ダルビッシュを1位に推すESPNのサイ・ヤング賞予報は時代遅れな方程式
ワールドシリーズが終わり、ストーブリーグに突入したメジャーリーグ。今の時期、選手の移籍動向以上に楽しみなのは、11月9日(日本時間10日)から発表される今季の個人賞の行方だ。
両リーグの新人王、最優秀監督賞、サイ・ヤング賞、MVPを選出する全米野球記者協会(BBWAA)は、11月2日(日本時間3日)に各賞の最終候補選手を3人ずつ発表した。
日本人メジャーリーガーでは、ミネソタ・ツインズの前田健太がアメリカン・リーグのサイ・ヤング賞最終候補に、シカゴ・カブスのダルビッシュ有がナショナル・リーグのサイ・ヤング賞最終候補に選ばれた。
ア・リーグでは勝ち星、奪三振、防御率の「投手三冠」に輝いたクリーブランド・インディアンズのシェーン・ビーバーが絶対的に本命視されている。サイ・ヤング賞が作られた1956年以降、「投手三冠」を達成したのはビーバーが14人目だが、過去の13人の三冠投手は全てサイ・ヤング賞に選ばれており、受賞率は100%だ。
ビーバーが頭1つ、いや2つ分抜け出しているア・リーグとは異なり、ナ・リーグは最優秀防御率のトレバー・バウアー(シンシナティ・レッズ)、最多勝のダルビッシュ有(シカゴ・カブス)、奪三振王で3年連続サイ・ヤング賞を狙うジェイコブ・デグロム(ニューヨーク・メッツ)の最終候補3人の三つ巴となっている。
多くの専門家やニュースサイトがサイ・ヤング賞を予想しているが、ア・リーグはビーバーで満場一致なのに、ナ・リーグはバウアー派、ダルビッシュ派、デグロム派に分かれている。
数多くあるアメリカのスポーツ・メディアの中でも圧倒的な規模と信頼度を誇るのがスポーツ専門ケーブルテレビ局のESPN。そのESPNの公式サイトの中に『Cy Young Predictor』(CYP)というサイ・ヤング賞予報コーナーがある。
セイバーメトリクスの父と呼ばれるビル・ジェームズとESPNのスタッツ専門家であるロブ・ネイヤーが、過去のサイ・ヤング賞受賞者の傾向を分析しながら共同で開発した計算式を使ってサイ・ヤング賞投手を予報するもので、シーズン中も随時更新される。
そのCYPが2020年シーズン終了後に算出した結果によると、ア・リーグは85.1ポイントでビーバーが、ナ・リーグは87.0ポイントでダルビッシュが各リーグの1位に選ばれた。
だが、筆者はESPNが誇るCYPは時代遅れで、今の時代には通用しない計算式だと感じている。
CYPの方程式は、
(((投球回数x5)÷9)ー失点)+(奪三振÷12)+(セーブx2.5)+完封+(勝利数x6)ー(敗戦数x2)+地区優勝ボーナス
となる。勝敗、セーブ、完封、投球回数、失点、奪三振がサイ・ヤング賞投票の基準になると考えており、所属チームが地区優勝した場合には12ポイントのボーナスが加算される。
2002年から昨季までの18シーズンで、CYP1位の投手がサイ・ヤング賞投手に選ばれたのは36回中27回、的中率は75%を誇る。外した9回にしても、6回までがトップ4で、かなりの高確率で受賞者を予想できる魔法の方程式だ。
2003年ア・リーグのロイ・ハラディ(トロント・ブルージェイズ)、04年ナ・リーグのロジャー・クレメンス(ヒューストン・アストロズ)、05年ア・リーグのバートロ・コロン(ロサンゼルス・エンゼルス)の3回は、セーブを荒稼ぎしたクローザーに僅差で敗れたケース。2000年代前半は50セーブ近くを荒稼ぎするクローザーが続出して、セーブの価値がインフレを起こしていた時期だった。
しかし、サイ・ヤング賞投票の際の価値観が変わってきたと感じたのが2010年。
