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現役引退、指導者の道へ。男子バレー元日本代表、本間隆太を突き動かした“焦り”

田中夕子スポーツライター、フリーライター
23/24シーズン限りで引退した本間隆太(写真/ジェイテクトSTINGS)

 人生とはあっという間だ、と大げさではなく日々思う。

 2014年の入団から、10シーズンを過ごしたバレーボール選手としてのキャリアを終えたばかり、と思っていたらすぐに早稲田大のコーチとして迎えた春季リーグが始まり、2試合を残すのみ。

 自身のプレーで結果を出すことができた選手時代と異なり、コーチとして学生に接する中でまた別の壁がいくつも出てくるが、どう越えていくか。立場が変わればまた別の発見と、楽しみがある。

 本間隆太は充実の日々を過ごしていた。

“ぬるま湯”の環境で抱いた焦燥感

 19年から引退した24年まで、5シーズンに渡ってジェイテクトの主将を務め、日本代表にも選出された本間が現役引退を決意したのは2022年の年末、2年ぶりに制した天皇杯を終えた直後だった。

「理由は1つではないですけど、一番は(母校である)早稲田の松井(泰二)先生のもとで勉強したかった。そこで学ぶことが、これからの僕の軸になると思ったんです。1人のプロ選手として、日本代表やオリンピック、いろんなキャリアアップを目指して、それだけ考えてやってきたんですけど、この先のビジョンを考えた時、プレーヤーとしてのキャリアを追い続けることよりも、早くこの場で学びたい、と。焦りに近い思いがありました」

 もともと指導者志向も強く、現役を引退したら指導する立場につきたいと考えてはいた。だが、なぜ今だったのか。松井監督のもとで学びたいという純粋な欲に加えてもう1つ、突き動かしたのは選手として自分が“ぬるま湯”につかり始めていたことに気づいたからだと明かす。

「(同じリベロの高橋)和幸がジェイテクトに入って、試合に出る機会が増えた。自分が出られなくなって、悔しいはずなのにその状況が心地よくなっていたんです。以前ならばロギ(興梠亮・現トヨタ車体コーチ)さんが出ようものなら、ひたすら練習して、『絶対に俺が出る』とギラギラしていたのに、その熱がなかった。それでも、チームに属している限りお金をもらえる環境にいる。完全にぬるま湯ですよね。これじゃダメだ、と思ったんです。その状態の僕がここにい続けて、結果的に和幸が出続けるのでは、和幸のためにもならない。僕が辞めて、別のリベロが入って刺激し合うほうが絶対にいい。僕より年上で、まだまだギラギラしている選手はたくさんいて、本当にすごいと思うし、僕はそうなれなかった、と思うけれど、でもその反面、自分にしかできなかったこともある。むしろこれからが、自分の勝負なんじゃないか、と思って決断しました」

ホームゲーム最終戦での引退セレモニー。できることはやりきった、と清々しい気持ちで節目の時を迎えた(写真/ジェイテクトSTINGS)
ホームゲーム最終戦での引退セレモニー。できることはやりきった、と清々しい気持ちで節目の時を迎えた(写真/ジェイテクトSTINGS)

プロ選手として持ち続けた芯

 自身のキャリアを考えるだけでなく、1人のプロ選手としてこれまでも積極的に発信してきた。ホームゲームをいかに盛り上げるか。バレーボールの認知が薄い人たちをいかに取り込めるか。Vリーグの記者会見でも、チームとしての目標や抱負だけでなく、バレー界全体がどんな方向へ進んで行くべきか。どうすればVリーグ、バレーボールが盛り上がるか。常に本間の言葉には芯があった。

「西田(有志)や関田(誠大)、マサ(柳田将洋)。僕の近くにいたプロ選手は本物でしたから。僕はいつも彼らから刺激をもらっていたし、彼らと一緒のステージに立ちたい、と思って自分もプロになった。最初はバレーボールにすべてを賭けたい、という気持ちだけでしたけど、お客さんが少なくても、報道される数が少なくても、給料は変わらない。恵まれているといえばそうなのかもしれないですけど、僕はその危機感がない環境に危機感を抱いたんです。やばい、このままじゃ自分もつぶれる、と思った。今はプロ選手も増えて、それぞれが考えて行動していると思うんですけど、でもお金が欲しいとか、信念を持たずに安易な理由だけではやっていけなくなる。そのためには自分から情報を集めたり、学ぶことが絶対に大事。コーチングはもちろんですが、マネジメントやスポーツビジネス、バレーボールを盛り上げるためにも、僕は学びたいと思ったし、この道を選んだのも、自然な流れだったのかもしれないですね」

プロ選手として活躍する古賀太一郎(中央)、小川智大(右)、同じリベロの存在も本間には常に刺激となる存在だった(筆者撮影)
プロ選手として活躍する古賀太一郎(中央)、小川智大(右)、同じリベロの存在も本間には常に刺激となる存在だった(筆者撮影)

「これからの人生でトップオブザトップに」

 4月からは早稲田大学大学院スポーツ科学研究科でコーチングを学び、男子バレーボール部のコーチとしてベンチで指示を送る。

 プロ選手になる前は会社員としてジェイテクトにも所属した。選手としてはレギュラーリベロとして、主将として活躍しただけでなく、試合に出られなかった悔しさや失敗、これまでの経験を包み隠さず学生たちに伝えたい、と言う。

「バレーボールの世界だけでなく、どの業界、どの世界に行っても活躍できる人間、飛躍するような人間を育てたい。僕自身、東京オリンピックを本気で目指して、そこに出られなかった悔しさ、後悔もあるし、1人のリベロとして見ても、自分がトップオブザトップの選手だったか、といえば小川(智大)や古賀(太一郎)さん、井手(築城智)、うまい選手はたくさんいるから、僕はここからの人生でトップオブザトップになるために、今はメラメラしています。どんな道を歩むかはわからないですけど、僕は全然燃え尽きていないので。これからの自分に、ワクワクしているんです」

 すべてのキャリアを悔いなく生きる。指導者としてだけでなく、これからのバレーボール界にどんな形で携わるのか。きっとその時々に目を輝かせながら、「こうなりたい」と語る姿を想像するだけで楽しみは広がっていく。

 まずはこの週末、春季リーグの最終節をコーチとして、本間はどんな役割を担うのか。その姿が見られること自体が、また新たな楽しみだ。

母校早稲田のコーチとして、19日には春季リーグ最終戦を戦う(筆者撮影)
母校早稲田のコーチとして、19日には春季リーグ最終戦を戦う(筆者撮影)

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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