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英イングランド・ウェールズ地方で、ストーキングが特定法で違法行為に 

小林恭子ジャーナリスト
Network for Surviving Stalkingのウェブサイトより

単なる嫌がらせ以上となるストーカー行為に、一度でも悩まされたことがある人は、意外と多いのではないだろうか?

有名人もストーカー行為に悩まされている。米俳優ニコラス・ケージ、ジョン・キューザック、ユマ・サーマンに続き、英国でも、BBCの人気コメディー「リトル・ブリテン」に出演したコメディアン、デービッド・ウオリアムズにストーキングをしていた女性がいた。

日本では「ストーカー規正法」(2000年)でストーカー行為は犯罪となったが、英イングランド・ウェールズ地方(英国は地域によって異なる司法体制を持つ。ロンドンを含むイングランド地方と西部ウェールズ地方は1つの司法圏)では「嫌がらせ行為からの保護法」(1997年)があるものの、ストーカー行為を特定して違法行為と定める法律が、これまでに存在していなかった。

25日から、ようやく、犠牲者の安全性を確保する観点から特定の法律が実行されることになった。北部スコットランド地方では、2010年に特定の法律によって違法行為となっている。

英国会の調査によると、毎年、約12万人がストーカー行為の犠牲になっているという。そのほとんどが女性だ。

この中で、警察が犯罪として捜査したものが5万3000件。違法行為として立件され、ストーカーを刑務所に送るところまで行ったのは50件に1つだ。

国内で一体何人が犠牲になっているのかを正確につかむのは、難しい。犠牲者がストーカー行為について他人に話すことは多くないからだ。

犠牲者をストーカー行為から防ぐ組織「National Stalker Programme」によれば、毎年、200万人の女性が被害にあっており、女性では5人に1人、男性では20人に1人が、一生の内に一度は被害にあうという。

ストーカーの3分の1は元パートナーで、半分以上は犠牲者が知っている人だ。

国会議員による調査は、嫌がらせ行為が殺人につながる可能性があることから、すぐにストーカー行為を違法行為とする特定の法律を策定することを提言した。

新法の下では、ストーカーには最長で6ヶ月の禁固刑、暴力行為あるいは重大な苦痛が引き起こされる可能性がある場合は最長で5年間の禁固刑が下る。

―モーガンさんの努力

ストーカー行為は被害者に大きな心理的圧迫感を与えるが、その苦しみの度合いは、第3者には伝わりにくい。

1990年代、元同僚によるストーカー行為に悩んだトレーシー・モーガンさんは、BBCラジオの取材の中で、「被害者には『傷』を示す証拠がないので、ストーカー行為は『精神的なレイプ』だ」と言う。「自分自身、被害を警察に通報しても、「『パラノイアになっているだけでは』とよくあしらわれたという。

モーガンさんは悩みを真剣に聞いてくれた警察官らの支援で、ストーカーを禁固刑に持ち込み、これが「嫌がらせ行為からの保護法」制定(1997年)につながった。

この法律施行以前には、悪質通信法(1988年)や通信法(1984年)の下で、わいせつな、叉は攻撃的あるいは脅しの電話をかけたり、この趣旨の手紙、メールなどを送る行為は犯罪とされていた。

現在でも「単なる嫌がらせ」と受け止められる場合があるのに加え、一挙に暴力事件にまでエスカレートするかどうかの見極めが難しい。

08年6月には、ストーカーと見られる男性に少女が殺害される事件が起きた。アフリカ北東部の国エリトリア出身のアルセマ・ダーウイットちゃん(15歳)が、ロンドン市内でナイフで滅多打ちにされ、死亡した。逮捕されたのは当時21歳の男性で、アルセマちゃんと同じ教会に通っていた男性だ。アルセマちゃんに思いを寄せ、自宅付近にもよく出没していた。

4月末、アルセマちゃんの家族は、ストーカー男性の存在を地元警察に通報した。警察が男性の身元調査に動き出したのはそれから約2週間後だ。アルセマちゃんを学校に尋ね、ストーカーと思しき男性のことを聞いたところ、この件についてアルセマちゃんが全面否定したので、捜査は事実上停止していた。アルセマちゃんの知人らは、「何故もっと早く警察がこの男性を捕まえなかったのか」と批判の声を上げ、メディアも警察を非難した。

