これからの雇用と人事の役割変化【jshrmセミナーレポート 松浦民恵×倉重公太朗】第3回
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※本記事は、2020年12月3日(木)に、JSHRM(日本人材マネジメント協会)主催のウェビナー「これからの雇用と人事の役割変化~働き方とキャリアの視点から~」として同団体理事である倉重公太朗と、法政大学教授 松浦民恵さんが対談したものを再編集したものです。
最近、キャリア自律の必要性についての議論が盛んです。入社した企業に全力で寄りかかるのではなく、自分の人生の幸せを含めたキャリアプランを考え、実行する主体性のある人が求められています。その一方で、企業側の観点からは従業員の離職率が高まるという懸念もあります。企業は本気でキャリア自律を望んでいるのか、それに関連して日本型雇用システムの問題は何なのか議論しました。
<ポイント>
・働くことは「本来する必要がないこと」なのか
・日本的雇用システムの問題は硬直性と閉鎖性
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■働いたら負け論
倉重:では、自分のスライドを簡単にいきたいと思います。同一労働同一賃金に関する日本郵便事件の最高裁判決で気になる発言がありましたので、どうしてもそこは触れたいのです。
夏期冬期休暇を正規にも与えないと不合理だという判決が出たわけです。
その結論は別にいいのですが、最高裁は「休暇がなかったから、本来する必要のない勤務をせざるを得なかった」という言い方をしたのです。
「本来する必要の無い勤務」とは何でしょうか。
休暇が与えられたら、勤務は絶対にする必要がないものなのでしょうか? 仮にベーシックインカムがあったら、絶対に働かないほうが幸せなのでしょうか。このように思っている人は、多分嫌々働いているのだと思います。最高裁の裁判官ですら、そのようなことを思っているのかもしれません。今後の労働観のようなものが、非常に危険だと思うわけです。
「働いたら負け」といった言葉を、よくネットニュースなどで見かけます。「残業したら負け」といったことは、ある種、やりがいを見つけられていない人の問題ではないのです。もちろん過労死や健康被害、やりがい搾取は決して良くありません。
先日石山先生と対談して出てきた言葉が、「ミーニングフルネス」でした。自分のしていることの意味を感じている状態で働けるのはとても楽しいし、わくわくすることです。自燃サイクルに入っているのではないかと思います。なので、そのような人を増やしていくためにはどのようにしたらいいかは、国として考えるべきです。個人としても、それを意識するだけで、多分他の人と差をつけられるし、そのような人をうまく使いこなせる企業は強いという話だと思います。
その中では、自分が一体何をするべきなのかを見つけるのが、すごく大事になってきます。これが有名な偶発性理論です。自燃とも共通する話だと思いますけれども、職業人生という意味においては、「こうなろう」と10年前に決めたことが絶対に正解かどうかは分かりません。いろいろ挑戦しながら判断していくしかないのだろうと思っています。それがもし見つかって、ミーニングフルネスの状態になっていたのだとすれば、「本来はする必要のなかった勤務」などは要るかなと思うわけです。
夏目漱石は、「私の個人主義」おの中で、学生に対して「やりたいことを見つけろ」という内容のスピーチをしています。これは、やりたいことを掘り当てることができなかったら、「その人は生涯不愉快で、終始中腰になって世の中にまごまごしていなければならない」という言い方をしているわけです。
要するに、やりたいことが見つからないで、文句ばかり言っている人は中腰で歩いているから歩くスピードは遅いわけです。やりたいことを見つかる人は、俺の進む道があった、掘り当てたと心の底から叫びます。このような状態になるのがいいですよ、なのでそれを絶対に見つけなさい。これは別に、国家のために言っているのではなくて、あなたの幸せのために言っているのだというアドバイスなのです。
これは本当にすごくいい文章だと思ったので、引用しました。個人レベルのキャリア形成を見つけることを後押しするような国の施策や教育システムがあるべきです。さらに言うと、それを見つけた人が「この会社で働きたい」と思えるような会社の制度もあるべきです。tips的な実用的な話ではないのですが、これが根本だと思いました。
働き方改革の弊害という、先ほどの最高裁の話ともつながりますが、労働時間規制と有給5日が、この働き方改革関連法の大きいところです。厚労省のポスターなどでも「有給を取って旅行に行こう」といったポスターがあります。もちろん大事ですし、何度も言いますが、過労死などは絶対に良くないし、健康被害はダメです。でも、休むことが全てなのかというのは疑問です。やはり「働いていて楽しい」ということもありますよね。人事もどうしたらそう思ってもらえるのかを考えて、サポートしなくてはいけないのではないでしょうか。
