テレワークの壁となるハンコ~「脱ハンコ」NGのこの文書にご注意!
新型コロナウイルスが蔓延する中で、テレワーク(在宅勤務)が推進されています。しかし、ハンコ文化がテレワークの壁になっているという問題で、これまで業界寄りの発言をしていた竹本直一IT相が24日の閣議後会見で次の発言をしました。
確かに、テレワークを推進するためには、「脱ハンコ」は必要かもしれません。しかし、民間の企業活動ではありませんが、民法で「ハンコ」を押印することを規定している条文があります。それは、自分で書いて残す「自筆証書遺言」です(民法968条1項)。
民法968条1項(自筆証書遺言)
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
なぜ「ハンコ」を押さなければならないのか
自筆証書遺言では、なぜ成立要件に押印を規定しているのでしょうか。
ハンコを押す「2つ」の効果
その理由は、ハンコを押す(押印)という行為には、次の2つの効果があるからです。
一つは、押印した文書の真正さを担保すること(真正さの担保)、もうひとつは文書の作成が完結することを担保すること(文書完成の担保)です。
「死後」に法的効力が発生する
自筆証書遺言は、だれにも知られずに作成することができます。そして、遺言は遺言者(遺言書を作成した人)が死亡した時にその効力が生じます(民法985条1項)。
民法985条1項(遺言の効力の発生時期)
遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。
したがって、遺言の効力が発生した時には、遺言者はこの世に存在しません。そうなると「この遺言書は本当に亡くなった人が書いた(残した)ものなのか?」と相続人や利害関係者などから疑義が出されることもあるのです。当然ですが、遺言者は既にこの世にいないので、「これは私が書いたものですよ」と言うことはできません。
そうなると、せっかく残した遺言書が、身内同士で遺言書の真贋をめぐって争うことになりかねません。
民法が、自筆証書遺言の成立要件に、「押印」(ハンコを押すこと)を規定しているのは、署名に加えて押印することによって、遺言者本人が自分の意思で残した文書であることの証明力を高くする「真正さを担保する」ためであり、文書が完結したということを明確に示す「文書完成の担保」のためなのです。
「財産目録」に「ハンコ」は必要
平成30(2018)年7月6日、民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号、以下「改正相続法」といいます)が成立しました(同年7月13日公布)。
この相続法改正により、自筆証書遺言を残すには、従来は「全文自書」しなければならなかったものを、自筆証書に添付する「財産目録」については「自書することを要しない」と要件を緩和しました。
これにより、不動産の登記簿謄本(登記事項証明書)や預金通帳のコピーを財産目録に使用したり、財産目録をパソコンで作成する(本人以外の者が作成することも可)ことが可能となりました。
しかし、この場合、財産目録に「署名し、印を押さなければならない」と規定されています(民法968条2項)。この点に十分注意してください。
民法968条2項(自書によらない財産目録)
前項(筆者注:前掲968条1項)の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第997条第1項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
変更するにも「ハンコ」は必要
また、自筆証書遺言を加除・変更する場合も、「署名・押印」が必要です(民法968条3項)。なお、変更の方法は、「変更箇所に二重線を引いて、そこに訂正印を押す」といったような一般に取られる方法と異なります。自筆証書遺言を訂正する場合は、新たに書き直すことをお勧めします(その際は、誤記した遺言書は破棄すること)。
民法968条3項(自筆証書遺言の変更)
自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
このように、テレワークを推進するためには「脱ハンコ」は必要かもしれません。しかし、自筆証書遺言においては、「ハンコ」は成立要件の一つとなっています。仕事場でハンコが不要となっても、遺言書にはくれぐれも押印をお忘れなく!