保育士一斉退職の危機 問題解決の方法
新年度を前に保育園に入ることができない待機児童の問題がクローズアップされ始めた。保育所の人手不足の大きな要因が、その劣悪な職場にある。
私たちが受けてきた保育園からの相談の中には、保育士が過酷な環境の中でつぶされ、離職を余儀なくされたものが多いのが実態だ(これについては昨年の記事、「保育士の月給4万円増 職場環境は改善するか?」で詳しく紹介したところだ)。
そして、この3月は一気に保育士不足が加速しかねない。それというのも、「年度の区切りまでは子どもをみていてあげたい」と劣悪な労働条件を耐えてきた保育士が一斉に退職する恐れがあるからだ。
そこで今回は、保育士の職場環境を、現場で働く労働者たちが改善させることに成功した事例を紹介していきたい。
来年辞めるならボーナスは返してもらう~埼玉の保育園の事例
はじめに紹介するのは、800人の保育士を雇用し、首都圏に約50園の保育園を運営する埼玉県の社会福祉法人とそのグループ会社の事例だ。
この園では、利益を上げるために、保育の基準ぎりぎりの保育士しか採用していないという。常にぎりぎりの人員で子供に対応しているために、業務時間内には、事務作業や行事の準備などの保育以外の業務を行う時間が取れない。その結果、それらの多くは持ち帰り残業とされていた。
また、少ない人数で業務を回すために、あるグループ内の園では、園長らがパワーハラスメントで保育士たちを支配していたという。園長の方針に意義を申し立てると、その保育士を執拗にいじめた。「あの子が掃除しているか見るためにわざと落としているものだから、拾わないでね」とわざと紙屑を落とし、問い詰める材料を作ろうとしたり、定時で帰った保育士に対してはLINEで「先生いなかったから、他の先生が残って仕事してたよ」とサービス残業を強要するようなことを送ったりといったことを毎日のように繰り返していた。
このような労働環境のため、経営者によると毎年全体の約2割、毎年160人がこのグループの保育園を辞めている。
一方で、この保育園は次々とやめていく保育士を引きとめるために、来年度も働くことを条件に、年度末にボーナスを支給していた。だが、このボーナスは、次年度途中で退職した場合には返還するように言われていたというのだ。
「全員退職」から「職場改善」へ
こうした中で、グループ内のある園で、職場そのものが崩壊する事態となった。保育士たちは、「ずっと我慢してきたが、ボーナスを返還するというのは余りにも乱暴すぎる」と、我慢の限界に達したのだった。
この時点でほぼ全員が退職や異動を申し出ており、このままでは来年は子供を受け入れることができず、地域の保育所不足がさらに進む恐れがあった。
もちろん、保育士がやめてしまうと、子どもたちへの影響も大きい。好きな先生がいなくなり、新年度になると泣き出してしまう子どももいる。また、自分たちの代わりが集められたとしても、彼らも同じようにつぶされてしまうだろう。
かといって、このままの状態で働き続けることもできない。そこで彼らは「辞める」という選択肢から、「職場を改善するように話し合う」という方向を模索するようになった。だが、状況を改善するためにはどうしたらよいのだろうか?
