「お辞儀ハンコ」で考える。ハンコを押す意味と遺言書
「お辞儀ハンコ」とは
みなさんは「お辞儀ハンコ」をご存知でしょうか。「お辞儀ハンコ」とは、稟議書など社内で上席の承認が必要な書類に押印する際、「部下が上司にお辞儀をしている」ように「左斜めに傾けて」ハンコを押すという、金融業界など一部で重んじられているビジネスマナーのなだそうです。
そして、書類に押したハンコが「お辞儀していないのは失礼だ!」といって、未明に怒りの電話が上司からかかってきたというTwitterが1万7000RT(リツイート)もされるなど反響を呼んでいるというのです(詳しくは、「お辞儀ハンコ」日本にはびこる謎のビジネスマナーをご参照ください)。
なぜハンコを押すのか
契約書や社内の稟議書などで必ずといってよいほど押すハンコ。では、そもそもハンコはなぜ押すのでしょうか。
ハンコを押す2つの効果
ハンコを押す(押印)という行為は、次の二つの効果があります。
一つは、押印した文書の真正さを担保すること(真正さの担保)、もうひとつは文書の作成が完結することを担保すること(文書完成の担保)です。そのため、日本では重要な文書には、署名に加えて押印することが慣行となっています。
自筆証書遺言ではハンコを押さなければならない
たとえば、自筆証書遺言(自分で書く遺言)では、署名に加えて押印することが課せられています(民法968条1項)。
968条第1項(自筆証書遺言)
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
自筆証書遺言は、だれにも知られずに作成することができます。そして、遺言は遺言者(遺言書を作成した人)が死亡した時にその効力が生じます(民法985条1項)。
(遺言の効力の発生時期)
985条1項 遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。
したがって、遺言の効力が発生した時には、遺言者はこの世に存在しません。そうなると「これは本当に亡くなった人が書いた(残した)ものなのか?」と相続人から疑義が出されることもあるのです。当然ですが、「これは私が書いたものですよ」と言うことはできません。亡くなってしまっていますから。
そうなると、せっかく残した遺言書が、身内同士で遺言書の真贋をめぐって争う、“争族”の火種になってしまうことも実際にあるのです。
自筆証書遺言で「押印」(ハンコを押すこと)が課せられているのは、署名に加えて押印することによって、遺言者本人が自分の意思で残した文書であることの証明力を高くする(真正さを担保する)ためなのです。
押印は慎重に
以上見てきたように、押印には「真正さの担保」と「文書完成の担保」の2つの効果があります。つまり、押印するということは「私は押印する文書の内容をきちんと理解しました」という証となるのです。
うっかり押印して、後で「しまった!」ということにならないように、押印するときは慎重にしましょう。
なお、押印は、上司の機嫌を取るためのものではありません。念のため。