ギリシャ危機と一帯一路――中国は救世主になるのか?
ギリシャ債務危機のなか中国の李克強首相が中欧工商サミットで講演をした。中国語の誤訳による分析が散見される。李克強首相が何を言い、また中国はギリシャとEUに対して何をしようとしているのか考察する。
◆李克強首相の基調講演
6月30日(現地時間29日午後)、中国の李克強首相はブリュッセルで開催された中国・欧州工商サミットにおいて基調演説を行った。ギリシャ危機に関して中国がどのような態度に出るのかを聞き逃すまいとしているのか、会場にいるEUメンバー国代表の表情は真剣そのものだ。
しかし李克強首相は決して「中国がギリシャの債務を支援する」とは言わなかった。
言及したのは、あくまでも「4つの突破」で、
1.中国は欧州の戦略的投資計画と提携し、インフラの共同建設において突破することを希望する。
2.中欧双方は、設備製造に重点を置き、第三者との協力において突破する。
3.産業投資ニーズに対応し、金融協力において突破する。
4.貿易投資の自由化レベルの向上において突破する。
である。ただしこれは何のことだか分かりにくいので、後半で説明する。
問題は、李克強首相が29日午後に欧州理事会のトゥスク議長や欧州委員会のユンカー委員長と会談したときに言った中国語に関する日本語の翻訳が、「過去形と未来形をまちがえて」報道され、それを中国の考え方だとしていることだ。
李克強首相は何と言ったかというと、
「ギリシャの債務問題は欧州内部の問題であるものの、ギリシャがユーロ圏に留まることができるか否かはユーロの安定だけでなく、世界金融の安定と経済の回復に関わるものでもある。中国とギリシャの関係は、中国・欧州関係の一部であり、中国はギリシャが債務危機を克服するためにすでに努力してきたし、また実際の行動を通してギリシャの頼みにも応じてきた」
というものであった。
最後のセンテンスである「中国はギリシャが債務危機を克服するためにすでに努力してきたし、また実際の行動を通してギリシャの頼みにも応じてきた」という過去形あるいは完了形を表す言葉として中国語の原文には「了」という文字が二つある。
「作出了努力=努力してきた」と「回応了=応じてきた」の二か所である。
これは「もうすでに十分にやってきた」という意味を表している。
それなのに、この部分をまるで未来形のように翻訳して「今後、中国は(ギリシャが債務危機を克服するように)努力するであろう」とか「(実際の行動を通してギリシャの要望に)応じるであろう」と誤訳し、それに基づいて分析している報道が散見される。実際に中国が今後どう動くかは別として、少なくとも、この誤訳を正したうえで正確に分析する必要があろう。
まず、今年の初めに言われていたような「AIIB(アジアインフラ投資銀行)からの支援」ということは、今後はあり得ない。
なぜなら、もし中国がAIIBを通してギリシャの債務を肩代わりするようなことがあったら、それはAIIBに参加したEUの多くの諸国への裏切りとなるからだ。EUはギリシャが財政緊縮体制を取らない限り金融支援はいっさいしないとしているのに、EU諸国の資金も入っているAIIBがギリシャへの金融支援をしてしまったら、EUの資金はAIIBというルートを使ってギリシャに流れることになってしまう。そんなことをしたら、緊縮策をギリシャに要求しているEUの圧力は台無しになってしまう。だからEU諸国の大反対を受けた。
何としてもEUを中国側に引きつけておきたい中国としては、今では決してEU諸国の神経を逆なでするようなことは言わないし、しないのである。
特に中国にとってユーロの安定は全面的に歓迎すべきことなのだ。ユーロがドルよりも強くなり、そしてそのユーロ圏において、人民元が国際的に流通していくことを願っている。
◆では中国は何をするつもりなのか?