労働法上、職場環境の改善を促すためには行政を間に挟んだ話し合いの「あっせん」、労働組合(ユニオン)に加入しての団体交渉という二つの方法がある。前者は強制力がないが、後者の場合には交渉を申し入れられた使用者は話し合いに誠実に応じる法的な義務を負う。
また、違法行為がある場合には労働基準監督署に申告することや、訴訟で賠償金の支払いを請求することもできるが、それらはあくまでも「金銭的な賠償を求める」というやり方になってしまうため、継続的な「職場環境の継続」を実現することにはなじまない。
つまり、職場環境の改善を実現するためには、ユニオンに加入しての交渉が最適な手段なのである。実際に、この保育園の労働者たちは、保育園の職場環境改善に取り組む「介護・保育ユニオン」に加入して交渉を行うことになった。
こうして今年2月、この保育園で働く複数の保育士が中心となり、同グループに団体交渉を申し入れた。彼女らの要求の柱は、保育士がつぶされないような環境、特に労働基準法違反の労働環境を改善することと、パワーハラスメントを防止することだった。
20名弱いるこの園の保育士すべてがユニオンに協力し、パワハラの事例集がつくられ、改善が申し入れられた。申し入れ後、会社は直ぐに交渉に応じることを約束。団体交渉の席上で社長は、これまでの態度を改め、改善を進めていくと約束した。
パワハラはそれ以来なくなり、それまでサービス残業になっていた事務作業を行う時間が別に設けられ、休憩時間も取れるようになったということだ。
20名強の園で、5年で90名が離職~仙台の認定こども園の事例
次の事例は、仙台市の学校法人が運営する認定こども園のケースである。
今年2月、年度末を前に、この園でも保育士たちが「介護保育ユニオン」に加盟し、団体交渉を申し入れた。この認定こども園の労働環境も劣悪だった。1か月60~80時間のサービス残業、休憩がないうえに、園長や副園長からのパワーハラスメントがあった。ユニオンの保育士らによると5年間で90名もの保育士が疲れ切って辞めていったという(常時20名強の保育士が在籍)。
ある退職を申し出た保育士は、法人役員から脅迫まがいの脅しを受けたと証言する。
「あんた分かんないでしょ、今まで辞めたやつがどうなっているかなんて」
「そのために顧問弁護士いるんだよ? ただそれで、私たち泣き寝入りじゃないんだよ。やることはやってんだよ? カゲでね」
経営者があまりにも横暴で、保育士たちを威圧しているしている様子がよくわかる。このような環境で長く働き続けることは難しいだろう。
同ユニオンが交渉した結果、この園でも園長らがあまり怒らなくなり、シフト時間前後のサービス残業も削減されたということである。
交渉前に受けられる専門スタッフによるサポート
このように、ユニオンに加入して交渉することで職場を改善できた事例は枚挙にいとまがない。では、なぜユニオンは職場の状況を改善することができたのだろうか。
まず、ユニオンには労働問題解決の経験が豊かな専門スタッフがいる。問題の法的整理はもちろん、会社に要求を通させるための物的証拠や、必要な書面の整理なども、保育士たちと一緒になって進める。
また、ユニオンは法的に認められた団体交渉権という強い権利がある。これにより、会社は団体交渉を無視できないばかりか、誠実に応じる義務を負う。形式的に話を聞くだけでは違法行為となり、誠実に交渉しなければならない。
さらに、ユニオンには社会に情報を発信する力もある。仙台の認定こども園の保育士たちは記者会見で職場の惨状を訴え、運営側に反省を促す方法をとった。酷いパワハラや、違法な働き方は、閉じられた職場の中では当たり前のように通用するかもしれないが、一般世間ではそうではない。また、職場に虐待などが発生している場合には、行政からの指導を求める場合もある(ただし、ユニオンに加入したからと言って、必ずしも社会に会社の実態を公表するわけではない。このような対応は会社側が交渉に誠実に応じない場合に限られる。もちろん職場の組合員たちの同意やプライバシーが守られることも大前提だ)。
専門家のスタッフがおり、労働法に守られていて、尚且つ情報や行政を効果的に活用することで職場環境を改善していくことができる。これがユニオンの機能である。
保育士不足は深刻である。一刻も早く劣悪な職場の改善が望まれる。
年度末にやめることを考えている保育士の方には、ぜひ一度下記の相談機関にご相談されることをおすすめしたい。
無料の労働相談窓口
介護・保育ユニオン
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*ユニオン、弁護士らと連携して解決に当たるNPO。全国各地のユニオンも紹介する。
ブラック企業被害対策弁護団(全国)
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