ロシアのプロパガンダ放送を止めろ! 非難される衛星企業と動き出す欧州議員:宇宙のウクライナ戦争【2】
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フランス政府が最大出資者である、放送衛星企業ユーテルサット。
2018FIFAワールドカップ・ロシア大会では、5500時間ものHDコンテンツを放送した実績もある。今はロシア製プロパガンダを、アフリカや中東などにも送っている。
国境なき記者団は、ドゥニ・ディドロ委員会からの報告書に基づいて、フランスの視聴覚・デジタルメディアの規制機関「アルコム」と、「ユーテルサット」に対して、具体的な行動に出た。
ロシアの主要3大テレビチャンネル、ロシア1、ペルヴィ・カナル、NTVの放送停止を命令するよう正式に要請したのだった。昨年2022年9月上旬のことである。
記者団によれば、3つのチャンネルが放送する内容は、(ウクライナ国民に対する)憎悪と大量虐殺を扇動している。人間の尊厳の尊重、公共秩序の保護、「情報とそれに貢献する番組の誠実さ、独立性、多元性」に関して、法律が放送メディアと衛星放送事業者に課している要件に違反しているのだ。
記者団のクリストフ・ドロワール事務総長は、「フランスは、自国の管轄下にある事業者が、法的義務に違反して、クレムリンの戦争プロパガンダに貢献している状況を容認することはできない」と述べた。
さらに「フランスの放送規制当局にはこの状況に終止符を打つ能力があり、我々は同当局に遅滞なく行動するよう求める」と要請した。
アンドレ・ランジュさんは語る。
「国境なき記者団、彼らは手段を選びませんでした。パリで最も優秀な弁護士の一人、パトリス・スピノシ氏に依頼してくれたのです」
スピノシ氏は、1898年ドレフュス事件の際に創設された「人権連盟(la Ligue des droits de l’homme)」に所属する弁護士で、欧州人権裁判所にフランスを15回近くも非難させた経歴の持ち主だ。
人権問題にかかわる専門家の間では、大変有名な人である。
ユーテルサットの主張は、ロシアの放送局に「中立的」なインフラを販売しているだけで、衛星から追い出す法的根拠がない、というものだ。
アルコム規制当局は9月末に下された決定の中で、自ら(管轄権について)能力がないと宣言した。AFPの取材による記者団への回答である。
ただ、ユーテルサット側は、一企業が判断するのではなく、アルコム(や国)の裁定を望んでいた。「顧客のコンテツに対する中立性の原則のため、弊社は番組の質や合法性を判断する立場にはない。もしコンテンツに関する完全な中立の立場を放棄すれば、メディアの自由と多元主義を害するような、あらゆる方面からのさらなる圧力にさらされることになるでしょう」ということだった。
ランジュさんとディドロ委員会は、その言い分には一定の理解は示していた。
記者団とディドロ委員会は11月、国の判断を求めるために、フランスの最高行政裁判所である国務院に提訴したのだった。
管轄権の問題とは
このように問題は、フランスの衛星会社に、ロシアの放送を止める管轄権があるか、という法的な問いであった。
1冊の本が必要だと思えるほど大変複雑なので、最も重要だと思える所を一つだけ解説しよう。
欧州の視聴覚メディアの重要な決まりの一つに「視聴覚メディアサービス指令(AVMSまたはSMA)」というものがある。2007年に採択され、2018年に改正された。これはEUの決まりなのだ。ロシアはEU加盟国ではないので第三国となり、この決まりに縛られない。
しかし、条文には細かい規定がある。もしEUの加盟国が、たとえ一カ国でも第三国の放送を標準装備で受信していれば、EU加盟国の放送衛星は第三国の該当放送に対して管轄権を持てるというものだ。
記者団は、バルト三国(EU加盟国)でロシアの放送を受信しているから、ユーテルサットには管轄権があると主張し、アルコム規制当局側は、標準装備とは言えないから管轄権がないと主張していた。
こうして問題は、国務院の緊急申請裁判官にもたらされた。
欧州を舞台にした動き
一方で、欧州の舞台のほうでは、どのような動きがあったのか。
ウクライナ側も訴え続けていた。昨年5月23日にはゼレンスキー大統領がダボス会議で、ロシアのメディア企業との契約はすべて解除されなければならないといった内容を発言した。ウクライナのラジオ・テレビ評議会も訴えていた。
日本も参加しているG7も同様だ。5月7日のG7宣言では、段落の一つに、「我々はロシア政権によるプロパガンダ流布の試みと戦う努力を続ける。尊敬に値する民間企業は、ロシアの戦争マシーンを養うロシア政権や、その関連会社に収益を提供するべきではない」とある。
