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世界的経済学者に聞く、労働市場のマーケットデザイン【小島武仁×倉重公太朗】第1回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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今回のゲストは、世界的経済学者の若きホープ、小島 武仁(こじま ふひと)さんです。東京大学卒業、ハーバード大学経済学部博士となり、イェール大学博士研究員やスタンフォード大学の教授などを経て、2020年より東京大学経済学部の教授をされています。同年秋に設立された東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)ではセンター長に就任。人と人、人とモノの最適な組み合わせを考える「マッチング理論」を研究されています。そんな小島さんに、労働力のマッチングと、最適配置のあり方について伺いました。

<ポイント>

・マーケットデザインには何に使われているのか?

・労働市場で使われているアルゴリズム

・臓器移植のマッチングに活用されている仕組みとは?

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■ゲーム理論とは何か?

倉重:それでは、倉重公太朗の「これからの『働く』を考えよう」という対談コーナー、新年1回目は、超豪華ゲストです。世代は近いですが、東大からスタンフォード大学、そして東大の経済学部教授という、本当に華々しい経歴をお持ちの小島武仁さんにお越しいただいています。よろしくお願いします。早速ですが、簡単に自己紹介をお願いしていいですか。

小島:今ご紹介いただいたように、私は経済学を研究している大学の研究者です。大学の学部卒業まで日本にいて、東大の経済学部を卒業しました。その後アメリカに渡り、ハーバード大学で博士号を取って、イェール大学の研究員を経て、スタンフォード大学で教員をしていました。今年の秋に東大にまた移って来たということです。

倉重:先生は何年生まれでしたか。79年でしたか。

小島:79年生まれですね。

倉重:私は80年なので、1つしか変わりませんが、どうやったらこれだけ華々しい経歴を持てるのだろうというぐらい、キャリアの頂点のような方です。

小島:いいえ、倉重さんこそ。

倉重:ネットに出ているインタビュー記事を読みましたが、最初に大学に入られた時には数学者や物理学者に憧れていたそうですね。

小島:そうです。そのころエヴァリスト・ガロアという数学者の伝記を読みました。彼は数学の理論を構築しながら、フランス革命に身を投じて、最後は決闘で命を落とします。今考えると中二病のようですが、その伝記を読んで「カッコいいな」と思いました。

倉重:数学はロマンがありますものね。何世代にもわたって問題を解いていくような。

小島:そうです。まさにおっしゃるとおりで、有名どころで言うとフェルマーがいます。

倉重:最終定理とかですね。

小島:あのころちょうど盛り上がったのです。そういう話を聞いて、何となく「数学者になりたいな」と思っていました。大学に入って「これからがんばるぞ」と思って、自主的な勉強会にも参加したのです。そうしたらお化けのようにできる人が大勢いて、正直「大変なところに来てしまった、これはダメだ」と思いました。

倉重:各業界にはどうあがいても勝てない人はいますからね。

小島:そうですね。つまらない話をすると、難解な数式を解ける人に「どうやって解いたんだ」と聞くと、「夢に神様が出て教えてくれたのだ」などと言うのです。神様がついている人にはもう太刀打ちできないなと思いました。

倉重:寝ている間に右脳で勝手に考えているんでしょうね。

小島:そうみたいですね。

倉重:今は経済学部教授になられていますが、数学者は厳しいということで方針転換されたのですか。

小島:そうですね。いくつか理由があって、1つは今言ったような後ろ向きな理由で、「太刀打ちできない」と思ったからです。もう少し前向きな理由としては、社会の面白さがだんだん見えてきたということです。経済学は数学を使って論理的に考えることで社会を理解ようとする学問だと、初めて気がつきました。僕のパズル的な興味も満たされるし、知的にも楽しいし、役に立ちそうだと思ったのです。

倉重:なるほど。経済学もかなり数式を使いますものね。

小島:そうですね。それも良し悪しはあると思いますが、最近では相当高度なものまで使っています。

倉重:私自身も経済学部出身ですが、本当にもうはるか彼方の記憶になってしまいました。今回対談するにあたって、小島先生から「ぜひ『Who Gets What』という本を読んでおいてくれ」と言われたのですが、なかなか難しかったです。たぶん先生にとっては超簡単なのだと思います。その中で先生がされているのは、「マーケットデザイン」という領域ですよね。これは経済学の中でいうと、どういう領域になりますか?

