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「最後のチャンス」平松愛理が30年で決めたこと

中西正男芸能記者
デビュー30周年を迎えたシンガーソングライターの平松愛理

 1992年にシングルカットされた「部屋とYシャツと私」のヒットで一気にスターへの階段を駆け上がった平松愛理さん(55)。デビュー30周年を迎え、同曲のその後を綴った「部屋とYシャツと私~あれから~」を8月28日にリリースします。これまで幾度となく“続編”へのオファーがあったと言いますが、全て断り続けてきた中での決断。なぜ今書いたのか。胸の内を吐露しました。

断り続けてきた

 「部屋とYシャツと私」はもともと「MY DEAR」(1990年)というアルバムの中に入っていた曲だったんです。自分で言うのも何なんですけど(笑)、最初は誰の気にも留まらなかったというか、特に注目を集めたわけでもなかった。

 ただ、少しずつ有線でリクエストが増えていって、それがまたリクエストを呼んで、シングルカットされることになったんです。

 自分としては、次の曲、次の曲とどんどん出していったので、あの曲ばかりをずっと歌っていたつもりはないんですけど、これはありがたいことに、皆さんの印象に強く残っているようで。周年とか、何かしらの節目が来る度に「あの曲の“その後”を書いてくれないか」というお話を何回もいただいてきました。ただ、ずっとお断りをしていたんです。

 オリジナルを超えるものを書く勇気はとてもなかったし、超えることができないことも分かっている。その中で書くことはできないと。

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壁の絵であってはいけない

 ただ、今回30周年を迎えるにあたり、これは、ここまでやってきた自分の感覚としか言いようがないんですけど「もし、やるなら今しかない」と思ったんです。曲と自分の距離感と言いますか…。これ以上、時が経つと、私と作品の位置関係がもうちょっと離れてしまう気がして。

 そして、続編を書くのは難しいという思いがある一方で、実は私の中にもう一つの思いもありまして。というのは「この曲は“壁の絵”であってはいけない」と。

 原曲で書いた世界がリアルに時間を経たとすると、ちょうど子供の独り立ちや親の介護、仕事の変化が訪れているだろうし、世相もガラッと変わっている。いろいろなものが一気に訪れる時期になっているだろうなと。実際、私の周りの方に話を聞いても、本当にそういう声が多いですし。

 そうやって変化してきたものが、この曲の中には生きていないといけない。描かれっぱなしの絵ではいけない。なので、もし、新たなものを作るなら、今なんだろうなと。今しかないんだろうなと思って、覚悟を決めたんです。

 それと、単純な話、次の節目となると35周年…。やっぱり下一桁が“5”より“0”の方が、区切りとして大きいような気もしますしね(笑)。いや、これが、まだ25周年とかならば四半世紀とかいう言い方もできますけど、35って思いっきり中途半端やなぁと思って(笑)。

 ま、そんないろいろな流れが重なって、やってみようかと。もうやるなら、これが最後のチャンスだとも思いましたし。原曲を超えることはできないにしても、原曲と同じくらいのものまでは頑張ってみよう。勇気を振り絞ってみよう。それをやらないと、私のこの先がないんじゃないか。そう思うようになって、書くことを決めたんです。

マイナスからのスタート

 ただ、時間はすごくかかりました。原曲は割とすぐに書けたんですけど、今回は半年以上かかりました。自分の中でも、一番長くかかった曲でした。

 原曲の世界、インパクトを残しつつ、新しいものを作る。新曲を書く時はゼロからモノを生むという言い方をするんですけど、今回はマイナスからのスタート。そういうイメージでした。難しかったです。

 原曲の中で、多くの方が心に留めてくださったキーワードになっている部分は外してはいけない。皆さんの中にあるであろう原曲へのイメージ、思いをきちんと残しつつ、新しいものを作る。

 私の曲はどれも歌詞が長いので、詞を考える時はノートに何ページも文字を残していって考えるんです。ただ、今回は詞を考えるにあたって、ノートではスペースが足りなかったので、床に大きな模造紙を広げて書いていきました。

