はやぶさ2タッチダウン 小惑星リュウグウの反応
2019年3月5日、JAXA 小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトチームは、2月22日に行われた小惑星リュウグウへのタッチダウン(接地)を捉えた映像を公開した。はやぶさ2のサンプル採取装置を視野に捉えるカメラ“CAM-H”が撮影した画像をつなぎ合わせた映像は、人類が初めて訪れた天体がはやぶさ2という使者の来訪にどのように反応したのか明らかにしてくれた。
映像ははやぶさ2がタッチダウン前にリュウグウ上空でホバリングしているところから、タッチダウン後の上昇までおよそ5分40秒にわたり、0.5~5秒ごとに1枚撮影した画像をつなぎ合わせたものになる。サンプル採取装置およびCAM-H担当の澤田弘崇さんの解説から、その瞬間のはやぶさ2の挙動を追っていく。※時刻はすべてはやぶさ2が実際にリュウグウで動作した機上時間(日本時間)
タッチダウンの瞬間、はやぶさ2の挙動(解説:澤田弘崇さん)
ターゲットマーカが真下に来る時刻は正確に計算できますので、その3分前に高度45メートルに到達するように軌道を計算して計画をたてました。高度45メートルに達したところが日本時間7時7分です。ホバリングしてターゲットマーカが真下に来るのを待ち、ターゲットマーカがカメラの視野に入って位置が計測できるようになったところで、下向きに少し加速して25メートルを目指して降りていきます。7時10分から7時19分の間に高度28メートルでLIDARからLRF(レーザーレンジファインダー)という距離を測定するセンサーに切り替わります。最終的にはターゲットマーカの真上、高度8.5メートルの位置で小惑星に正対するように姿勢を変えます。
ターゲットマーカは少し離れたところにありますので、姿勢が安定すると「オフセット移動」いうターゲットマーカを下に見ながら数メートルほど移動する軌道になります。最終的に7時27分で姿勢安定したところで、下向きに秒速7センチメートルで自由落下してタッチダウン。タッチダウンを検知すると、秒速60センチメートルほどで上昇する運用計画で、実際の運用もそうなりました。
7時10分にターゲットマーカを補足し、加速して降りていきました。急に速度が変わっているところは、LRFに引き継がれたところです。いったん加速して高度25メートル、さらに通過して最終的には8.5メートルの位置についたのが7時19分44秒ですね。ここからホバリングしつつ水平移動して、ヒップアップ(着陸に向けた最終的な姿勢の調整)して、7時27分29秒に降下しています。タッチダウンを検知して上昇したのは7時29分10秒。ここで上昇して、無事に帰ってきました。
その後、ホームポジションに復帰するまでにまずアンテナを通信速度の遅いLGA(低利得)アンテナから速いHGA(高利得)アンテナに切り替えます。はやぶさ2はサンプラホーンの先端に「切り返し」という粒子が落ち着くための部分を持っています。10時40分に減速し、切り返しにひっかかっている粒子を上方に浮遊させます。減速から40分待てば浮遊した粒子がキャッチャーの中に収まると見ているのです。落ち着く時間を待って、11時20分にキャッチャーの中の機構を駆動して「A室」と呼ばれる部屋の入口を閉め、入り口をB室に切り替える動作をしています。
はやぶさ2が上昇し、通信が復活してテレメトリで探査機の状態が見えたところで、温度を確認しました。プロジェクタには温度センサーが3本取り付けられていて、プロジェクターが発火して火薬が燃えると熱くなり温度センサーが反応します。7時29分に温度の上昇が確認でき、火薬が正常に発火したことが確認できました。減速してサンプルを浮遊させ、40分後にキャッチャー機構を駆動したところ、スイッチが反応したことを確認しました。期待通りサンプルが取れたと考えています。
CAM-Hは最終的に秒速7センチメートルで降下する59秒前から撮像をスタートし、5分40秒ほど撮影を行いました。撮影タイミングは、5秒ごと、1秒ごと、0.5秒ごと、1秒ごと、5秒ごとと切り替えています。本当は1秒に2枚撮るところでタッチダウンできるとよかったのですが、不確定要素があったため、今回は1秒に1枚での撮像になりました。
CAM-Hで撮影したときの視野の検討です(実際には視野は楕円ではなく四角)。ターゲットマーカを右端に見える状態から撮像していき、高さ方向と横方向にだんだん近づいていって、最終的にタッチダウン時は赤い楕円が視野に入るという計画を立てました。