さらに6月には、EUの執行部である欧州委員会から、制裁全般についてのガイドラインが出ていて、メディアの項目もあった。しかし「曖昧であることを、とても残念に思っています」とランジュさんは言う。
訴えを届かせるための奔走の効果は、ゆっくりではあったが、徐々に表れてきていた。
批判を受けるユーテルサットCEO
まずは、ユーテルサットの最高経営責任者(CEO)をめぐる問題である。
ユーテルサットのCEOは、イヴァ・ベルヌグ氏というデンマーク人の女性である。2022年にこの役職に就くとすぐに、ロシア問題に対応することになった。
あるテレビ・コミュニケーションが専門であるコンサルティング会社が、ディドロ委員会に協力してくれたのだ。彼らは英米のジャーナリストと連絡をとりあって、デンマークで、プロパガンダ放映問題の報道キャンペーンを展開したのだった。
ベルヌグ氏は、デンマーク国内で、国際的に成功するビジネスウーマンのモデルのように捉えられていたので、ロシアのプロパガンダを止めようとしないことは、同国でスキャンダルになったという。
ランジュさんは「彼女はとてもとても知的で、優秀な女性です。しかし、彼女の会社が(報道ではなく、筋が創り上がっている)台本を放送し続けているのは、言語道断だと思います」と語った。
ベルヌグCEOは「ユーテルサットには法的権限がない。決定は当局の手に委ねられる」と繰り返していた。
このように、EU加盟国の各国内で、動きが出始めていた。
筆者はこの方法は、とてもアメリカ風だなと感じた。アメリカ的な方法は、欧州にも(日本にも)及んでいる。個人的には、あまり好きではない。
ただ、広告代理店ではなくコンサルティング会社であること、コンサル会社とジャーナリストの間に金銭や利害供与が発生しておらず、ジャーナリストは自分たちが報道する意義があると思ったから報道したのなら、職業倫理は守られていると思う。
好むと好まざるとに拘わらず、現代ではこういうことは存在するのだ。
重要人物の援護射撃
前編で書いたように、ランジュさんとディドロ委員会は、EUの欧州議会議員で、フランス選出の議員全員に訴えるメールを送っていた。重要部会の責任者にも送っていた。
さらに、「欧州議会には、市民が欧州議員の注意を引くために請願書を提出できる手続きがあります。それを使って請願書も出しました」とランジュさん。
こちらもすぐには反応が表れなかったが、次第に反応が出るようになってきたという。
そんな頃、ディドロ委員会を援助射撃してくれたEUの重要人物が現れたのだ。
エストニア人のアンドルス・アンシプ氏である。
彼はエストニアの元首相で、前のユンケル委員会(2014-19)で、デジタル単一市場担当委員(大臣に相当)を務めた人物だ。
彼のアシスタントからランジュさんに連絡があったのだ。「アンシプ氏があなた方の報告書を拝見しました。彼は何かするつもりです」と告げられたのだという。
アンシプ氏は、ユーテルサットを公に非難し始めた。
「他の企業は、ウクライナ戦争を阻止するために、EUの措置とは独立して真剣な行動をとっているのに」、ユーテルサットは「ロシアのパートナーとの協力を継続することを決定した」と発言したのだ。
「これは、戦争で苦しんでいる(ウクライナ)国民への共感が完全に欠如しており、ロシア連邦の行為への国際的な非難に対する、全くの無知を示している」、そのせいでプロパガンダの広がりに「好ましい影響」をもたらしていると述べた。
ベルヌグCEOは、ユーテルサットはその衛星を利用する7000のチャンネルについて判断を下しておらず、そのような懸念は規制当局や公的機関に残されていると強調した。
ランジュさんは言う。「エストニア人は皆そうです。バルト三国というべきでしょうか。彼らは国際問題に大変敏感で、すぐにEUと連帯するのです」。
欧州議会と市民
さらにアンシプ氏は11月、EUの大物ジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表に、書簡を出した。欧州議員約40人と連名で「ウクライナ戦争の偽情報を広めるロシア・メディアの放送の制裁を求める」ために。
そして同月には、欧州議会がロシア・メディアに対するEUの制裁を求める議決を採択するに至ったのである。
欧州議員たちがこのように動いて制裁を求めるに至ったのは、何があったのだろうか。(続く)
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