 私はいつも手書きでは書くんですけど、その時に、もともとの詞を直すときに消しゴムは使わないんです。詞の上に線を引っ張って消して、その上に新しい詞を書いていく。すると、思考の履歴が残るんです。最後まで書いてみて「あれ、どこかで辻褄があわなくなっているな…」と思ったりした時に、どこでおかしくなったのかも分かりますし。

 今回は、それをノートでやると、とてもじゃないけどスペースが足りなくて、ノートが小さな字で真っ黒になってしまいました(笑)。だから、これはもう模造紙しかないなと。

どう思われてもいい

 もうすぐ発売になりますけど、当然というか、感想はなんでもいいんです。「変な歌やな」でもいいし「原曲の方が好き」でもいいし「うわ、ウチも同じことがある!」でもいいし、何かしら思っていただけたらうれしい限りです。

 原曲も、本当に賛否両論でしたからね。ものすごく気に入ってもらえた方もいらっしゃいましたけど、一方で「何なの、この曲…」とものすごく嫌われた部分もある。

 こちらがお願いしなくても、雑誌やテレビなどでもこの歌の是非についていろいろな方々が意見を戦わせる展開になったりもしましたし。一途な愛を描いているととらえてもらったり、男女共存に逆行すると言われたり(笑)。

 原曲の歌詞で“毒入りスープ”という言葉を使ったんですけど、あれは、ま、関西人のノリというか、シャレの部分もあって書いたんです。でも、そこをあまりにもストレートにとらえられて「この平松愛理という人は、怖い人だ」みたいな感じにもなってました(笑)。

 けど、私が何と思われようがそんなのは全く問題ないですし、曲自体を「怖い曲だなぁ」と思ってもらってもいいし、それはそれで全く問題ない。聞いてくださった方の心に何かが生まれ、何かが残れば、それで本当にうれしいことなんです。

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両親の変化

 今回デビュー30周年を迎えましたけど、30年、いろいろありますよね。身の回りで考えても、ウチの両親、ずっと仲が悪かったんです。

 それが父に介護が必要となってから関係性が変わって、これでもかと「離婚!」と言っていたのに、最終的には支えあって二人で生きている。この人たち、全然違う家で育って、アカの他人だったのに、完全に家族になっているのを目の当たりにすると、びっくりしまして。

 実は、私が「部屋と―」で描きたかった最終目標がこれだったんです。恋をして、結婚して、最後は人間愛も含めての愛という絆にたどり着く。

 作品ですし、本当に皆さんの思うままに感じてもらったらそれでいい。これが正解です。ただ、この作品の根底に愛の絆があるというのを、私がしっかり持ってさえいれば、言葉として伝わらなくても、歌から出てくる“思いの言霊”みたいな感じで、どこかで伝わっていくのかなと思ったりもしています。

 この30年、自分は離婚もしてしまったんですけど、その分、人の結婚や親の様子をすごく客観的に観ることができた。人の話もたくさん聞けたし、それはそれで偏らず良かったのかなと。人生、何が正解かは分かりませんけど、意味のある時間を過ごすことができたなと思います。その時間の流れを今回の曲にも込められたと思いますし。

 また時を経て、さらに続編を書くか?これだけは断言できます。もう、今回で終わりです!これだけの難題、さすがに2回は無理です(笑)。

(撮影・中西正男)

■平松愛理(ひらまつ・えり)

1964年3月8日生まれ。兵庫県出身。89年、アルバム「TREASURE」、シングル「青春のアルバム」でデビュー。92年、シングル「部屋とYシャツと私」が大ヒットし、日本レコード大賞作詞賞などを受賞する。95年から阪神淡路大震災復興支援活動を始め、ライブイベント「KOBE MEETING」を毎年1月17日に開催している。2011年には、東日本大震災の被災地でコスモスの種をまく「花サカスプロジェクト」を発足。デビュー30周年を迎えた今年、新曲「部屋とYシャツと私~あれから~」を8月28日にリリースする。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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