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女性芸人への容姿いじりは悪なのか? 尼神インター・誠子が「ブス」を卒業した理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家

2020年9月10日放送の『アメトーーク!』で行われた「若手女芸人」という企画は、今の時代の空気を捉えた画期的な内容だった。ガンバレルーヤ、3時のヒロイン、ぼる塾、薄幸(納言)、サーヤ(ラランド)という売り出し中の若手女性芸人たちが集まり、女性芸人としての生き方について活発な議論が交わされた。

サーヤが現代の一般女性の感覚を代弁して、女性芸人が自分の容姿をネタにしたり、ブスいじりを受け入れたりすることについて違和感を表明した。

ガンバレルーヤの2人は、ブスいじりを否定する昨今の風潮に戸惑いを感じつつも、自分たちがからだを張った「古い笑い」をやっているのではないかと悩んでいると話していた。

容姿をいじる笑いは、お笑い界では昔から当たり前のように行われてきた。近年では、それをやるべきではないという世間の声が徐々に強くなっている。特に、女性芸人に対して「ブス」や「デブ」といった容姿いじりをすることには、否定的な意見が多くなってきた。

お笑いのルールは日々更新されている

容姿いじりはすべて許されないのか?  女性に対する容姿いじりだけが許されないのか? 場合によっては許されることもあるのか? 自分で言う場合にも許されないのか? その辺りの細かい論点については、考え方に個人差が大きく、明確な結論は出ていない。なぜはっきりした答えが出ないかというと、お笑いにはルールブックが存在しないからだ。

人が人を殴って怪我をさせたら傷害罪に問われる。だが、ボクシングの試合でボクサーが殴り合うのを見て、それを犯罪だと非難する人はいない。ボクシングには明文化されたルールがあり、その範囲内で行われる暴力は業務として正当だと認められるからだ。

だが、お笑いには決まったルールがないため、芸人同士の「いじり」の良し悪しを法律や倫理で判断して裁くのが難しい。

お笑いにおける唯一のルールは観客の反応である。観客全員が不快に思うような暴言や暴力は、いかなる理由があっても正当化できない。観客の感じ方は時代によって少しずつ変わっていく。お笑いのルールは今この瞬間にも更新され続けている。

お笑いを始めてから性格が前向きに

尼神インターの誠子が本名の「狩野誠子」名義で出版した初めての著書『B あなたのおかげで今の私があります』(KADOKAWA)を読むと、彼女がこれまでの芸人人生の中で時代の変化を敏感に感じて、それに対応してきたことがわかる。

彼女は学生時代に男子から陰で「ブス」と呼ばれていたことにショックを受け、内向的な性格になってしまった。お笑いの面白さに目覚めて芸人の世界に入ると、ブスを名乗ることが人を笑わせるための武器になることに気付き、好きな仕事に打ち込んで充実した日々を送るようになり、性格も前向きになった。

誠子は「B」に別れを告げた

だが、大阪から上京してからは、時代の変化と共にブスいじりをされる機会も少なくなり、むしろ「かわいい」「笑顔が素敵」などと褒められることも増えた。お笑いに没頭することで自分の容姿がどう見られるかを過度に意識することがなくなったし、ブスいじり自体も世の中から求められなくなってきた。

本書の最後には、もはや芸人としてブスという武器を必要としなくなった彼女が、自分の中で「B」と名付けていたブスに別れを告げる場面が出てくる。

ブス でも、もう誠子ちゃんは大丈夫だね。

誠子 はい! だって私、毎日幸せいこです!

ブス じゃあ、誠子ちゃんとはもうお別れだね。

誠子 え! そんなこと言われたら寂しくなるじゃないですか!

ブス よく言うよ! 最初はあんなに私のこと嫌がってたくせに!(笑)

誠子 でも今は大好きです! Bさんにはたくさんのことを教わりました。それに私を芸人にしてくれた。本当にありがとうございます。

ブス こちらこそ、ありがとう。バイバイ、誠子ちゃん。

誠子 バイバイ、Bさん。

(狩野誠子『B あなたのおかげで今の私があります』KADOKAWA)

本書で描かれているのは、1人の芸人が笑いに対して真摯に向き合い続けてきた一連の過程である。ブスいじりがありかなしかは世間が決めることであり、女性芸人本人にとっては本質的な問題ではない。芸人たちはただ純粋に人を笑わせたいだけなのだ。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行う。主な著書に『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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