落馬による休養中の松山弘平騎手。初GⅠ制覇となった皐月賞を振り返る
「GⅠを勝っていなかったから」分からなかった事
今週末、中山競馬場では皐月賞(GⅠ、3歳、芝2000メートル)が行われる。日本ダービー(GⅠ)、菊花賞(GⅠ)へと続く3冠競走の最初のこの関門を、2017年に制したのがアルアイン(牡、栗東・池江泰寿厩舎)。同馬は18頭立ての9番人気で単勝は22・4倍のダークホースだった。
騎乗していたのはこれがデビュー以来自身初のGⅠ制覇となった松山弘平騎手。平成生まれで当時はまだ27歳になったばかりだった。
「自分がまだGⅠを勝った事がなかったし、アルアイン自身も直前に毎日杯を勝ったばかりで、僕もその時が(アルアインに)初騎乗でした。だから相手が一段と強化されるここで『どこまでやれるのだろう?』という気持ちでした」
以前、話を伺った時、レース前の心境をそう述懐した。
1番人気に推されたのは牝馬のファンディーナ。デビューから直前のフラワーC(GⅢ)まで3連勝。負け知らずで、牝馬同士のクラシック第1弾・桜花賞(GⅠ)ではなく、牡馬相手となる皐月賞に挑んで来た。
「牝馬だけど、レースぶりから強いと感じていました」
そう言った松山は次のように続けた。
「ただ、繰り返しになりますけど、僕自身GⅠを勝った事がなかったので、モノサシになるものがなく、アルアインと他の馬との力差なども分かりかねていました」
ミッキーアイルとの経験を糧に
このレースの前まで、松山がGⅠに乗ったのは37回。本人が口にするように、先頭でゴールを駆け抜けた事はなかった。そして、逆に苦い思いが残った事はあった。
それはこの皐月賞から遡る事1年。ミッキーアイルと共に挑んだ高松宮記念(GⅠ)だった。
14年にNHKマイルC(GⅠ)を勝った同馬の、鞍上を託されたのはその直前の阪急杯(GⅢ)。前任者の浜中俊が乗れなくなり、松山に声がかかると、これを快勝した。
「勝ちっぷりが良くて『さすがGⅠホースは違う』と感じました。だから続く高松宮記念には、当然チャンスがあると思って臨みました」
しかし終わってみればビッグアーサーに4分の3馬身及ばず2着。続くスプリンターズS(GⅠ)でも鞍上を任されたが今度はレッドファルクスにアタマだけ差されての2着。更に続くマイルチャンピオンシップ(GⅠ)では再び浜中に戻ると、ミッキーアイルはこれを勝利した。
「悔しかったし『少し慌てちゃったかな?』とか、色々悩みました」
それから少しして、再び巡って来たチャンスがこの皐月賞だった。
「池江先生はとくに指示も出さず、GⅠを勝っていない僕に任せてくださいました」
その期待に応えなくては……という気持ちでアルアインに跨ると「凄く良い雰囲気を感じた」。
「スタートも決まり好位で競馬が出来ました。ただ3コーナーあたりでは悪い馬場にかなり脚をとられたので、正直『厳しいかな……』と感じました」
しかし「そこで意外と冷静に乗れた」と続ける。
「ミッキーアイルとの経験が活きたのか、自分がバタバタしてはダメだと考える事が出来ました。だから慌てず冷静に『しのいでくれよ』という感じで対処出来ました。あそこで慌てて押したり叩いたりしたら、アルアインはリズムを崩していたかもしれません」
結果、アルアインは誰よりも早く中山の2000メートルを駆け抜けた。松山にとって夢にまで見た初GⅠ制覇は、平成生まれの騎手としても初めてのJRA・GⅠ優勝となった。
現在の状況
「騎手を目指した時からGⅠを勝つのは目標だったけど、何度も乗っても勝てなかったから、一生縁がないのかと思った事もありました。それだけに凄く嬉しかったです」
その後の大舞台に於ける彼の活躍は皆さんご存知の通り。20年にはデアリングタクトとのコンビで桜花賞(GⅠ)、オークス(GⅠ)、秋華賞(GⅠ)の牝馬3冠を無敗で制し、昨年はテーオーケインズを駆ってチャンピオンズC(GⅠ)勝ち。同馬とのコンビではこの2月にサウジアラビアへ遠征しサウジC(GⅠ)にも挑戦(8着)。すっかりトップジョッキーの仲間入りを果たしている。
そんな松山だが3月12日に落馬をして大怪我を負い、現在もまだ休養中。残念ながら今年の皐月賞に騎乗する事は出来ない。詳細はいずれ発表される事をお待ちいただきたいが、不幸中の幸いで「ひとまずは順調に回復傾向にあります」との事。いずれ復帰した後、アルアインで皐月賞を制した時のような好騎乗をまた見せてくれる事を願おう。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)