最初は8.5メートルでホバリングしています。光っているのはLRF-S2という距離を測るためのセンサーの光です。ここから秒速7センチで降下していきます。右側の画像は高度4メートルぐらいですね。タッチダウンの瞬間、長さ1メートルほどのサンプラホーンが表面に接して2cmほど横にずれていることが確認できます。直後に中からもやっとした細かい粒子が飛んでくるのが見えているので、弾丸が撃たれたということが画像からもわかっています。
タッチダウンから数秒後、高度2.9メートルのところで撮れた画像では、ホーンの先端(影で黒くなっている)から、大量の石や細かい砂があふれてきています。
高度8メートルほどに戻ると、弾丸(プロジェクタイル)で浮遊させた粒子のほかに、スラスターによって舞い上がった粒子が見え、さまざまなものが飛び散っているように見えています。100メートル付近まで上昇してもまだ粒子が一緒について昇ってくるような画像に見えています。弾丸とスラスターで大量の粒子を飛ばすことができ、当初の期待通りサンプルが取れていると考えています。
2018年末に地上で模擬リュウグウへ弾丸を打ち込む実験を行ったところ、砕かれて飛び散ったものがさらに隣の岩も砕いていくという現象が見られました。この成果から、サンプラチームは十分な粒子が取れていると自信を持つことができました。本番でも、想定した通りの現象が起きていることが画像からも判明しました。
リュウグウの反応からわかるサイエンス
はやぶさ2によるタッチダウンを捉えた驚異の映像は、サンプル採取の成果を期待させるだけでなく新たなサイエンスの手がかりを与えてくれた。はやぶさ2プロジェクトサイエンティストの名古屋大学 渡邊誠一郎教授は、はやぶさ2がタッチダウンというアクションを小惑星リュウグウに向けて行ったことで、その物理的な反応も貴重なデータになったと述べた。まだ解析中で確定ではないものの、サイエンティストを驚かせたその反応の一部を紹介する。
はやぶさ2が上昇中に撮影した画像と前後の画像を比べると、タッチダウンによって黒く色が変わったような部分の一部が動いているという。「表面にできた傷跡、擦痕のようなものだけではなく、その上空にあるものと一緒になってこのように見えている。上空に舞い上がった岩や砂が作っている(模様)」だという。「岩」とは文字通り、1メートルを超えるような大きさの岩。ほとんど重力のないリュウグウでは、スラスターを吹いただけでこうしたことが起きるというから驚きだ。
タッチダウンの中心から「スラスターを噴射した際に巻き上げられたものが乱流のように、砂埃の状態で見えていると推定している」という。地球の感覚では、上からガスを吹き付ければ周囲で砂が巻き上がるように思われるが、空隙の多い、いわば中がスカスカのリュウグウでは噴射による巻き上げられ方も異なるかもしれない、と渡邊教授はいう。
巻き上げられた砂礫は、「タッチダウンの成功を祝う紙吹雪のよう」と渡邊教授は述べている。非常に特徴的な、一個一個が薄く剥がれたような形をしているとみられ、リュウグウ表面の岩石には層になった、剥がれやすい構造があるという予想が浮上してきた。
層状に剥がれる岩石は地球上にもあるが、リュウグウの場合はどんな歴史を受けてそうした岩石が生まれるのか。解析前でまだまだ気が早すぎる段階だが、「層状の岩石は、リュウグウの母天体で起きた火山活動のようなものを反映しているのか、それとも水があったことによるものか、または小惑星として宇宙にさらされた時間の中で、風化してそのようになったものか」と質問をぶつけてみた。
「リュウグウは直径が1キロメートルほどですが、元は直径100キロメートル以上の母天体と呼ばれる天体が壊れて、その破片が集まってできたと考えられています。密度が非常に軽くて空隙が多いことも、ボルダーがたくさんあることもその証拠ではないかと思います。そうしたリュウグウのなりたちを考えると、3つの可能性はどれもありうるでしょう。地球の常識では、岩石が層を作るには水が関与(堆積岩)するか、あるいは火山活動によって層ができます。ですが、(リュウグウの母天体で)火山が吹き上げるような高温になった可能性は低く、母天体が氷微惑星であった可能性もあります。水はもともとはやぶさ2の探査の重要なターゲットで、それが層構造を作った可能性はあります。ただし地球とは大きく環境が違う低重力下の天体なので、真空で影響を受ける中で、我々がまだ理解していないような層構造ができる可能性もあります」と渡邉教授の回答だった。
小惑星という天体に対して探査機が起こしたアクションとその反応は、太陽系の歴史の手がかりとなった。さらなるヒントを与えてくれる、小惑星リュウグウへの「衝突装置(SCI)」によるクレーター形成実験は4月1日からの週に予定されている。