず、正社員の保育士は全員が出勤を指示され、園児・保育士ともども感染リスクに晒されていたという。もし休むのであれば、欠勤扱いになるわけだ。

 これに対して保育士たちが抗議したところ、在宅勤務が一応認められた。ところが、1日8時間の在宅勤務にもかかわらず、会社は全額の賃金支払いを認めないという。

 さらに、コロナウイルスの感染対策などを求めたところ、会社は年度途中にもかかわらず、この保育士たちに対して、入社時にないと説明されていたはずの異動を命じた。保育士たちは介護・保育ユニオンに加盟し、登園児が少ない場合の出勤シフト削減と全額の休業補償、異動の撤回などを要求し、無期限ストライキに踏み切っている。

足立区の保育園で「派遣切り」 理由は「保護者が自宅で子どもを見るから」?

 上の二例にも増して悪質なのが、足立区立の認可保育園のケースだ。東京都や千葉県で保育園を展開する社会福祉法人高砂福祉会の認可保育園では、委託費が払われるにもかかわらず、休園を機に、休業補償カットどころか、保育士を「派遣切り」にしている。

 高砂福祉会の運営する足立区立の保育園では、4月からの休園・登園自粛期間中、登園児数が1/5にまで減少したことを受け、職員たちのシフトを削減させ、それに伴い、直接雇用や派遣社員の非正規雇用は、休業手当6割のみを支給されていた。ここでも、4割分を「着服」しようとしていたと見られる。

 高砂福祉会はさらに一線を踏み越えた。保育園で1歳児のクラス担任をしている派遣保育士Bさんについて、6月末での契約解除を言い渡したのである。Bさんと派遣会社の雇用契約も、6月末で切られることになった。つまり、「派遣切り」である。

 高砂福祉会と契約を結んでいた派遣会社による団体交渉での発言によれば、高砂福祉会の派遣会社に対する説明では、 Bさんの派遣契約終了の理由は一つしかなく、「7月以降も保護者が自宅で子どもを預かることが予想され、保育園に保育士が余るからと高砂福祉会から説明された」という(なお、高砂福祉会はこの見解をまずいと思ったのか、後日ユニオンに対して、Bさんの派遣契約を切ったのは別の職員を採用できたからだと主張している)。

 派遣会社の説明の通り、子どもが減って保育士が余ることを理由として高砂福祉会がBさんの派遣契約を切るのであれば、Bさん分の賃金を、7月以降、高砂福祉会は丸々懐に入れるということになってしまう。「派遣切り」による休園ビジネスというわけだ。

 Bさんは介護・保育ユニオンに加盟して、非正規職員に対する休業補償の全額支払いを要求して、高砂福祉会と派遣会社に団体交渉を申し入れた。その結果、高砂福祉会と派遣会社は対応を変えた。4月から5月までの休業時の補償は、Bさんはもちろんのこと、直接雇用の非正規、派遣社員を問わず、6割ではなく賃金満額を払うという回答が得られたのである。

 ただし、Bさんの派遣切りの撤回はまだ認められていない。Bさんは団体交渉や宣伝行動を続けている最中だ。

国を「方針転換」させた「休園ビジネス」批判と労働運動

 こうした中で、上記の小林美希氏の記事でも詳細に触れられているが、休園ビジネスの問題について、国も注目すべき動きを見せている。内閣府・文科省・厚労省が6月17日に、次のように「通知」を出しているのだ。

「新型コロナウイルス感染症により休ませた職員の賃金については、労働基準法では平均賃金の6割以上を休業手当として支払わなければならないこととされていますが、仮に保育所等において平均賃金の6割に相当する休業手当のみを支払うこととした場合、通常時の人件費との差額が発生することとなります。

この差額が、各種積立金や当期末支払資金残高といった人件費以外の経費に充てられることは、新型コロナウイルス感染症がある中でも教育・保育の提供体制を維持するという今般の特例の趣旨にそぐわないことから、休ませた職員についても通常どおりの賃金や賞与等を支払うなどの対応により、公定価格等に基づく人件費支出について通常時と同水準を維持することが求められます」

 このように、国が休園ビジネスを明確に否定し、委託費の使い道にまでに踏み込んでいる。しかも、上記の通知では、「報道や国会における議論の中でご指摘をいただいた」としており、小林美希氏や筆者、さらに介護・保育ユニオンの取り組みの報道が影響を与えていることがわかる。

 「国会」に関しても、介護・保育ユニオンの休業補償を求める運動を取り上げた新聞記事を見た国会議員が、内閣府に働きかけているという経緯がある。このように、ジャーナリストや現場の労働運動が、国の方針に影響を及ぼしたといえよう。

 さらに、この通知は、従来の国の方針を「転換」する流れにあると言える。もとはといえば、委託費が保育士の給料に使われていない実態は、今回のコロナ休業に始まったことではない。小林美希氏によれば、国の想定では、委託費のうち8割が人件費とされている。ところが、実際にはその割合通りに委託費は賃金に充てられていない保育園が多い。特に株式会社運営の保育園は、委託費のうちの賃金比率が傾向として低く、現場の保育者の賃金がわずか2~3割というケースまである。 

 その背景にあるのは、近年の委託費の弾力的運用の流れである。2000年以降、規制緩和が進み、保育園の委託費の使い道について、制限が緩和されてきた。2015年の規制緩和により、株の配当にまで委託費を使えるようになっている。本来保育士に払われるべきお金を、事業拡大に使ったり、あるいは直接的に株の配当に回しても違法ではなくなったのである。休園ビジネスの原因、そして保育士の賃金が低い大きな原因は本来ここにあるのだ。

 今回の国の通知は、委託費の使い道を制限しようという趣旨であり、これまでの規制緩和の流れからすれば、重要なターニングポイントになりうる可能性がある。委託費を適切に使わせて、安全な保育環境をつくるために、国に対しても、保育園のさらなる働きかけが必要だろう。

 本記事で紹介してきたように、労働組合に加入して会社と交渉し、宣伝活動をしたことで、委託費を本来の趣旨通りに使わせ、自分以外の職員たちも巻き込んで休業補償を引き上げさせた事例が相次いでいる。本記事で取り上げたものはその一部に過ぎない。保育園の労働環境や国の制度を変えていきたいという保育園職員の方は、ぜひ、労働組合で声をあげてみることをお勧めしたい。

保育士・保育現場で働く労働者向け労働相談ホットライン

日時:2020年6月27日(土)13~17時、6月28日(日)13~17時

主催:介護・保育ユニオン

電話番号:0120―333―774

※相談料・通話料無料、秘密厳守

常設の無料相談窓口

常設の無料相談窓口

介護・保育ユニオン

TEL:03-6804-7650

メール:contact@kaigohoiku-u.com

*関東、仙台圏の保育士たちが作っている労働組合です。

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

ブラック企業ユニオン 

03-6804-7650

soudan@bku.jp

*ブラック企業の相談に対応しているユニオンです。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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