春、K-POPアイドルAprilの「制服」にまつわる話
春。卒業と入学、別れと出会いと行きかう季節に「制服」にまつわる話をひとつ。
慶應幼稚舎をはじめとした名門校の制服デザインを手がけたデザイナーが、今春、新たな試みに挑戦した。
渡辺弘二69歳。
東京銀座にアトリエを構える「コージアトリエ」の代表取締役兼クリエイティブディレクターだ。
渡辺の専門分野は、高級婦人服を依頼主の要望と自らの提案に沿って仕立てる「オートクチュール」。この世界で43年のキャリアを積んできた。
クライアントには、日本の皇室や英国王室アン王女、山口百恵さんなどもいる。昨年にはルーヴル宮殿でのパリ・コレクションも成功させた。
「ヴァッキンガム宮殿内のアン王女のお部屋に伺いましたよ。お話を聞いて採寸をした。部屋の中が意外と質素で驚きました」
そんな渡辺が選んだ次なるターゲットはK-POPの新人グループAprilだった。
平均年齢は数え年で17.5歳。昨年8月に韓国デビューした5人グループだ。「KARAの妹分」としても知られるDSPmedia所属。
今年3月6日に行われた日本初ファンミーティングに合わせて衣装をデザインしてほしい、という依頼を受けた。メンバー5人中、4人が韓国の現役中高生ということもあり、お題は「制服風に」。
なぜ、68歳の世界的デザイナーがK-POPに? それも新人グループの仕事を手掛けたのか。緑と白のベースに、ピンクを交えた「制服」に秘めた思いとは? 3月16日、日本経済新聞夕刊に掲載されたストーリーのスピンオフ版を。
顔を合わせて魅力を感じ取る
3月5日、グループとして初来日したAprilのメンバーが、銀座にある渡辺のギャラリーを訪れた。完成した衣装を試着するためだ。
筆者はこの時、現場に居合わせた。彼女たちの喜びが見て取れた。初めて身に着けた直後、大きな鏡面の前で自分たちの曲を口ずさみながら踊り始めたのだ。
メンバーのイェナがいう。
「パッと見て、かわいいなという感情が沸いてきました。レースの模様がとても綺麗に入っていて」
それは渡辺が、Aprilの魅力を感じ取り、デザインを作り上げた結果だった。
「まずはお客様と顔を合わせて、その方の魅力を感じ取ることにしています。それをまずは絵(デザイン画)に落とし込んでいって、お客様に相談しながら形にしていくんです」
そもそもこの話を受けたきっかけは、在日コリアンの知人の紹介からだった。
Aprilの映像などの資料を渡された。68歳は、ほぼ初めて韓国のエンターテイメントに触れた。感じるところがあった。
「これはグローバルな舞台を目指してつくっているな、と。ダンスひとつとっても、勢い、元気、活力を持った韓国の姿がふっと浮かんだ。私も世界中で仕事をしながら、どんどん外の世界に目を向けていかないといけない。そういったところで自然に入っていけました」
そこまで主な活躍の舞台だったヨーロッパから、アジアの韓国へ。旋回の背景には、ちょっとした使命感があった。
「ファッションは文化の壁を越えられる、との思いもあったんです。かつて韓国には私たちの服を制作する工場があったから、繋がりはありました。韓国の企業要人のお客様もいた。私自身、ヨーロッパで仕事をしながらも、韓国は『一番近くで感じられるグローバル』だと思ってきました。だからその国と日本の関係がよりよくなってほしい。目で見てはっきりと分かるファッションが、潤滑油になりうるだろう。それがさらに音楽と噛み合っていけば、より大きな効果が得られるはずだと」
少しずつ進めていった韓国側スタッフとのやりとりでは「各自がはっきりと、責任をもってモノを言う」と感じた。それは自分が欧州のステージで感じてきたことと同じだった。やはりインターナショナルな魅力を感じた。
心は決まった。2016年2月、渡辺は韓国の地を訪れた。
相手が新人グループだろうが関係はない。人に会うことと、絵を描くこと。渡辺の仕事はここから始まるのだ。
制服が表すべきもの
金浦国際空港に降り立った渡辺は、すぐにソウル市江南地区にあるAprilの事務所に向かった。
資料だけで観てきた5人グループに出会う。
そこで受けた印象は――
「いやぁ、もうかわいくて。メロメロになってしまいましたよ。どうしようかなと思っちゃったくらいで。リーダーのチェウォンは普通の女の子っぽい感じがしましたよね。気さくで。ヒョンジュは小柄な女性の魅力があった。いっぽう、ナウンは背が高くてスッとした印象で。イェナはしっかりとした感じで、一番年下のジンソルは照れを見せていましたね」
もちろん、アイドルに見とれていただけではない。渡辺はすぐにスケッチブックと鉛筆を手に取った。
「明るく、はつらつとしている。そういった中にも、自分をしっかりもっているなと感じました。そういった点を衣装で表現したいですね。主張が強い、ということではなく、アイドル歌手としてどう見られるべきかを分かっていると感じました」
感じた印象をどうデザインに落とし込んでいくか。その思考回路は渡辺自身も論理的には説明はできない。感じるままに鉛筆に思いを伝えていく。熟練の感覚を頼りに43年間勝負をしてきた。
状況によってはそのデザインをすぐにクライアントに見せることもある。しかし渡辺はこの日、そうはしなかった。もう少し、相手のリクエストを聞きつつ、Aprilについても研究したかったからだ。
「学校の制服風に、というのは事務所側などとの話で出てきたご要望でした。一方で、デザインを進めていくうちに、『もっとはじけていけないか』と考えていった。そういった点は、学校の制服であまり使わない、レースで表現した。緑色を取り入れたのは、デビュー曲の『Dream Candy』の公式MVが芝生の上で撮影されていた点が印象的だったから。緑をどういった色合いするのかは、あれこれと考えましたね。最終的には淡い芝生の色にも映える緑にしようと思った」
「アイドルらしさ」「明るさ」「自分たちを分かっている」といったイメージが形となっていったのだ。”差し色”で使ったピンクは当初、もう少し濃い色だったが、周囲のアドバイスに従って淡い色に変えた。自分のスタイルを持ちながら、周囲の意見を受け入れ、変化していく。そんな渡辺の思いが込められ完成していった。
「自分自身、つねに”今のままでいいのかな?”という自問自答を続けています。クリエイトする者として、変化は続けていかなくちゃいけないものですから」
渡辺はこれまで、日本の制服をデザインする際にも、必ず学校を訪れてきた。教員たちの話を聞き、そして生徒の日々の様子を眺めた上でデザインを進めてきた。
「オートクチュールとは本来、その人にしかない魅力を服で表現するというもの。制服の場合は”集団美”の表現ですよね。学校が目指しているものは何か。そこを表現していく。個人のデザインと違うところは、制服の場合、個々人に合わせるのではなく”そこに似合う人になってほしい”という願いが込められている点です」
出会いと別れの春。それは人対人に限ったことではない。
それまでの制服と別れ、新しい制服を手にする季節でもある。
そこには必ずデザインした人の思いが込められている。
メッセージを忍ばせ、新たなスタートを支えているのだ。