トランプの「アメリカ」 拡大する下流社会は、はけ口を求めていた
人口が増え、世帯収入が減少
毒舌、ゴーマン、言いたい放題の不動産王ドナルド・トランプ(69)が米大統領選の共和党候補者選びで指名獲得を確実にしたのはなぜでしょう。考えるヒントがあります。米シンクタンク、ピュー研究所が米国の381大都市統計地域(以下、都市圏)のうち229都市圏の世帯収入の変化を調べて報告しています。
公開されているピュー研究所のデータと英紙フィナンシャル・タイムズの記事を参考にバブルチャートを作ってみました。横軸は2000年から14年にかけての229都市圏(米国全人口の76%)の人口変化率、縦軸は世帯収入(中央値)の変化率です。バブルの大きさは人口を表しています。
人口はグラフの右側の方向に増える一方、世帯収入は下の方向に下がっていることが一目瞭然です。バブルの大きさは人口を表しているので、収入の下がった世帯がものすごく増えていることが分かります。元米財務長官ローレンス・サマーズが唱える「長期停滞論」はもうすでに米国を侵食し始めています。
グローバル化と中国など新興国の台頭で米国国内の製造業も日本と同じように海外に拠点を移しました。その分、雇用は失われ、世帯収入を直撃しています。ICT(情報通信技術)は製造業のようには雇用の裾野を広げてくれません。ICTの発展は今のところ雇用を増やすよりも縮小する方向に、世帯収入を減らす方向に作用しています。
消えゆく中流階級
229都市圏で中所得者と低所得者の割合がどう変化したのかを棒グラフにしてみました。203都市圏で中所得者の割合は減少し、160都市圏で低所得者の割合が増えていました。高所得者の割合が増えたのは172都市圏でした。
米国の世帯収入(中央値)は190都市圏で下がっており、全国平均で1999年から2014年にかけ8%も減っています。低所得者の世帯は2562ドル、中所得者の世帯は4979ドル、高所得者の世帯(いずれも中央値)は収入が1万3217ドルも減っています。
広がる格差
国民1人当たりの国内総生産(GDP)をみると、世界金融危機で落ち込んだものの、その後、順調に回復しています。平均値が回復しているのに中央値が落ちているのはそれだけ格差が広がっていることを物語っています。
高所得者の割合が増えた都市圏ほど世帯収入の中央値は上昇し、低所得者の割合が増えた都市圏ほど世帯収入の中央値は下がっています。世帯収入の中央値が下がるほど、格差は大きくなっていることもピュー研究所の調査で分かりました。中所得者世帯の減少は格差の拡大をもたらしています。
下のグラフはピュー研究所のデータをもとに横軸を00年から14年にかけての中所得者割合の変化(%ポイント)、縦軸を99年から14年にかけてのトップ20%とその他80%の収入比の変化(%)にして229都市圏の散布図を作ってみました。中所得者の割合が減るほど格差が広がるという相関関係が浮かび上がってきます。
トランプが敗れた州は高所得者が増えていた
米大統領選の共和党候補者選びでトランプが他の候補者に敗れた州の都市圏を調べてみると、下のグラフの通り、高所得者の割合が増えているところが多いことが分かりました。
トランプの選挙戦術は(1)没落する非エリートの「白人男性」をターゲットに経済的な不満に火をつけます。(2)メキシコ系移民、イスラム系移民を攻撃することで移民への社会不安をあおって逆に「白人」アイデンティティーを際立たせ、怒る「白人男性」票を囲い込みます。(3)さらにアフガニスタン、イラク戦争、世界金融危機で米国を滅茶苦茶にしたエリートの職業政治家を餌食にするのです。
「トランプ現象」は決して一過性のものではありません。豊かだった米国の変容と不満をそのまま映し出しているのです。
(おわり)