小島:この対談をご覧になっている方の中には「ゲーム理論」というものを耳にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。企業が行動を決めたり、ストラテジーを立てたりするときに使える話です。

社会のいろいろな仕組みや問題をゲームのように捉え、そこで参加している人々のこともプレイヤーだと思って、「皆がそのゲームをプレーすると何が起きるか」ということを考える学問です。

そういう学問が少なく見積もっても1950年ごろから発展してきて、経済のいろいろな分野で使われるようになりました。有名なケースでは談合の摘発があります。独禁法で禁止されている談合を見つけるのはとても大変です。これをゲーム理論の考え方を使って、内部通報する動機を作ることで、摘発件数を増やそうという試みが行われました。

ゲームの仕組みが分かると「次はこういうことが起きるだろう」と予測できるようになります。今度は逆の発想で、「社会に望ましいことを達成したいのなら、どういう制度を作るべきか」ということを考えたい欲求が出て来ました。そのように制度設計を科学的に分析する学問の総称を「マーケットデザイン」と呼んでいます。

 マーケットというと、証券市場をイメージされるかもしれませんが、ここでは必ずしもそういうものだけを指しているわけではありません。身近なところでは、待機児童の問題を改善することにも使われています。

倉重:私の薄い経済学知識で言うと、市場が自由であれば、「神の見えざる手」があって、価格も需要も供給もうまく調整されていきます。でも完全に自由に任せるのではなく、何らかのルールや「社会としてこうしたほうがいい」という要望も取り入れていくという考え方でしょうか。

小島:おっしゃるとおりです。いわゆる「見えざる手」というアダム・スミスの昔から言われている有名な言葉があります。

市場を自由に作って、皆に理解してもらえばうまくいくという見方がある時期非常に強くなりましたが、実際の社会ではそうでないところが多いのです。先ほどの保育園を例に出すと、公立の保育園は基本的に無料です。無料でなくとも決まった値段になっています。倫理的な理由でお金が使えないことは多々あるわけですから、見えざる手が働かないときに、市場に任せるのではなく、もう少しがんばってデザインをしていこうと考えるようになりました。

倉重:例えば単純なものの売買であれば、価格は市場で自動的に決まってくるかもしれませんが、保育園は当然リソースが限られています。公立高校や中学校も同じです。限られているリソースにどう適正に、より効果が高いように分配していくのかというようなことが、社会をデザインするということですね。

小島:そうですね。

■医師の就活にもマーケットデザインは使われている

倉重:今少し具体例が出て来ましたが、現実社会において、マーケットデザインという学問の考え方が役立っている例をもう少しご紹介いただけますか。

小島:いろいろありますね。特殊なケースにはなりますが、労働市場でも使われています。社会人の方は、どこかのタイミングで就活されたと思います。お医者さんの就活はどういうものか、皆さんご存じですか?

倉重:知らないです。

小島:きっとそうですよね。お医者さんはだいたい医学部に行って、大学6年生まで勉強して、その後お医者さんになるわけです。卒業後は研修医として、2年ぐらい先輩の指導を受けながら、患者さんを診ていきます。このときどういう病院に就職するかというと、昔は皆がばらばらに、いわゆる「見えざる手」のように労働市場で動いていました。

倉重:「ここの研究室へ行きたい」とか「どの教授のところへ行きたい」ということですね。

小島:アメリカではそういうふうにしていました。日本では経済計画のように、医局のボスが決めていく制度でした。結果的にはどちらもうまくいかなかったのです。アメリカで完全自由市場のようにしていると、皆さんなるべく早く優秀な人を取りたいと思うので、病院が抜け駆けをします。

倉重:学生のうちに声をかけるのですか?

小島:そうです。若い時から「うちに来て」というプレッシャーをかけてきました。ハラスメントのような押し付けですね。一番ひどいときは卒業の2年ぐらい前にどこに行くか決まっていました。

倉重:まだ卒業していないのに?

小島:そうです。卒業していないどころか、2年前というと、実習も始まっていないぐらいなのです。

倉重:現場にも出ていないのですね。

小島:そうすると何が起きるかというと、非常にプレッシャーがあるだけではなく、ミスマッチが起きやすいのです。成績を見て「すごく優秀そうだ」と思って2年前にハイヤーした人が、実は手先が不器用で全然何もできなかったとか。

倉重:「手術できないじゃないか」みたいな?

小島:そういうことがあるのです。お医者さん側も、2年の間にどこに行きたいのかという考え方が変わることも多々あります。そういうことでミスマッチがたくさん起きて、うまくいかなかったという歴史があるのです。

 ひるがえって日本では、社会主義のような感じで、大学の医局の偉い人が「あなたはここへ行きなさい」という計画配置をしていました。お医者さんの希望を一切聞かないという、極端に悪いところが出てしまったのです。

 日本でもアメリカでも、今はマーケットデザインが使われています。ある意味ハイブリッドで、皆自由に面接に行って希望を聞くけれども、勝手に応募したり採用したりすることはできません。「私はここに行きたいです」という希望をマッチング協議会に提出するのです。

倉重:情報を一カ所に集約するということですね。

小島:はい。その情報を集約して、マッチング・アルゴリズムを作って計算し、なるべく整然と処理します。決まったルールで公平に処理して、どのお医者さんがどの病院に行くかを全部決めるという方式を取っています。

