「レ・ミゼラブル」落選で演出家に転向の上田一豪、決して“ダメ出し”をしないワケ
日本で初めてブロードウェイ・ミュージカルを上演し、その後も数々の公演を成功させているのが、東宝ミュージカル。その東宝で人気作品の演出を手がけ、早稲田大学在学中に立ち上げた劇団「Tip Tap(チップタップ)」でも作品を作り続けている、演出家の上田一豪(いっこう)さん。俳優に決して「ダメ」と言わない驚きの演出法から、「死ぬのが怖い」という苦悩まで、正直な思いを吐露します。
—最初は出演者だったのですね。
5歳から子供モデルをやっていて、小学校の高学年からは地元の熊本県や福岡県で舞台に立っていました。中学校に入る頃には、映画『雨で唄えば』を観て「すごい世界だな」と思ったことから、タップダンスを始めたんです。すごく努力をして何かをやるのが得意じゃないから(笑)、人よりもうまくできていたダンスで生活できればいいなと思って、ダンサーを目指しました。
高校2年生で、イギリスのパフォーミングアーツカレッジという舞台の専門学校に留学しましたが、僕よりもずっと小さい10歳くらいの子たちがとてもうまい。この子たちと競争するのは無理だと思いましたね。
すっかりダンサーへのモチベーションも下がり、親の希望もあったので、大学受験に方針転換。表現者にならないなら、世の中を豊かにする仕事に就きたい、国際公務員になりたいと思って。高等難民弁務官や国際機関で働くインターナショナルな公務員ですね。
そのため、総合人間学部で社会や世界について勉強しようと、京都大学を受けましたが失敗。もう1回受験するのは嫌だったので、合格した早稲田大学に行くことにしました。そこで「早大ミュージカル研究会」に入ったんです。すべてを自分たちで作る団体だったので、初めて台本も書いて。3年生になる時に「Tip Tap」を立ち上げました。
—演出に移行したきっかけは?
ダンス留学したロンドンで初めて観たミュージカルが『レ・ミゼラブル』でした。「It’s just like the first night」、「毎日が初日の夜のように」と書いてあったと思いますけど、腑(ふ)に落ちたんです。皆ビビッドで、毎回奇跡が起きているような気がしました。
ところが、日本に帰ってきたらそんな気持ちになれない。観たい作品がなかったんです。そんな中、「音楽座(1987年創設のミュージカル劇団)」に興味が湧いて、こういう世界が作りたいと思うようになりました。
もはや自分に、舞台に立つ能力がある気がしないし、指図されて演じるのも向いていないと思うようになっていましたから。オーディションに行っても、すごい人はいたものの、なんでこんな人が通るのかと思う人もいて、モチベーションが上がらなくなりまして…それよりも、自分で書いたものが立体化されていく方が楽しくなった。
決定的だったのは、大学卒業時です。『レ・ミゼラブル』のオーディションで、山崎育三郎さんがマリウスになった年でしたが、僕はアンサンブル(名前のない役、1人で数役演じる)で落ちちゃいました(笑)。
同時に就職活動もしていて、東宝で「お芝居だけやりたい」と言ったら総合職は落ちましたが、演出部には通ったので、そこからスタートしました。専属者契約といって、年俸制の野球選手のような形ですね。芸能事務所とタレントの契約に似ているかも。
—演出の仕事を実感したのは?
実感したのは、責任の大きさですね。助手だった頃は、「演出家はもっと言いたいことを言えばいいのに」と思っていたんです。
でも実際は、ただ作品を追求すればいいわけではなく、チケットを売らなくてはいけないし、お客様が喜んでくれることが大事だし。すべてを自分の思い通りにすることがゴールではない、ということも分かるようになりました。作家の思いを損なわずにお客様に届けることは、怖くもあり苦しい作業です。
その中で、俳優が素敵に見える瞬間は嬉しい時間です。その人にしかできないものを板(舞台)の上に乗せることが仕事だと思っているので、その人の代表作や、一番輝く瞬間を作っていきたいです。
—どういう風に演出されるのですか?
俳優が舞台上で嘘をつかず自由に立てるようにするため、いろいろなことをします。僕の場合は「ここでこの向きに立って」とか「ここで振り向いてくれ」とか「ここは2秒待て」とか、具体的なことは言いません。昔はそういうタイプの演出家だったんですけど、もうやめました。
言われないと不安に思う人もいるんですけど、なぜそうするかというと、舞台上でキャラクターの感情がどう動くかを理解していれば、ある程度自由でも作品は壊れないと思うからです。
—いつも心がけていることはありますか?
