世界的な焼鳥職人が「原価1,000円」で魅せた! コース19品は技のオンパレード【ヤキトリバカ】
今回、冒険するのは東京都港区六本木の「YAKITORI燃es」……と言っても、通常営業じゃない。世界からも注目されている〝ヤキトリバカ〟こと沼能大輔さんが企画した1日限りの特別営業だ。ふだんは150日を越えるような長期飼育の地鶏を扱っているところ、若い銘柄鶏を軸にコースを構築。課した条件は原価1,000円以内だということ。とはいえ、テーマは安さを訴えることじゃない。「焼鳥という食の価値はどこにあるのか」。それを串を通して表現することにあった。
「YAKITORI燃es」特別営業
この特別営業のコースの原価は1,000円(一人当たり)。客は8名なので材料費に使える予算は8,000円。それで鶏も野菜も調味料も賄わなければいけないわけだ(炭代は除く)。
まず、沼能さんが仕入れたのは福島県の銘柄鶏「伊達鶏」を2羽。それだけでも5,000円以上はかかる計算になるという。この鶏を選んだ理由を「高級店でも使われるメジャーな鶏で扱いやすいですから」と話す。
なるほどなぁ。確かに伊達鶏はうまみや弾力、脂のバランスが取れた鶏だと思う。さぁ、限られた条件下でどんなコースに仕上がるのか楽しみだ。
期待の1本目は燃esの代表ネタから
青々しい前菜を肴に待った1本目は予想通り、伊達鶏のささみ(一部はむね肉)を使ったしそ巻。ちゅるっとみずみずしく、それでいてふわり溶けていくよう……。冗談でもなく、もう歯がいらないくらいだ。
ちなみにこのしそ巻、使う鶏は違えど「YAKITORI燃es」ではお馴染みの人気ネタ。あらかじめ塩水でブライニングすることで筋線維をやわらかくして保水性を高めているので、しっかり火を入れてもパサつきを微塵にも感じさせない。
いいねぇ。1本目から、しっかりうまい。これから始まる原価1,000コースの幕開けにふさわしいイントロダクション。
王道ネタのハツ、ねぎまも
続いては、ふっくらと仕上げたブロイラーのハツだ。プリッとほどよい弾力、やさしい口当たり。一切の焼きムラがなく、焼鳥の手本となるような、すっとキレイな味わい。
ねぎまは伊達鶏のもも肉だそうな。ふだんの営業では沼能さんがクラシカルなねぎまを打つことがほとんどないので、なんだか新鮮。
ただ、ねぎまというネタは肉だけがうまくても意味がない。ねぎのみずみずしさを残しつつ、いかに香ばしく仕上げるか。それと肉とのバランス。沼能さんの焼きはもちろん、言うことなし、だ。
牛肉のハンバーグを超えるつくね
ここで、待望のつくねがお出まし。これが格別にうまいのなんの! 噛めばふわっとして、溢れる肉汁。いとも簡単に牛肉のハンバーグを超えてくる。
聞けば、使っている肉は伊達鶏のもも肉だけだという。それだけでこうも甘やかな風味が出せるのかと思ったら、「つくねには地鶏の鶏油も加えています」と沼能さん。ははぁ、どうりでうまいわけだ。今、つくねを作らせたら、右に出るものはいないんじゃないだろうか……。
そして、赤鶏さつまのえんがわ。「YAKITORI燃es」で出しているネタと同じくねぎを挟んだ美しいフォルム。噛めばシャリッ、くにゅっ、サクッと。んん。この食感のコントラストがたまらない。この1本が入るか入らないかでは、コースの印象は随分と変わってくると思う。
押岡地鶏のとろけるレバーにうっとり
口直しは、伊達鶏を使った鶏皮ポン酢で。とは言っても大衆店でよく見かけるボイルした鶏皮じゃない。直前に炭火でパリリッと香ばしく焼き上げているのがミソ。店側としては手間だろうけど、職人の心意気が伝わってくるようで好きなんだ。
ここで「押岡地鶏のレバーです」と沼能さん。おお……。てっきり伊達鶏やブロイラーだけでコースを作るものと思い込んでいたので面食らった。そう。考えてみれば、原価1,000円という縛りがあるだけで、原価の高い地鶏を使ってはいけないわけじゃない。
押岡地鶏は「みやざき地頭鶏」をベースに特別飼育されたもの。そのレバーはこっくりとした脂を蓄え、まるでバターのようにとろけていく……。いやぁ、この流れでこんな濃いレバーはずるい。ずるいよなぁ。
理にかなったミックス串で魅せる
使える鶏が伊達鶏2羽だと、量的にどうしても串にまとめられない部位が出てきてしまう。そこで異なる部位をミックスすることで余すことなく使い切ろうというわけだ。
「銘柄鶏は肉質がやわらかいので、部位による火入れのブレが多少あっても、まとまるんですよ」
まずは手羽(手羽中と手羽元)。こうして串に打っても手羽らしい存在感は損なわれない。やわらかながら、むちっと跳ね返すような豊かな弾力。伊達鶏の手羽は、うまいなぁ。
続いてのミックス串はみすじ、せせり、うちもも、ふくらはぎ。串のトップは淡泊な味わいながら、2貫目、3貫目になるにつれて増す味の濃さ。元々こういうネタがあったかと思わせるような一体感に、驚き。