この年、ア・リーグのCYP1位は、19勝6敗、188奪三振、防御率2.72の成績で183.6ポイントを記録したデビッド・プライス(タンパベイ・レイズ)だったが、サイ・ヤング賞に選ばれたのは13勝12敗、232奪三振、防御率2.27で、CYP7位(150.0ポイント)だったフェリックス・ヘルナンデス(シアトル・マリナーズ)だった。
ヘルナンデスが所属したマリナーズは61勝101敗とリーグ最低の成績に終わり、チーム得点数もワースト2位のチームに100点も離された圧倒的なビリ。味方の援護に見放されたヘルナンデスは好投をしても勝ち星に恵まれなかった。それでも投球内容が評価されて、僅か13勝でのサイ・ヤング賞獲得となった。
サイ・ヤング賞の選出に勝ち星を関係ないと証明したのが、2018年と19年のデグロム。
筆者が「JDG48」と呼ぶデグロムは、2018年に10勝9敗と2010年のヘルナンデスより3つも少ない勝ち星ながらもサイ・ヤング賞を初受賞。そして、昨季はCYPでリーグのトップ10に入らない『圏外』ながらも、11勝8敗、防御率2.43、255奪三振で2年連続してのサイ・ヤング賞を手にした。
しかも、18年も19年も1位票を30票中29票集める圧倒的な受賞だった。
CYPでは高ポイントを得られなかったJDG48が2年連続でサイ・ヤング賞を手にしたことでCYPは破綻。時代遅れの方程式になってしまった。
関連記事:今季のメジャー最強投手、JDG48
18年と19年の2年連続のJDG48によるサイ・ヤング賞の投票結果を見ると、選考者(全米野球記者協会の会員で、該当リーグ・チームの本拠地15都市からそれぞれ2名ずつが選ばれる)が投手の勝敗を重要視していないことが分かる。
従来の選考基準三大要素は「勝敗、奪三振、防御率」だったが、ここ数年は「WAR、WHIP、FIP、ERA+、APW」の五大要素が重要視されるようになってきた。
代替選手に比べてシーズンでどれだけ勝利数を上積みできたかを示すのがWAR。その計算式は複雑なのでここでは割愛するが、メジャーリーグではMVPを選出する際に最も比重の大きなスタッツとまで言われる。
WHIPは1イニングに許した走者の数を表し、(被安打+与四球)÷投球回数で求める。
FIPは従来の防御率よりも的確に投手の能力を表すスタッツと言われる疑似防御率。味方の守備力に左右されない奪三振、与四球、被本塁打、投球回数を使って、複雑な計算式に当てはめる。
ERA+はリーグ平均防御率と自身の防御率を比較して、どれだけ優れているかを表した数字。100がリーグ平均レベルになる。
最後のAPWはAdjusted Pitching Winsの略で、投球によるチームの勝利への貢献度を表す。
2018年のJDG48はrWARが9.9でリーグ2位、WHIPも0.912で2位、218のERA+と1.98のFIPとAPW5.7はリーグトップ。
JDG48は2019年もrWARは7.6でリーグ1位、WHIPは0.971で2位、FIPも2.67でリーグ2位、ERA+は169でリーグ3位、APWは4.3で2年連続して1位だった。
今季のナ・リーグ・サイ・ヤング賞最終候補に残った3投手のスタッツを比較してみたのが下の表だ。
この表を見てみると、JDG48の3年連続サイ・ヤング賞の可能性は極めて低い。ダルビッシュとバウアーの一騎討ちとなる。
バウアーはWHIP、ERA+、APWの3部門でリーグ1位。対するダルビッシュがリーグ1位だったのはFIPだけ。各スタッツの両者の差を見比べてみても、バウアーに分がある。2人の実力差はそれほど大きなものではないが、バウアーの方が少しだけサイ・ヤング賞に近いようだ。