とにかく話すことです。俳優の中に「こうあるべきなのかな」ということが生まれるまで話します。
あとは“ノート(note=気づき、提案といったニュアンス)”を出すことです。稽古しながらコメントをしていくことですね。僕が“してほしい”と思っている演技に俳優が自分で気づけるよう、心がけています。
—いわゆる“ダメ出し”はしないんですね。
「これはダメだ」とは言わない。「こうしなさい」と言われてやるより、その人が違うアイデアを試したくなるよう導く方がいいかなと思っています。俳優自身が「こうしゃべった方がいいかな」「こういう気持ちになるのかな」と気づいた方が絶対に精度が上がるし、嘘をつかなくなるんです。
もちろん、「そこに立ったら後ろに被る」とか、分かりやすいことは言いますけどね。時間はかかるけど、どうやったら皆が納得して僕が思うビジョンに近づいてくれるかを意識しています。
—6月は、東宝も「Tip Tap」も両方やっていますね。
東宝で上演中のミュージカル『四月は君の嘘』は日本の漫画が原作で、楽曲はフランク・ワイルドホーンが作っています。中身は日本人らしい奥ゆかしさがあって、好きなのに身を引く健気な話でもあるのに、音楽はロックだったりしたので、日本人の感性とマッチさせるための調整は苦労しましたね。
6月末からは「Tip Tap」でメキシコを代表する女流画家の話『フリーダ・カーロ−折れた支柱−』を再演します。
彼女は、ものすごい苦しみや痛み、葛藤を抱えて生き抜いた人なんです。信じられないような事故に遭って、人生を諦めてしまってもおかしくない壮絶な経験をしているのに、最後まで自分の人生を味わい尽くして死んでいったことが、僕にとってはうらやましい、憧れの存在です。どうしようもない夫・ディエゴに対しても愛を貫きながら、最後に「人生は素晴らしい」と、スイカの絵を描くんです。
僕は、この世界に生まれて死ぬということに、まだ納得をしていません。いずれ死んでしまう世界に生まれたのは何のためだろう…と考えるし、「死」に対して嫌悪を感じながら生きています。死ぬのが怖いし、生きていることにも怯えています。自分の存在がなくなることに耐えられないんです。
死別もそうです。この世界は本当に存在しているのかと思うほど、アンバランスで理不尽さを感じますが、そんな場所で人生を生き抜いたフリーダに感銘を受けました。実際に会ったらめちゃくちゃで引いちゃうような人だろうけど、彼女を見ていると、生きることは時間の長短ではなく、どう生きたのか、密度なのではと感じるんです。
—上田さんが作品を作るのは、何のためですか?
僕はいつも、生死をテーマにしています。1つは「生きていくということとは何だろう」と、今の思いを出すため。
もう1つは、人・社会を豊かにしたいから。人が豊かに育たないと社会が豊かにならないと思っているので、僕たちにできることは何かを考える。
何でもいいんですけど、一生懸命生きるとか、人を大切にするとか。演劇を観た帰り道、誰かに席を譲ってあげようと思うような、そういうことが積み重なっていく社会になればいいなと思ってやっています。誰かに誰かのモノが届いて、その先の誰かが豊かになればいいなという感じです。
■『フリーダ・カーロ−折れた支柱−』
メキシコを代表する女流画家フリーダ・カーロの晩年を描く、「Tip Tap」オリジナルミュージカル。バスの事故で脊髄を損傷し、人生の大半を激痛と共に過ごした。人々の証言から彼女の本当の姿が浮かび上がる。誰よりも生に執着しながら死を願った彼女が、たどり着いた人生の終わりとは…。6月30日~7月3日、東京芸術劇場シアターウエストにて上演。
【インタビュー後記】
上田一豪さんのお名前は、東宝ミュージカルの多くの作品で目にしていましたが、「Tip Tap」の作品は、昨年上演された『20年後のあなたに会いたくて』が初めてでした。まさかと思いながらも結末が透けて見えてきて、そこに行き着くまでが切な過ぎて、涙が止まりませんでした。今回お話を聞いて、上田さんの生死に対する恐れや葛藤、その中で人に豊かになってほしいという思いが作品に込められていることが分かり、大いに納得しました。劇場の大小、動員人数の振り幅広く取り組まれていますが、この思いが多くの人に届くことを願います。
■上田一豪(うえだ・いっこう)
1984年8月18日生まれ、熊本県出身。早稲田大学教育学部卒業。東宝演劇部所属。劇団「Tip Tap」は、2006年早稲田大学ミュージカル研究会OB・OGを中心に結成された劇団で、全作品の脚本・演出を務める。東宝演出作品に、現在上演中の『四月は君の嘘』(~7/3)、『笑う男』、『GREASE』、『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』、『キューティ・ブロンド』など。