さらに、ぼんじり、ペタ、ひざまわり、はらみのミックス串。肉そのものを味わう串とは打って変わって、脂の甘みと食感で魅せるネタに仕上げてきた。んん。これは、酒が進むなぁ。
カリジュワな皮はヤキトリバカの真骨頂
チュワチュワと音を立てるように現れたのは皮。そう、これこれ! これを待っていた。皮は〝ヤキトリバカの真骨頂〟ともいえるネタだ。じっくりと火を入れて外はカリッと、中はジュワッとした〝カリジュワ〟に。それでいて後味は軽やか。あぁ、こんな皮なら何本でもいける。
これまで何度も食べているというのに、理想的な仕上がりに何度だって驚かされる……。このネタさえあれば、どんな土地、どんな立地の焼鳥屋でも繁盛店になるんじゃないかと思うくらいの衝撃。
もも&ソリに、肉厚なせせり
そろそろ終盤の気配……。伊達鶏のもも肉&ソリは仕上げにわら焼きで風味付けしたのだという。ふと鼻を抜ける芳しさ。もも肉の風味を引き立てるように、それでいて主張しすぎない香り。こういうさりげないアプローチも沼能さんらしいなぁ。
「最後の串は大和肉鶏のせせりです」
差し出されたのは、大和地鶏のせせり。おっと、これは予想外。それを幽庵地に漬けて焼き上げたものだそう。見るからに大ぶりなポーション。ミチュッと詰まったせせりの押し返すような豊かな弾力。幽庵焼きの香ばしさ、ふくよかなうまみ……。最後の最後まで酒を飲ませてくれるなぁ。
「ちなみに、このネタがコースで一番原価が高いです」
……せせりで最後かと思えば、むね肉の唐揚げまで登場だ。ふわっと軽やかな揚げ上がり。唐揚げなのだからそれだけでも成り立つというのに、きゅうりとエシャロット、紅しょうを使った特製タルタルを添えるあたり、抜かりない。唐揚げはもちろん、タルタルまでいい肴になる(飲みたいだけ)。
〆はコントラストがきいた焼きおにぎり
串だけでも14品。充分に腹も満たされたところで、〆は焼きおにぎり。原価を考えれば、一番安上がりな焼きおにぎり(原価20円)を選ぶというのは至極当然のことだと思う。
とはいえそこは「焼鳥屋の焼きおにぎり」。炭火でじわりじわり焼き上げた香ばしさは、大のごちそう。炭火あってこその味わいだ。
「焼きおにぎりをやるのは10年ぶりくらいかもしれませんね」と沼能さんもニヤリ。
外はカリッとさせながら、中はもっちり。ただ、ここにも沼能さんらしさがチラリ。じっくり焼き上げるほどに中の水分が抜けてしまうからと、あらかじめ水を多めにして炊いた米を使うこだわりよう。
外と中とでかなりコントラストを付けているので、よくある焼きおにぎりとは別物。そのためだけの米を炊くだなんて、誰が想像できるだろう? それも原価20円ほどの焼きおにぎりのためだけに。さすがは〝ヤキトリバカ〟といったところ。
鶏スープの深みはまるでコンソメ!?
最後はやはり、鶏スープ。一口含んだ瞬間、思わず目を見張る……! 鶏だけでは生み出せない深い香り、甘み、うまみ。
その正体を「伊達鶏のガラのほか、端肉、キャベツ、玉ねぎ、長ねぎの頭を使って作りました」と沼能さん。
うーん、さすがの一言。まるでコンソメスープのような黄金色、芳醇さ。王道の鶏スープとは異なるものの、その滋味はすぅっと身体にしみ渡るように。もう、完璧なエンディング。
焼鳥の価値はどこにある?
数えてみれば前菜から鶏スープまで計19品。一人当たり原価1,000円で、コースの価格は4,000円だったので原価率はざっと25%。内容だけを見れば破格だけど、この会の趣旨はただ「原価1,000円でこれだけ作れますよ」ということじゃない。改めて沼能さんに聞いてみれば……
「近年、焼鳥も鮨と同じようにお金をいただける食文化になりました。仕入れ価格の高騰の影響を直に受ける魚介に比べれば鶏は価格が安定していますが、焼鳥は〝原価〟よりも〝仕込み〟にかかる手間……人件費が圧倒的に高い食べ物なんです」
確かにこのコース内容なら価格は6,000円でも7,000円でも納得できるというもの。鮨だって仕込みに相当の手間がかかるものだろうけど、焼鳥以上に素材の優劣がものを言う世界。逆に言えば、焼鳥はブロイラーでも銘柄鶏でも地鶏でも、その素材に合わせたアプローチ次第でまだまだ高みを目指せるというわけだ。
「お客様は焼鳥の何に対して代金を支払っているのか。焼鳥屋はそのお金を何をもって頂戴しているのか……。それは職人の技術だと思っています。もっと焼鳥の〝技術料〟という価値に目を向けてもらえるよう、腕を磨いていきたいですね」
店舗情報(通常営業)
【店名】YAKITORI燃es
【最寄り駅】六本木駅
【住所】東京都港区六本木7-13-10
【予約】予約サイト「OMAKASE」
【定休日】日曜、不定休
【串のアラカルト】なし
【コース(セット)】10,000円