結局自分に合う仕事を、どのように社会として見つけてもらうかという話になってくるのです。いろいろな仕事をしてみるしかないと、個人的には思っています。そうすると、労働力移動もどんどん起きるので、解雇の話をどのように考えるのかという話になっています。解雇の金銭解決制度に対して、中小企業の経営者が反対をしています。おそらく、現在よりも多くのお金を払わなければならなくなるからでしょう。また、労働組合の方も当然、正社員の連合さんを中心に反対はしています。本当の意味で労働者保護とは何でしょうか。
そのような中で、本当に日本社会にとってはどのような制度がいいのかというのが、最後の4つ目のテーマになっていくわけです。そのために個人がキャリア自律をしていくための社会というのが、一つの視点になってくると思います。
キャリア自律は、結局はどこから変えればいいのでしょう。教育もそうですし、個人もそうですし、組織もそうですし、国もそうなのですが、どこから始めていったらいいですか。
現状のシステムの中で、うまく変えるには、どこから始めたらいいだろうと思うわけです。一つのきっかけとして、国が法律から始めるのは解雇規制の話なのですが、それですと「首切り自由」のような、少し歪んだメッセージになってしまいます。
松浦:大企業などは規制に対する感度が高く、むしろ過剰反応される場合もある一方で、圧倒的に数が多い中小企業では、規制に対する認知がなかなか広がらないなど、相対的に感度が低い傾向にあります。規制というのは本当に難しく、規制を入れても効いてほしいところに効かないで、むしろ規制によって別の弊害が生まれるなど、なかなか現実は思ったとおりにいかない面もあります。
このため、どうしても政策が介入せざるを得ない場合以外は、規制で何かをすることに対して、私は基本的に慎重な立場をとっています。
倉重:私が言いたいことは、解雇規制を緩和するとともに、採用するときにインセンティブを与えて雇用の流動性を促進するような政策から始めたらどうかということです。
松浦:そこですか。政策で何ができるのでしょうか。
倉重:どこから始めたら、うまく日本社会が変わるサイクルが回っていくのではないかと考えています。大学だけでやったって意味がないわけではないですか。企業1社だけでもなかなか始められません。どのようにしたら、日本社会として変わるかと思いまして、ヒントはないかと伺っています。
松浦:コロナ禍に伴う大きな環境変化に伴って、「このようなことはできないよね」といった一種の固定観念が新しく更新されたケースをあちこちで見てきました。たとえば「意外にリモートでもいろいろできる」とか「この仕事はむしろリモートのほうが効率的だ」というように、意識が変わったところがあると思います。
お答えになっていないかもしれませんが、これまでの前例や固定観念にとらわれず、新しい仕組みや運用を1度試してみるというのは重要かもしれません。
ただ、キャリア自律についていうと、私がむしろ議論したかったのは、企業がどこまで本気でキャリア自律を望んでいるのだろうという点です。
倉重:そこですよね。キャリア自律というと「それでは辞めてしまうではないか」と言っている人もいませんか?
松浦:本気でキャリア自律を求めるほど、社員が辞めてしまうリスクも高まりますよね。しかし、例えば企業が若手社員に「組織改善のための大胆な改革案を出してください」などと提案を募った結果、若手社員が「この事業は根こそぎ不要」などという改革案が出したら、「何を言っているのだ」と怒られたり相手にされなかったりというエピソードを、少なからず耳にします。つまり、企業が「大胆な」と言いつつ、本音ではある一定の幅での改革案しか求めていないケースです。それと同じことが、キャリア自律にもあてはまるような疑念を持っています。つまり、キャリア自律といいつつも、企業は結局「この会社で必要とされている範囲で、自発的に能力を身につけてください」程度の自律を求めているのではないかという疑念です。
倉重:うちにいられる範囲で自律してくれ、ということですね。理想論でいったら、本当に自律して、自分で走り始めている人が「ここにいたい」と思えるような会社であるべきだという話ですね。
結果的に、それで雇用が流動化していくと、自律していかざるを得ないし、企業もその中で、うまく魅力を出していくというサイクルに入っていくと思います。
■日本では一度レールから外れた人が不利になる
倉重:ここまでに頂いている質問を読み上げます。「最近中堅社員研修で、いきなり人事室長から『キャリア自律してね』と言われて驚きました。キャリア自律は若い人だけの話ではありません。しかしそのように勘違いをされている部分はあるのではないでしょうか?
