氷が割れて溺れた なぜ池の氷の上に乗ってはいけないのか
飯能市で池の氷が割れて高校生が溺れました。現場の氷の厚さは4.5 cm。十分な厚さに思えますが、ここに思わぬ危険が隠れています。そして、それは割れてから初めてわかります。
この記事は高校生以上の方向けに、池の氷の危険性を説明するために書かれています。ぜひ、高校生を中心に拡散してください。小中学生向けの記事はリクエストがあれば別途作り、公開します。
事故の概要
記事を読み込むことによって伝わってくることがあります。まず、深い池で水温が低かったこと、次に氷の厚さは最大4.5 cmで、氷に乗っていたのは複数であったこと、さらに亡くなった生徒以外は這い上がったこと。
要するに、池の氷には乗ってはならない、万が一割れたら生還する方法はあるということ。ただし、救助活動は困難を極めますので、生きて確実に助けてもらえると思ったら間違いです。
池の氷に乗ってはいけないのは、なぜか
安全な厚さは?
筆者記事「暖かい冬は氷が薄い。そして冷水には危険が潜んでいる」に基本的なデータを示しています。ざっくり言うと、次の通りです。
◆ 氷の厚さが5 cm以下なら、割れる危険があるのでその場を去る
◆ 普段着で、水温5度以下では1時間も命がもたない
記事中の実験データでは、体重68 kgの人が乗ったときに割れた氷の厚さは2.5 cmでした。今回の飯能市での事故現場の氷の厚さは最大4.5 cmで実験値2.5 cmに対しては十分な厚さを有していたように思えます。ところが、実験データから安全率を見込むと4.4 cmが必要であるとなっており、現場の最大厚さ4.5 cmはいろいろな意味で微妙な厚さだったことがわかります。
割れてから初めてわかる危険
なぜ安全率を見込むのかというと、氷の強度が所々で低くなっているからです。その原因を主としてふたつあげると、クラックとインクルージョンです。
クラック 小さな傷を含むヒビや亀裂のことです。図1左のイメージの通りで、表面あるいは裏面にある鋭角な穴、長さのある傷、表面か裏面まで連続したヒビなどが当たります。ガラス板を割るときに、表面に少し傷をつけただけで簡単に割れます。この時の傷がクラックです。クラックがあるとそこに力が集中するので、ここを源にして少しの衝撃で破壊が起こります。自然の氷とはいえ、至る所に大小のクラックがあり、それは割れてから初めて「クラックだらけだった」と、結果としてわかるのです。
インクルージョン 氷は水が凍ったものです。でも水以外のいろいろな物質を含みます。図1右のように葉っぱや小枝、小さな虫の死骸など、様々なものを含みます。こういったものを総称してインクルージョンといいます。クラックと同じようにインクルージョンにも力が集中するので、少々の衝撃で破壊が起こります。氷の中に包まれている物体の話なので、結局割れてから初めて「危険だった」とわかるのです。
割れるきっかけ
クラックやインクルージョンを中心に破壊した時、それらは破壊源と呼ばれます。厚いのに氷が割れる時は、破壊源が存在することばかりでなく、図2のようにきっかけとなる力の加え方も重要な要因となります。氷の上に大勢の人数が乗っているからといって、一概に割れやすいわけではありません。
背負って搬送 氷上での救助活動で、往路では氷が割れなかったのに、復路では氷が割れた例があたります。単純に考えれば体重が増えているので、その分だけ厚くなければ氷は耐えられません。破壊源があれば、たとえ静かに歩いても割れる可能性が高くなります。
ジャンプ 氷が割れるかどうかは、面積あたりの重量でほぼ決まりますから、人数が多くても分散していれば危険性は低くなります。ただ、写真撮影のためにジャンプすると、着地したときの衝撃で破壊源から氷が割れる可能性が高くなります。
水温2度の恐怖
氷の下の水は、ほぼゼロ度です。それより高ければ、氷は溶けていきます。今回の水温2度とはどのような温度かというと、真冬のたらいの水に手を入れた時を思い出して下さい。
冷水に手をつければ、すぐに痛みが襲います。その痛みに耐えて手を冷水に入れ続けられる人はいないでしょう。筋肉は硬くなり、動きが鈍くなります。何かを握ろうとしても握ることができなくなります。こういった現象は数分のうちに進行します。
ましてや足のつかない池であれば、体を動かせずに沈むのは時間の問題です。せいぜい足首が濡れる程度の深さの池と背が立たない深さの池とでは、水温2度が生命に与える影響は大違いです。
自力で生還する方法
今回の事故では、割れた氷から冷水に落ちても自力で這い上がった生徒がいました。実際に生還することが可能かというと、可能です。
上陸の仕方です。図3のように、体をうつ伏せにして氷の上に這い上がります。一度氷に入った亀裂は、重さが加わることによって進展していきます。つまり、冷水から氷の上に上がろうとすると、氷の割れの範囲が広がっていきます。
そのため、うつ伏せや仰向けの姿勢で、できるだけ氷の上では体重を分散します。うまく氷の上に乗れたらそのままの姿勢で救助を待ちます。立ち上がれば、進展した亀裂によりさらにその場所の氷が割れて、冷水に再び落ちることになります。
どうしても氷の上に上がれそうもなかったら、図4のように背浮きの姿勢で救助を待ちます。最初は冷たくてきついのですが、動かなければ衣服の内部の冷たい水が体温で温まります。その水が衣服外の冷水と入れ替わらなければ、体の冷えを遅らせることができます。
水難救助はどう進むか
周囲の人は、「浮いて待て」「這い上がれ」とかけ声をかけ、すぐに119番通報して救助隊を呼びます。助けにいけば、割れた氷のヒビがさらに進展し、自分も冷水に落ちることになります。
様々な訓練をしている救助隊ですが、氷上の水難救助の経験が少ないのが現状です。隊員の安全確保のため、図4の中で立っている男性が着装しているドライスーツでの活動となります。ドライスーツを着ていれば、冷水が内部に入るのを防ぐことができます。
基本は這って要救助者に近づきます。プラスチックそりに乗ることもあります。体重を分散するのと同時に氷が割れても冷水中を進むことができるからです。要救助者がうつ伏せで氷上にいる場合や背浮きで冷水表面で浮いている場合には、引っ張るようにして上陸させます。
要救助者が水没している場合には、ドライスーツに潜水資機材を組み合わせて検索、引き揚げとなります。いずれにしても、重装備ですので活動を開始するまで相当の時間を要します。暖かい時期の水難救助に比べたら、救助活動にはどうしても時間がかかります。
まとめ
氷の張った池の危険性について、数字を使って研究している人は一部の専門家に限られます。さらにそういった場所での水難救助に長けているプロフェッショナルが全国に配置されているわけではありません。
要するに、何が安全で何が危険かなんて、実在する個々の池ではよくわかってません。氷が割れて冷水に落ちたら命はないと思ってください。だから、池の氷の上にむやみに乗ってはいけないのです。