54年前の今日、日本中の子どもが絶望した…! ゼットンの「1兆度の火球」のすごい威力とは?
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを科学的な目線で考察しています。さて、今日の研究レポートは……。
4月9日は何の日かと問われれば、筆者にとっては「ウルトラマンがゼットンに敗れた日」である。1967年のその日、『ウルトラマン』の最終回が放送されたのだ。
その内容は、あまりに衝撃的だった。謎の宇宙人が連れてきた「宇宙恐竜ゼットン」に、ウルトラマンは完敗。スペシウム光線や八つ裂き光輪などの必殺技がまったく通用せず、逆にゼットンの光線でカラータイマーを破壊されて、ウルトラマンはあえなく死んでしまったのだ。KOされるまでの時間、たったの2分27秒!
その後、ゼットンは科学特捜隊の岩本博士が開発した新型爆弾によって倒され、ウルトラマンはゾフィーに命をもらって復活し、故郷のM78星雲へと帰っていった。
とりあえずナットクの幕引きだったが、当時5歳の筆者にとっては「ウルトラマンが負けた」という事実のほうが大問題。あんなに強かったウルトラマンが負けた! それも、バルタン星人とかメフィラス星人とかの知的生命体が相手ならまだしも、意思の疎通さえマトモにできそうにないゼットンに! 宇宙人の手下でしかないゼットンに! ああ、世のなかは理不尽だ。
◆1兆度の火球とは!?
しかし、ゼットンがウルトラマンを倒したことに対して、それなりの説得力があったことも事実である。番組中では触れられなかったが、放送と前後して刊行された各種の怪獣図鑑に、次のように記されていたからだ。
「ゼットンが口から吐く火球の温度は1兆度」
1兆度! 子どもゴコロにそれがどういう温度かわからなかったが、耳にしたこともないスゴイ高温であり、そんな火球をぶつけられたらウルトラマンも負けて当然かも……。なんとなくそう感じていたのである。
あれから半世紀。いまでは1兆度がどういう温度か、少しはわかってきたので、ここで検証してみよう。1兆度とは、算用数字で記すと1000000000000度。これは、どれほどオソロシイ温度なのか?
身近なところだと、たとえば太陽の表面温度が6千度だ。太陽の中心部では、核融合反応が間断なく続いているが、その温度でさえ1500万度。人類がこれまでに作り出した最高温度は1億度である。これらをはるかに上回る1兆度とは、現在の宇宙では、ブラックホールに吸い込まれた星間ガスが猛烈な重力で加速され、互いにぶつかり合うときにだけ到達できる超高温だ。
それほどの温度だとしたら、ゼットンの火球は恐ろしいエネルギーを持っていたはずである。劇中の描写から、火球の直径を1mと仮定しよう。この大きさでも、温度が1兆度となると、放射されるエネルギーはとてつもない。計算すると、180兆×1兆×1兆kW。算用数字で書けば、180000000000000000000000000000000000000kW。あの燃え盛る太陽が放つエネルギーの470兆倍である!
こんなモノを地上で吐いたら、どうなるか?
地球の上に、太陽が470兆個出現したのと同じである。そのすさまじい熱で、地球は一瞬のうちに蒸発する。太陽も、その熱を受けて膨張し、宇宙に拡散して消滅する。太陽系内の水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、さらには無数の準惑星や小惑星も次々に蒸発。その前に、ウルトラマンはとっくに蒸発しているし、そもそもゼットン自身が真っ先に蒸発しているはずだ。
◆402光年離れた星々も滅亡する!
1兆度の火球による被害は、これらに留まらない。
高温の物体からは、エネルギーの大半がγ(ガンマ)線として放たれる。γ線は、レントゲン撮影に使われるX線より強力な放射線で、生物は強いγ線を浴びると死滅する。
ゼットンの火球は、1兆度もあるため、放たれるγ線のエネルギーもモノスゴイことになる。もちろん、γ線は火球から放射状に広がるから、ライトの光が遠くでは暗くなるように、距離が遠くなるほど薄まっていく。とはいえ、最初のエネルギーが莫大なので、なかなか安全なレベルにまで薄まらない。
火球の燃えた時間がわずか1秒間であったとしても、そのとき放たれたエネルギーが人間くらいの大きさの生物を即死させる限界まで薄まるのは、なんと402光年の彼方! つまり、地球から402光年以内の距離にあるすべての天体に住む生物は、γ線の致死量が地球の生物と同じなら、この放射線を浴びて、バタバタと死んでいく!
たとえば、地球から16光年離れたわし座のアルタイルに、このγ線が届くのは16年後。こと座のベガには27年後だ。七夕の伝説のとおり、天の川を挟んでアルタイルに彦星が、ベガに織姫が暮らしているとしたら、彦星さまは16年後、織姫さまは27年後にお亡くなりになる。1兆度の火球とは、宇宙規模でムチャクチャに迷惑な武器だったのだ!
もちろん『ウルトラマン』最終回の劇中で、そんな描写がなされたわけではない。それどころか、ゼットンの火球がもたらした被害は、科学特捜隊の基地の窓ガラスが割られて内部から火事を起こしたくらい。1兆度の無駄遣いにもホドがある!
だが科学的に考えれば、ウルトラマンが負けてしまったのもナットクの超高温であり、これを採用した怪獣図鑑の記述には唸るばかりだ。