松浦:自律を求めるほうの自律も大事ですよね。
倉重:もう1つは、これもご意見かと思いますが、「早いタイミングで進路を決定すると、例えばユーチューバーや、ドローンの操縦士などの、その時点では無い職業に就く機会を失うということになります。一方で、早期に教育育成を始めることは、機会や費用を効率良くするメリットもあります。どちらがいいということではなくて、選択可能なことが必要ではないかと思います。働く期間が、35年から50年になり、入ったらずっとその会社というのも、本人にとっても、会社にとっても重荷ではないでしょうか。そうするとリカレント教育や、入社退社、いろいろな会社を繰り返すという『ライフシフト』にあるような感じで、みんなが同じシステムというのは、もう限界なのではないでしょうか」というお話です。
これは、終身雇用が崩壊しているという話からすれば、そうなのですが、どのようにラダーを掛けるか、人事制度という意味で、各企業はどのようにしたらいいのかというところとのせめぎ合いかと思います。松浦さんはいかがですか。
松浦:やはりこのような入社・退社・リカレント・入社のような働き方ができるようになるといいですね。私もこのような働き方をしたいです。
倉重:これで給料が上がるのでしたら、本当にいいですね。
松浦:給料が上がらなくても致し方ない場合もあるとは思いますが。
2019年にドイツに行ったときに聞いた話でとても良いと思ったのは、学位・資格レベル認定のための公的枠組みがしっかりしているので、しばらく育児で休業してブランクがあっても、一定のレベルの資格を持っていたら過去のキャリアを活かせるようなところに就職がしやすいということです。このようにブランク後に、過去のキャリアをそれなりに認められて再就職できる仕組みは必要だと思います。
日本でどうしてそれが難しいのかというのは、一つは、学位・資格レベルを横断的に認定する公的枠組みが、ドイツのように機能していないということです。もう一つは、雇用の柔軟性や流動性が乏しいのでポストが空かないということだと思います。後者に関連して、日本型雇用システムの一番の問題は、硬直性や閉鎖性にあると思っています。ですから、そこが柔軟に、オープンになっていくと少し変わる契機になってくると思います。
倉重:多分経営幹部を外部から登用することがニュースになっている時点で、これはできていないですよね。中から来るのが基本だという発想があるわけではないですか。
松浦:まだ多くのところではそうです。
倉重:これはちょうど次の質問とも関係するのですが、解雇規制緩和がキャリア自律を高めるというのは、少し論理が飛躍しているというご指摘がありました。確かに説明を端折りましたけれども、要は、どこから始めるかという話です。いろいろな企業で働きながら学び直すといった流動性のあるサイクルをつくっていきたいのです。
そのためには1社だけで変えてもダメですし、1人の労働者がボイス・アンド・エグジット(対話と離脱)をしたとしても、世の中は変わりません。一番グランドデザインを提示できるのは国だろうと私は思っています。国が提示するのであれば、まずは労働法から提示するのが一番やりやすいので、解雇規制プラス、例えば「採用したら社会保険料が安くなります」「税金が安くなります」といった形にすることを考えています。これはすでにイタリアがしていることで、そのような形で、世の中の流動性を出していく施策があります。
先ほどの自分のスキルを見える化する話や、職業能力開発なども合わせて、全部セットの政策かと思っています。
松浦:これは多分、倉重さんと私は温度感が少し違っています。エグジットといっても、自分から出ていくエグジットは問題ないですが、やはり解雇は企業による他律的なエグジットになるので、そこはある程度の歯止めが必要だと思います。
ただ、確かにそこをガチガチのままにしてしまうと、先ほど言ったような日本型雇用システムの硬直性や閉鎖性の構成要素の一つになってしまうとは思います。そういう意味で、多少緩める方向でどういう選択肢が考えられるかは検討したほうがいいでしょう。
倉重:詳しくは、私は『雇用改革のファンファーレ』という本に書いたので、ぜひ読んでいただきたいのですが。簡単に説明すると、アメリカのように解雇を自由にすべきだとは思っておらず、ヨーロッパ型の金銭補償をセットにするという考え方なのです。それは8カ月でも10カ月でも12カ月でもいいのです。今労働審判でやるよりも高い額なので、それぐらいの金額であって、かつ、もし企業が払わないのでしたら国が補償するという制度にしてしまえば取り損なうこともありません。本当の意味での労働者保護ということを考えています。
松浦:確かに、全く補償なしで解雇されてしまっている人たちは、実はたくさんいるわけです。その人たちに補償が確実に支給されるのであれば、労働者保護につながるのではないでしょうか。
倉重:本当にあっせんなどで、5万円で解決する不当解雇の事例を見ると、労働法の救済が行き届かない現実に直面するわけです。だったら、最初から金銭給付をするという枠組みを法律で作ってしまえ、という訳です。皆さんは、どちらが本当の意味で労働者保護だと思いますか?
(つづく)
対談協力:
松浦 民恵(まつうら・たみえ)氏
法政大学キャリアデザイン学部 教授
1989年に神戸大学法学部卒業。2010年に学習院大学大学院博士後期課程単位取得退学。2011年に博士(経営学)。日本生命保険、東京大学社会科学研究所、ニッセイ基礎研究所を経て、2017年4月から法政大学キャリアデザイン学部。専門は人的資源管理論、労働政策。厚生労働省の労働政策審議会の部会や研究会などで委員を務める。
主な著書は『営業職の人材マネジメント 4類型による最適アプローチ』(中央経済社、2012年)、佐藤博樹・高見具広との共著/佐藤博樹・武石恵美子責任編集で『シリーズ ダイバーシティ経営/働き方改革の基本』(中央経済社、2020年)など。