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中国の無人探査機が月の裏側に着陸 制天権の獲得目指す「宇宙強国」

木村正人在英国際ジャーナリスト
月の裏側への軟着陸を目指して打ち上げられた探査機「嫦娥4号」(写真:ロイター/アフロ)

「戦略的能力の大幅向上」掲げる習近平

[ロンドン発]中国国営の中央テレビは、中国の無人探査機「嫦娥(じょうが=月に住む伝説の仙女)4号」が北京時間の3日午前10時26分、人類史上初めて月の裏側への軟着陸に成功したと報じました。

月は地球を1周する間に1回転するので、いつも同じ顔を地球に向けています。今回の着陸地点は月の裏側の南極付近にあるクレーター「南極エイトケン盆地」。今後、地形や中性子の観測のほか、鉱物資源をはじめ地質学や生物学の調査を行う予定です。

前の「嫦娥3号」は2013年に、月の表側にある「雨の海」に軟着陸しました。しかし月の裏側を目指して先月8日に打ち上げられた「嫦娥4号」のミッションは、より複雑で危険を伴うものでした。中国は「宇宙強国」の地位を確固たるものにしています。

17年10月、中国共産党第19回全国代表大会で、宇宙開発を担う中国航天科技集団公司会長は「20年までに軌道上を飛行する衛星を200基以上にし、打ち上げ回数を年30回前後にする」という目標を掲げました。

習近平総書記(国家主席、中央軍事委員会主席)は軍近代化ロードマップの1つとして「20年までに機械化を実現、情報化建設を進展させ、戦略的能力を大幅に向上させる」と宣言しました。

戦略的能力は「核戦力の質的・量的向上や通常兵器による精密打撃能力、さらには宇宙、サイバー、電磁スペクトラムにおける作戦も含む」(防衛研究所ブリーフィング・メモ18年4月号「第2期習近平体制下における中国の国防政策の行方」)とみられています。

制天権の獲得

中国が急ピッチで宇宙開発を進めるのは、民生だけでなく、軍事活用の狙いがあります。中国人民解放軍は、制空権や制海権だけでなく、「制天(宇宙)権」の獲得も目指しています。防衛研究所の報告書をもとに中国の宇宙開発の歴史をたどっておきましょう。

1949年、毛沢東が国家安全保障の目標として「両弾(原爆・水爆と導弾ミサイル)一星(人工衛星)」を掲げる

1956年、国防部に第5研究院を設立、本格的にロケット研究を開始

1970年、初の人工衛星「東方紅1号」の打ち上げに成功。打ち上げに使用した長征1型ロケットは弾道ミサイル「東風」を改造

1970~80年代、遠隔操作衛星や通信衛星を含む人工衛星を31回打ち上げ、うち失敗7回

1984年、静止衛星「東方紅2号」の軌道打ち上げに成功

1980年代末、通信衛星、気象衛星を実用化。現在の主力である長征4型ロケットを開発

1988年、旧・西ドイツと衛星の共同開発

1990年代、実用衛星として通信衛星、遠隔操作衛星、気象衛星を打ち上げ。他国や外国企業の人工衛星の打ち上げサービス分野に進出

1999年、有人宇宙飛行用の宇宙船「神舟1号」を打ち上げ

2001年、初の宇宙白書「中国的航天」を発表

2003年、宇宙船「神舟5号」(搭乗員1人)により世界で3番目の有人宇宙飛行に成功

2005年、「神舟6号」(搭乗員2人)による有人宇宙飛行

2006年、新しい白書「2006年中国的航天」。5年ごとに次期5カ年計画期間の基本方針を発表

2007年、地上発射型ミサイルで99年に打ち上げられた気象観測衛星「風雲1C」を破壊。約1000個の宇宙ごみが周回。国際的な批判高まる

2008年、「神舟7号」(搭乗員3人)による有人宇宙飛行

2000年代、EU主導の測位衛星システム「ガリレオ計画」に参画。小型衛星開発で世界をリードする英サリー大学のサリー・サテライト・テクノロジー社と協力

2012年、「神舟9号」で女性1名を含む搭乗員3人が有人宇宙飛行。宇宙ステーション「天宮1号」とドッキング

2015年、戦略支援部隊を新設。サイバー戦や電子戦、宇宙からの作戦支援も含まれているとみられている

2016年、有人宇宙船「神舟11号」と宇宙実験室「天宮2号」がドッキング。宇宙飛行士2人が30日間にわたって実験を行う

2017年、中国初の無人補給船「天舟1号」を打ち上げ

2018年11月、宇宙ステーションのコアモジュール「天和号」を公開

中国の衛星はすでに284基

米国の科学者団体「憂慮する科学者同盟(UCS)」の衛星データベースによると、18年11月末時点で、活動中の衛星は計1957基。このうち米国は849基、中国が284基、ロシアが152基の順になっています。

こうした衛星網は、東シナ海や南シナ海から、太平洋やインド洋、海賊対策のため展開したソマリア沖・アデン湾での軍事作戦だけでなく、滞空型無人航空機を支援することができます。

さらに中国人民解放軍は衛星破壊能力にとどまらず、衛星に対してレーザーを照射したり、GPS(全地球測位システム)シグナルを妨害したり、サイバー攻撃を加えたりする能力も獲得している可能性があるそうです。

防衛研究所グローバル安全保障研究室の福島康仁研究員によると、制天権とは「味方の宇宙利用を維持する一方で、必要に応じて敵対者による宇宙利用を妨げること」を指しているそうです。

これに対して米国のドナルド・トランプ大統領は18年6月、宇宙における絶対優勢を獲得するため、宇宙軍創設の作業を始めるよう国防総省に命じました。今年2月の予算教書で、トランプ政権がどのような予算を示すのか注目されています。

しかし、中国の経済成長がこのまま続けば、宇宙開発競争における米国の劣勢は否めないでしょう。

(おわり)

参考:中国の宇宙開発(防衛研究所)

中国の国家安全保障における宇宙開発の役割(同)

宇宙安全保障(同)

第2期習近平体制下における中国の国防政策の行方(同)

なぜ今、宇宙軍なのか?―米国における議論の動向とトランプ政権の計画(同)

米国を警戒させる中国「宇宙強国」計画の軍事的側面(福島康仁・防衛研究所グローバル安全保障研究室研究員)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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