 最終的に誰がどこに行くかを宣言するのは、先ほどの医局のようにお上なのですが、参加している人の希望をきちんと聞くという意味で、自由市場の良いところも取り入れています。両方のいいところ取りのような制度です。

倉重:数学的に効用が高いということが証明できますね。

小島:おっしゃるとおり、先ほどの『Who Gets What』にも書いてあったので、ばっちり予習をされているなと思います。そういうところで使っているアルゴリズムは数学者や経済学者が「これをやると皆がなるべく望ましいところに行ける」と考えて作っています。必要なスキルを持っていなければダメですが、そういうものがある中では一番良いところに行けることがきちんと証明されています。

倉重:それが数学的に証明できるのがすごいと思います。数学はもちろん理論の極みではありますが、現実の社会制度に対して役立つことがあるのだと思いました。

小島:そうですね。もともとこういうアルゴリズムを考えていた数学者には、「ゲール」と「シャプレー」という有名人がいました。最初に考えた時は、数学のパズルを解くような感じで「これ面白いでしょう」と言って書いたらしいのです。それから20年ぐらいたって、研修医のマッチングのアルゴリズムを作ったら、ゲール=シャプレーの数式と同じものだったということがわかりました。

倉重:この本にも「同じじゃないか」と書いてありましたね。

小島:そうなのです。非常に面白いのは頭で抽象的に考えていた人と、現場でものすごく一生懸命問題を解決しようと考えていた人が期せずして同じ解決法にたどり着いたということです。

倉重:本当ですね。演繹的と帰納的、両側から行って、同じところにたどり着いたということですね。

小島:おっしゃるとおりです。その後もこの分野では2つの現実と抽象、数学が両輪のように手と手を取り合って発展して、ほかのマーケットでも使われるようになってきました。

倉重:なるほど。今の研修医の市場以外にも、アメリカで言えば、臓器移植の市場、それからプロスポーツでもありましたね。アメフトでしたか。

小島:そうですね。かなり意外に思われる方もいらっしゃるかもしれないので付け加えると、臓器移植はマーケットだけではうまくいかない典型的な例になっています。臓器売買はもちろん世界中で違法です。イランだけはできますが。

臓器移植するためには血液型が適合しているなど、いろいろな条件が揃っていないとできません。仮に私が腎臓病になって、妻が「一つあげるよ」と言っても、型が合わないということもあり得ます。

だからといって移植しないと死んでしまうので非常に困りますよね。そういう人たちを大勢集めて、医学的な条件の整った2つのペアを作ります。ペア1のドナーをペア2の患者さんに、ペア2のドナーをペア1の患者さんに交換して、臓器移植をするのです。お互いのパートナーを交換しているだけで、お金は使っていないので売買にはなりません。そういう意味では倫理的にはOKということになっています。ある意味でマーケットが成立しているのです。

倉重:アフリカの方に先進医療を提供する代わりに、こちらも臓器移植を受けるということもありますね。

小島:そういうこともありますね。最近展開し始めているのはGlobal Kidney Exchangeと呼ばれる腎臓移植です。国際的に、例えばアフリカで「お金がないけれども臓器移植をしたい」という人と、アメリカでたまたま臓器を交換できる適合のドナーが見付からないという人をマッチングします。アメリカのメディケアなどのインシュランスを使ってそこを解決しようという試みで、そこはかなり新しいです。

倉重:1対1で患者とドナーをマッチングさせるよりも、ペアのほうが明らかに「効用が高い」ということですか?

小島:おっしゃるとおりです。今でも国によってはそうですし、日本もそうではないかと思うのですが、これまでは患者の主治医が、たまたま適合する組み合わせを見つけて「この人たちは適合するからやろう」というふうにしていました。

個々のお医者さんのところに集まっている情報は非常に少ないので、あまりペアは成立しません。今の動きとしては、きちんとデータベースを作って、誰がどこにくっつくのが一番いいかということまできちんとデザインする方向に進んでいます。

 アメリカでももともとはいろいろな地域にある病院が個々に始めていましたが、最近では国全体できちんとデータベースを共有しようという動きもあります。

(つづく)

対談協力:小島 武仁(こじま ふひと)

経済学者。1979年生まれ。2003年東京大学卒業(経済学部総代)、2008年ハーバード大学経済学部博士。イェール大学(博士研究員)、スタンフォード大学(助教授、准教授、教授)などを経て2020年より東京大学経済学部教授、東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)所長。

専門分野は人と人や人とモノ・サービスを適材適所に引き合わせる方法を考える「マッチング理論」と、それを応用して社会制度の設計や実装につなげる「マーケットデザイン」。日本の研修医マッチング制度や待機児童問題を改善する具体的な方法の発明などで知られる。多くのトップ国際学術誌に論文を多く発表し、受賞多数。最も生産性の高い日本人経済学者とされている。また、大学内外との連携も積極的に行っている。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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