ここでは中国はギリシャに対してどうするつもりなのか、および、今般の中欧工商サミットにおける「4つの突破」とは何か、の二つに分けて考察する。
まず、ギリシャに対する中国の考え方だが、EUやIMFあるいはECB(欧州中央銀行)と足並みをそろえ、決してギリシャがEUから脱落してユーロ圏が乱れるようなことを中国は望んではいない。
何をしようとしているかというと、習近平政権が強化した「陸と海の新シルクロード経済ベルト」構想、すなわち「一帯(陸)一路(海路)」によりギリシャを救おうというシナリオを考えている。
陸の新シルクロード経済ベルトは旧ソ連が崩壊すると同時に、江沢民時代から中央アジアを中国側に引きつける戦略が動いていた。胡錦濤時代に入ると、それを「新シルクロード経済ベルト」と命名し、習近平時代になってから「陸と海の新シルクロード経済ベルト」になり、AIIBとともに、一帯一路を国策として挙げるようになった。
この海の新シルクロードは、南シナ海、インド洋を抜けながら、「ギリシャがある地中海」を通らなければ終点の北欧まではいけない。そのギリシャにはエーゲ海やイオニア海など古い文明を持つ観光地がある。
そこで中国はギリシャの粉飾決算が発覚した2009年以降、「危機はチャンス」とばかりに、ギリシャに何かにつけて手を差し伸べてきた。
観光客を手段として「香港の心」を買ってしまったという成功例(?)が中国にはある。世界中に観光客を送り込んで「世界の心」も買ってしまおうという大きな国策の中、ギリシャに対しては特に手厚く観光業界を支援する約束が成されている。
そしてギリシャ最大の港であるピレウス港には、中遠(中国遠洋)集団を通して早くも2008年末に1000億円ほど投資し、2号埠頭や3号埠頭の35年にわたる経営権を獲得し、コンテナ業務運営に乗り出していた。ピレウス港は欧州への入り口に相当する海上物流の要衝でもある。ただしこれは「中国による植民地主義だ」として、当時ギリシャでは中国に対する抗議デモが起きた。また今年1月22日には同じ中遠集団がアテネで「中遠ピレウス 港コンテナ埠頭有限公司」設立式典を行ったのだが、1月26日に就任したチプラス首相が民営化(売却)を撤回するなど、紆余曲折を重ねてきたが、結局5月になると民営化を承諾するなど、ギリギリの駆け引きが続いていた。
いずれにしても、中国としては一帯一路上の要(かなめ)の港としてピレウス港を位置づけ、新シルクロード基金という中国独自の資金を用いて、ギリシャとタイアップしていくつもりである。
一方、今年4月に、北京入りしたギリシャのチプラス首相は、人民大会堂で習近平国家主席と会見し、ユーロとともに人民元の流通をギリシャで採用することを習近平に約束している。
イギリスは早くから人民元取引の銀行を、ロンドンの金融ビジネスおよび行政の中心であるシティに設けて、中国を喜ばせた。それがEU先進諸国がAIIBになだれ込むきっかけを作ったのだが、ギリシャにも人民元圏ができあがれば、人民元の国際化という中国の夢は実現に近づくことになる。
その意味でも、ギリシャにはEU圏に留まっていてほしいのが中国の本音だ。
◆「4つの突破」とは?
一方、「4つの突破」とは何なのかを注意深く見ておくことも重要だろう。
これは字面だけを読んだのでは何のことかピンとこないかもしれないが、突き詰めれば要するに、「中欧投資協定(BIT)」と「中欧自由区(FTA)聯合」を早く成立させましょう、ということなのである。
何を「突破」するのかと言えば、早い話がアメリカ主導のTPPである。
中国にとってはEUは連続11年間、最大の貿易パートナーであり、またEUにとっても連続12年間、中国は第二の貿易パートナーである。2014年の中欧双方貿易額は6000億米ドルを越え、EUの対中投資は1000億米ドル、中国のEUに対する投資は500億米ドルである。
今年9月に開かれる中欧経済貿易ハイレベル会談で、こういった流れの協定を締結する心づもりでいる。
AIIBの使途には制約が付くが、一帯一路基金は中国独自のものだ。
チャイナ・マネーが何をどこまで買うのか、目が離せない。