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アベノミクス崩壊か? 安倍政権を支えてきた「ネットB層」が陥った罠

山田順作家、ジャーナリスト

■アベノミクス賛同派まで悲観論に転換

アベノミクスによるバブル崩壊が近づいてきた。

10月になってから、デパートやスーパーなどの9月の売上高速報値が出だしたが、軒並みマイナスで、個人消費は悪化の一途をたどっている。1日に出た日銀短観の大企業・製造業の業況判断はたった1ポイントの改善だけで、全産業では3ポイントの悪化。翌2日には、株価は大幅に下落した。円安も進み、1ドル110円を一時的に突破した。

ついこの間まで、「円安によって景気はよくなる」と言っていた人たちまで、最近は「円安は懸念材料」と言い出した。また、それにともない、アベノミクス悲観論が台頭してきている。

アベノミクスが始まったときからこれを批判し、「金融・財政政策のトリック」「単なるバラマキ政治の延長」と言ってきた人たちの見方のほうが正しかったと言える。

見苦しいのは、アベノミクス賛同派の専門家まで、最近はアベノミクスを批判するようになったことだ。「これ以上の増税はありえない」などと言っているのを聞くと、彼らがいかに日和見なのかわかって、哀しくなってくる。

アベノミクスが正しい経済政策と言ったのだから、出た数字がいくら悪かろうと、徹底的にこれを続けろと主張すべきだ。日銀の黒田総裁が言ったように、これは“異次元”のバズーカ砲なのだから、なんでそんなに数字にビビるのだろうか?

■ネットは「集合知」でなく「集合愚」

さて、今日までアベノミクスを支えてきたのは、安倍首相の勇ましいかけ声に着いてきた一般の人たちだ。とくに、ネットの世界では、各種論争はあったが、アベノミクスを歓迎する声が圧倒的だった。

そこで、「集合知」という言葉が思い浮かぶ。

ネットは「集合知」の世界と言われてきた。これは、みんな(参加者)の意見が集約されると、おおむね正しい結論が導き出されるということを意味している。

しかし、ここに落とし穴があった。みんなとはいったい誰かということだ。このみんなが、バカからリコウまで万遍なく実社会を構成する人々を指すなら、たしかに「集合知」は成立するだろう。

しかし、いまの日本のネット界を見てみよう。ブログ、掲示板、ツイッター、フェイスブックなどのソーシャルメディアで、情報、意見を発信している人々は、実社会を構成する人々ぜんぶだろうか?

そんなわけはない。常時なんらかの書き込みをしている人間たちは一部である。つまり、彼らはネットの初期からのヘビーユーザーで、実社会を構成する大多数の一般の人々ではない。つまり、いまのネットで形成されるのは「集合知」ではなく、「集合愚」である。

■「バカと暇人」の自尊心をくすぐるには?

ネットのヘビーユーザーは、ひと言で言うと「バカと暇人たち」(ずばりこのタイトルの本がある)だ。どちらかというと知的レベルが低く、大きな権威に染まりやすい若者たちだ。

これまでの伝統メディアはフィルタリング機能があったから、彼らの出番はなかった。ところが、ネットは敷居が低く、ほぼ誰でも参加できるから、彼らはあっという間にネットで増殖した。

彼らは、その多くが低所得層に属し、フリーター、派遣などの非正規労働者が多い。そうした層の特徴として、現在の境遇から満足を得られず、自らの自尊心が保てない。そのため、国家に自己を投影することで心理的平衡を保とうとする。

彼らは、ほとんど行ったこともないのに、中・韓からアメリカまで、外国はすべて嫌いとう排外主義思想に染まっている。だから、どんなに経済情勢が悪化しても、「日本は素晴らしい」と言い続け、アベノミクスを支持し続ける。

これは、現在の為政者にとって、もっとも好都合な存在だ。彼らは、「タテマエとその裏に隠されたホンネ」「演技と実演」などの区別ができない。だから、政治家から識者、専門家までが、彼ら向けに情報や意見を発信し、彼らの自尊心をくすぐることで、ネットの「集合愚」がますます拡散するという構造ができあがってしまった。

■「B層」が動かしてきた日本の政治

ここで、「B層」に触れてみたい。

B層というのは、小泉純一郎首相の時代に、郵政民営化の是非を問う総選挙で、自民党を支持した層である。自民党は広告代理店に依頼して、有権者(国民)を調査しB層を取り込めば選挙に勝てることを突き止めた。

このB層は、「知能の低い主婦や若者、シルバー層」が中心とされ、具体的には、テレビや新聞などの報道を真に受けるだけか、単に感覚的に受け止めるだけの人々。つまり、思考力、洞察力の足りない人々のことを指した。

だから、潮目が変ったら、今度はB層の支持で民主党が政権に就き、また潮目が変って自民党が政権に返り咲いた。そして、現在の安倍政権は、このB層の圧倒的な支持の下に、高い支持率を維持してきている。

■ネットの普及が「ネットB層」を拡大させた

しかも、B層はいまやネット世界に拡大し、そこで元からいる「バカと暇人たち」の発する情報や意見(=集合愚)に染まるようになってしまった。

ネットの個人普及率(過去1年間にインターネットを一度でも利用したことがある人の率)は、1997年末にはわずか9.2%でしかなかった。それが、2000年代になって一気に上昇し、郵政民営化選挙が行われた2005年末には70%を突破した(総務省「通信利用動向調査」)。ちなみに2013年は82.8%である。

ネット普及率の上昇は、もちろん、スマホも含めたモバイル・デバイスが、万遍なく普及するようになったことが、大きな要因だ。

いまや、ほとんどの人々が、もともとは単なる「バカと暇人」が発信していた情報や意見を喜ぶようになり、ものすごい数の「ネットB層」が、アベノミクスをなんの疑問も持たずに受け入れている。

ネットは、新聞やテレビのような伝統メディアより、視覚的な要素が強いうえ、ニュ−スなどの報道、論説、意見などは、みな短く加工されている。だから、どんな数字が出ようと、実社会でなにが起っていようと、「やがて給料は上がる」「景気は上向きつつある」ということを信じてしまうのだ。

■「ネットB層」がいちばん損するアベノミクス

しかし、残念ながら、「ネットB層」が信じ込まされた未来などやって来ない。そればかりか、アベノミクスでもっともダメージを受けるのは、ネットB層である。

なぜなら、異次元の量的緩和というのはおカネを刷ってバラまくということだから、いま自分たちが持っているおカネの価値が減ることを意味するからだ。

円安というのは、日本円の価値が下がることだから、当然物価は上がる。しかし、給料は労働や生産に対しての対価だから、世の中のおカネの量がいくら増えてもそう簡単には上がらない。

しかも、消費税は国民すべてにかかる税金(逆進性)だから、低所得層ほど負担が大きい。一生懸命働いて、そのうえネットで自尊心を愛国心に重ね合わせ、なにか書き込むたびに、ネットB層はますます貧しくなっていく構造になっている。

アイデンティティが、自己愛の延長の日本という国にしか持てないと、“持たない者”はますます“持たない者”になる。これが、「愛国心のパラドックス」である。

しかし、そうは思わせないために、「グローバリズム」や「新自由主義」が次の“犯人”とされるだろう。愛国心を持って日本経済を再生させる。デフレから脱却させて経済成長を達成する。つまり、「日本を取り戻す」ために始めたアベノミクスは間違っているわけはないのだ。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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