TPPに「実需」戦略で対抗する中国
TPP大筋合意に対して、中国はAIIBや一帯一路という「実需」および二国間の自由貿易協定FTA等で対抗しようとしている。「あれは部長級の合意に過ぎないと」と、TPPの最終的実現性にも疑問を呈している。
◆中国は「TPPは対中国の経済包囲網」と認識している
中国はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を中国に対する経済包囲網だと位置づけ、早くからAIIB(アジアインフラ投資銀行)や一帯一路(21世紀の陸と海の新シルクロード経済ベルトと経済ロード)を用意して、日米などによる経済包囲網形成を阻止しようとした。
このたびのTPP参加12カ国による大筋合意を、中国の商務部(部:中央行政省庁。日本の「省」に当たる)関係者は、「あれは、たかだか部長級の合意に過ぎず、それぞれの参加国が自国に持ち帰って国の決議機関で賛同を取り付けなければならない」と言い放った。
その例として、アメリカでは来年、大統領選挙があり、共和党としてはオバマ叩きと民主党下しにTPPの難点を強調して攻撃を始めるだろうから、米議会を通らない可能性があるとしている。
またカナダでも10月19日に総選挙が行われることになっており、現政権のハーパー首相(親米保守党)が落選した場合、野党の新民主党が乳製品の市場開放に反対していることから、議会での賛同は得られないだろうと見ている。
いずれも、TPP交渉が長引き大統領選まで持ち込んでしまったことが、痛手になるだろうと踏んでいるのだ。
またTPP参加国のうち、オーストラリアとニュージーランドとは、二国間のFTA(自由貿易協定)をすでに結んでいるので、あとは少しずつFTAを増やしていこうと、TPPの完全成立までに切り崩していこうという考えも持っている。
AIIBに関しては、今さら言うまでもなく西側諸国(特にG7)の切り崩しに成功しているので、習近平国家主席は10月20日にエリザベス女王の招聘を受けて訪英することを決めている。イギリスは2015年3月18日の本コラムでも詳述したように、中国に弱みを握られていて、少なくとも経済に関してはほぼ中国の言いなりだ。
ヨーロッパを押さえておけば、「陸のシルクロード」と一帯一路に関しては、アメリカに圧力を与えることができると考えている。
海のシルクロードの拠点としては、10月5日の本コラム「インドネシア高速鉄道、中国の計算」で考察したように、何としてもインドネシアを押さえておけば、南シナ海からインド洋へ抜けていく海路を掌握することができる。
日本は、たかだか一つの新幹線プロジェクトを逃しただけだと思っているかもしれないが、中国が高速鉄道事業を通してインドネシアに楔(くさび)を打ったことは、TPPに対抗するための「AIIBと一帯一路」構想としては、欠かせないコアだったのである。これを見逃してはいけない。
ギリシャのピレウス港運営権に関しても、7月2日の本コラム「「ギリシャ危機と一帯一路」で書いたように、TPPにより形成される経済包囲網に対して、きちんと碇(いかり)を下ろしてある。
◆「実需」戦略により勝負する中国
オバマ大統領は「中国のような国に、世界経済のルールを書かせない」と言っているようだが、中国は「ルールの統一」を図るTPPに対して、「実需」を取る政策を動かしている。
AIIBに対して、融資の基準の低さや不透明性を理由として参加しなかったアメリカだが、中国は「自分たちは発展途上国のニーズを緊急に満たす」という「実需」を優先して関係国を助けていくのだとしている(中国の言い分)。
それがインドネシアの高速鉄道に象徴されている。
TPP12カ国のうち、AIIBにも参加している国は「オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、ブルネイ、マレーシア、ベトナム」の6カ国だ。このうちオーストラリアとニュージーランドとは、すでにFTAを結んでいる。残りの4カ国と結べば、TPP参加国の半数を落せる。これらは「実需」によって動く可能性のある国だ。(なお、シンガポールとはすでに交渉が煮詰まっている。)
さらにAIIBには参加してないが、中国の「実需」戦略に乗り得るTPP参加国としては、「チリ、メキシコ、ペルー」などがある。この3カ国は一帯一路の線上にはないが、しかしFTAの対象にはなる可能性を持っている。(このうち、チリとは交渉が煮詰まっている。)
◆中国は「普遍的価値観」を共有する気はない
日本の一部のメディアや研究者の間には、中国をTPP的価値観の中に入れていくことが望ましいと期待する向きもあるが、それは考えない方がいいだろう。
中国には巨大な独占企業のような国有企業がある。
この国有企業を民営化の方向に持っていって、何とか構造改革をしようとしてはいるが、大きな困難を伴うだろう。WTOに加盟して「国際ルール」に沿うのが精いっぱいで、オバマ大統領が主張するような「統一的ルール」には乗らない「国情」があるのである。
それに、中国が最も嫌うのは「普遍的価値観」だ。
西側諸国の価値観を中国内に持ち込めば、たちまち「民主化」が起こり、中国共産党による一党支配は崩壊する。だから、絶対に西側の価値観を持ち込ませないために、あらゆる手段を考えては言論統制をしているのである。
中国は普遍的価値観の代わりに「特色ある社会主義の核心的価値観」を必死になって植え付けようとしている。これがうまく行くはずもないのだが、ともかくこの「価値観」というファクターを、日本は頭に入れておいた方がいいだろう。
中韓のFTAは締結され、今は日中韓のFTAに関する交渉を日本は進めているようだが、TPP的精神で進める限り、妥協点を見い出すのは困難なのではないだろうか。
◆東アジア地域包括的経済連携の展望
もっとも、日中韓とASEAN(東南アジア諸国連合)諸国およびインド、オーストラリア、ニュージーランドなどの16カ国の自由貿易をめざす東アジア地域包括的経済連携(RCEP、アールセップ)というのがあるが、ここにTPP的ルールを導入する限り、やはりうまくはいかないだろう。(中国とASEANのサービス貿易協定や投資協定などは締結されている。)
国際社会に二重三重のオーバーラップした連携を形成するより、中国は「社会主義的価値観」を崩さずにAIIBや一帯一路で「実需」を中心として動き、TPP参加国とも二国間FTAをできるだけ多く結んで中国の構想を推し進めていくだろう。
特に90年代半ばから陸の新シルクロードのコアとなっている中央アジア諸国の政治情勢は安定しているのに対し、アメリカがチョッカイを出し始めた中東は混乱を極めている。その間に中国はロシアを含めた中央アジア諸国との上海協力機構の枠組みで「陸」を安定させておき、「海路」にシフトしながら、「実需」に向けてまい進するものと推測される。
以上、特に「価値観」というファクターが横たわっていることを肝に命じつつ、中国の「実需」戦略が、どこまでTPPを食い止めることができるか、あるいは「共存」することができるか、注目したいところである。