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闘う女、竹田沙希。ラストゲームを見逃すな。

田中夕子スポーツライター、フリーライター
5月の黒鷲旗で引退する竹田沙希。闘志溢れるプレーでチームを牽引し続けた。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 アップゾーンでは、コートから近い先頭に立って、誰よりも大きな声を出し続ける。

 コートに入れば、「常に全力でやる」という言葉を体現するかのごとく、そこまで追いかけて大丈夫か、と時に見ているこちらが不安になるほど、いつだって全力でボールを追い、届かなければ悔しがり、1点を手にすれば誰よりも喜ぶ。

 それが、竹田沙希という人だ。

「自分が一番ヘタクソ」

 日本代表に選ばれたこともなければ、サーブやスパイクでタイトルを獲得するような選手でもない。

 若手選手がコートに立つことが増えたトヨタ車体クインシーズの中では、サーブレシーブが崩れた場面や、チームが劣勢から抜け出せない状況で投入されることが多い。

 だが、だからといって、日本を代表するようなサーブレシーブの名手、というようなスペシャリストではない。

 それよりも「がむしゃら」とか「泥臭く」という言葉がぴったり当てはまるような、決してお世辞にもスマートとは言えないプレースタイルで、放ったスパイクがブロックに捕まり、「情けない」と涙する姿を何度も見た。

 それでも彼女の存在感は、彼女にしか出せない、特別なものだった。

 カッコ悪いぐらいいつも全力で、本気で、必死にボールを追う。昨年末、日本一に輝いた天皇杯全日本バレーボール選手権決勝を終えた直後の記者会見では、決して謙遜ではなく「ここにいる選手の中で自分が一番ヘタクソなので、とにかく一生懸命、がむしゃらにプレーして、ボールをつなぐことだけ考えていた」と言う。

 でも、誰もが「落ちた」と思うボールをはいつくばって拾って、自チームの攻撃と、勝利につなげたのは竹田だった。

見ていてくれる人たちのために

 長年、トヨタ車体でキャプテンを務めたこともあり、彼女のプレーだけでなく、言葉を耳にする機会も多くあった。

「自分たちのバレーができなかった」とか「チーム一丸で勝った」という常套句ではなく、いつも自分の言葉で喜びや悔しさを表現する。

 その一言一言が、バレーボールってこんな見方があるんだ、あの1球にそんな背景があったんだ、と学ばせてくれるものばかりだった。

 忘れられないシーンがある。

 2013年12月1日。埼玉・所沢でのVプレミアリーグ第2戦、前年の覇者である久光製薬にトヨタ車体がフルセットの末に勝利した。

 シーズンが開幕したばかりとはいえ、金星どころか、大金星と言われてもおかしくない勝利で、称えられるべきは勝者であるはずなのに、記者会見場にいた多くの記者は敗者の久光製薬の記者会見が終わると、当時久光製薬を率いた中田久美監督を追いかけ、記者会見場を後にする。ちょうど同じタイミングで入って来たのが竹田だった。

 驚いた顔をするでもなく、残念な顔をするでもなく、前を見て「最後まで全員があきらめずにボールを追い続けることができた」と勝因を述べる。もちろんおごることなどなく「次に同じように久光さんに勝てるとは思っていないので、もっと練習したい」と述べる姿が堂々としていたのが印象的で、それ以来、トヨタ車体の試合後は決まって竹田に話を聞きに行った。

 フルセット勝ちの余韻はとうに消え、連勝よりも連敗が増えたリーグ終盤、竹田から切り出された。

「あの久光戦のこと、試合後の記者会見のことはものすごく覚えています。あー、私たち、勝ったのに誰も話を聞いてくれないんだな、ってほんとはちょっと残念でした。でも、全日本選手がいなくても、注目される選手がいなくても、私たちは私たちで頑張って来たわけだし、見てくれて、話を聞いてくれる人が1人でもいるなら、それでいいんだ、って逆に開き直れたんです」

 見てくれる人のため。いつもそれが彼女の中で一番だった。

 スタンドにいる応援団に感謝を述べる時も、短いコメントではなく、「私たちはみなさんが応援してくれるおかげでこうしてバレーボールができる。その感謝を少しでも返したい」といつだって前を向いて、自分の言葉を発し、丁寧に頭を下げていた。

最後まで自分らしく

 全力プレーはいいことばかりではなく、ケガも多くて、一度は試合中にフェンスへ激突した際、頭を強く打って脳震盪になり、ドクターストップがかかったこともあった。

 試合出場はもちろん、血圧を上げてはいけないので、大声を出したり、興奮するのもダメ、と言われているにも関わらず、長い連敗が止まった試合後、スタンドから真っ先に駆けつけた竹田の目は真っ赤で、つられて泣いた他の選手から「大声出しちゃダメ!」とたしなまれたこともあった。

 そんな彼女が、今季でユニフォームを脱ぐ。

 ケガに苦しんだだけでなく、長いシーズンを戦い続けるために必要な強さや覚悟をどれだけ伝えられたのか。迷うことも、悩むこともあったが、Vプレミアリーグでチーム最高順位の3位となり、銅メダルをかけた彼女の顔は誇らしく、涙の後の笑顔は清々しく輝いていた。

「トヨタ車体に入社して7年、いいことのほうが少なかったですし、思い出せば苦しいことのほうが多かったですけど、こういう場所に立たせてもらったのは自分たちだけの力ではなかったと改めて感じさせてもらいました。試合は負けましたけど、ファイナル3で戦うことができて、ありがたいなという感謝の気持ち、諦めずに頑張ってきてよかったな、って、ただその純粋な気持ちでした」

 間もなく始まる最後の大会で、どんな姿を見せるのか。

 きっと、今までと変わらず、熱くて、強くて、泥臭くて、涙もろい姿。カッコ悪くて、不器用だけれど、でもカッコいい、最後の最後、決めきってほしいところでは大げさじゃなく魂が伝わってくるような、今まで見続けて来た、そんな彼女であるはずだ。

 だから、願うのは1つ。いや2つ。

 自分らしく、でもケガのないように。

 最後まで、バレーボールを楽しんでほしい。

 闘う背中は、忘れ得ぬ記憶として。きっと多くの人たちの胸に強く刻まれるはずだ。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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