「ストーキング対策は、殺害予防の一環としてやるべき」と語るモーガンさんの言葉が重く響く。

英レスター大学の調査によると、社会の中で成功する女性が増え、携帯電話やネットの普及で個人に関する情報収集がたやすくなったことから、女性に対する男性のストーカー行為が増えているという。現代社会に生きる女性にとって、ストーキングからどう身を守るかが大きな課題になっている。

―ストーカー行為とは

特徴:対象となる人をつけまわす、監視する、個人情報を徹底的に収集する、相手の家に侵入する、無言電話を繰り返しかける、困惑させるような手紙やメールを繰り返し送る、過度の嫌がらせ行為を続けるなど。

犠牲者への影響:怒り、ストレス、無力感、罪悪感、パニック感、疲労感、心理的圧迫感、高血圧、食欲減退、通常の社会生活を送ることが困難になる、プレッシャーからタバコ、麻薬、飲酒、薬の過剰摂取、暴力被害(究極には殺害される場合も)。

―もし被害にあったら・・・

―地元警察に通報する。

―友人、隣人、家族などに事情を説明し、1人で抱え込まない

―ストーカー行為の日付、内容などを記録につけ、警察あるいは裁判での証拠を作る

―電話会社の悪質電話係に連絡する

―外出には携帯電話、防犯ベルなどを携帯する

―ストーカーに対しては出来る限り無感情で接する。会おうという誘いには同意しない。通りで出くわしたら、人ごみの多い場所に移動する

―家のセキュリティーを強化する

―気持ちを強く持つ。被害者は自分だけではないことを思い出す

―ストーカーのタイプ

The Network for Surviving Stalkingの定義によると:

関係を拒絶されたタイプ:男女のあるいは友人関係が終わった後でストーカーになるタイプで、最も数が多いと言われる。ストーカー自身は関係が終わったことを認めようとせず、和解あるいは復讐を望む。元職場の同僚、上司、部下の場合も。ストーカーは悲しみ、喪失感、不満、怒り、嫉妬心を持つ。相手に過度に依存していた場合は、関係の終わりで自分が犠牲者と思うようになる。最もしつこく、最も暴力的になり易い。ドメスチック・バイオレンスの過去を持つ人も。

親密さを求めるタイプ:相手との親密さや友情を求める。相手から否定されてもひるまない。対象は有名人などが多く、相手に大きな恐怖感をもたらす。暴力行為を働く場合、過度になり易い。社会的に孤立した生活を送っている人が多く、精神的障害を持つ場合もある。愛情あるいは性的満足感を相手から得ようと熱望し、最後には相手が振り向くと信じる。嫌がらせ行為停止命令などは効き目がなく、精神治療を必要とする場合もある。

不完全人間タイプ:社会不適応の人物で、通常の方法では他の人間と付き合えない。相手に対する情熱を受け止めてもらえないだろうと認識してはいるものの、いつかは相手と親密な関係になることを望む。相手の感情にはお構いなしで、自分の思いは報いられるべきと信じている。相手を自分にふさわしいパートナーと見る。複数の人物にストーカー行為を繰り返す。

嫌われ者タイプ:相手に恐怖と苦しみを与えることで認識してもらう、あるいは復讐することを望む。自分自身が犠牲者と感じている。医者、企業の経営者などが患者あるいは従業員からストーキングにあう、など。長期間続き、何らかの建物あるいは機材などの破損につながる場合もあるが、対象相手個人への襲撃は比較的少ない。パラノイア症、精神部列に悩む人が起こしやすい。自分勝手な正義感が強い。

捕食者タイプ:殆ど全員が男性で、ストーキングによって相手をコントロールする、権力を得る、性的満足感を得るなどがその動機。注意深く相手を選び、性的攻撃の幻想を抱く。性犯罪の過去を持つ場合が多い。性に対する考え方を変えるなどの医療的治療が必要

(筆者のブログ「英国メディア・ウオッチ」、「英国ニュース・ダイジェスト」掲載の筆者記事に補足しました。)

参考:

New law to tackle stalking introduced

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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