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BBCには「小さくなれ!」という風が吹く(3) 今後の課題は?

小林恭子ジャーナリスト

名物司会者(故人)による児童虐待疑惑にからみ、大きく揺れる英公共放送BBC。関連トピックを扱った看板番組「ニューズナイト」での誤報の責任を取るために、ジョージ・エントウイッスル会長が今月10日、辞任する事態にまで発展した。9月の就任から54日という短い会長職だった。

BBCは今後、どうなってゆくのだろうか?

エントウイッスル氏の会長就任前に、BBCのメディア専門記者トーリン・ダグラス氏が課題を数点、挙げている(BBCニュースサイト、7月4日付)。

(1)「幅広い視聴者のニーズを満足させる、かつ質の高い番組を作ること」

(2)「大幅予算削減にもかかわらず、レベルの高い番組を成功させること」

(3)「2017年以降の新たな特許状取得に向けて、準備を開始する」

(4)「急速に動く世界中のメディアおよびテクノロジー企業との競争の中で、今後5年間で重要となる技術に向けて歩を進める」

(5)「目減りする受信料収入と増大する商業部門からの収入とのバランスをどうするか」

(6)「世界の放送業界やテクノロジー企業から生え抜きの人材を雇用することが必要であるのに、BBC幹部の給与が下がるばかりの現状をどう考えるか」など。

(2)については、「実質20%の削減」になるBBCの予算縮小で、レベルの高い番組は作りにくくなるとダグラス氏は見る。実際、年次報告書(2011-12年度)に目を通すと、いかに削減できたかの部分が前面に出ており、「ではいかにして、資金と人材が少なくなっても、より質の高い番組が制作できるか」の部分がほとんど見受けられなかった。

「歯を食いしばって、がんばれ」とでも言うかのような報告書の文言に、筆者は将来のBBCの創造性に一抹の懸念を感じた。

これは(2)にも関連する。「前任者の給与が高すぎた」という見方もできるが、マーク・トンプソン前会長よりも十数万ポンド低い給与で会長職を始めたエントウイッスル氏。いくら公共放送とはいえ、どこまで下に行くのかと心配にもなる。

デジタル放送にますます力を入れるBBCが、例えば米グーグルなどのネット大手からトップクラスの人材を投入することが給与面の縛りからできないとすれば、最後には受信料支払い者、つまりは国民にとっても不利になるのではないか。

(5)で指摘された商業部門の成功は、競合他局からの羨望と批判の的だ。

改めて、BBC全体の構成を収入面から見てみよう。

事業収入は41億500万ポンド(約5150億円)。内訳は国内公共サービス(主に受信料収入による)が36億600万ポンド、ワールドサービス(主に政府交付金、14年からは受信料収入でカバー)が2億7700万ポンド、商業活動収入(出版、番組販売など)が2億2200万ポンドだ。国内公共サービスが受信料凍結のために規模を縮小せざるを得ない一方で、商業活動は順調に売り上げを伸ばしている。

商業活動はBBCの国内サービスの資金作りの1手法として使われており、BBC本体への「戻し」金額(2億1517万ポンド)は前年よりも18・5%増えている。受信料収入総額と比較すると微小だが、さらに拡大して行くようだと英放送業界で規模の面では最大のライバルとなる衛星放送BスカイBを含む商業放送からの批判がより高まるだろう。

その一方で、いつまで続くか分からない受信料体制が崩壊したとき、BBCが将来的に自力で収益を出す道を余儀なくされた場合、世界の市場を相手にしたビジネスがBBCの生き残りを可能にするかもしれない。

今後の数年間で、議論に上ってくるのは受信料体制がいつまで続くかであろう。

前回も、特許状更新までの時期に、「受信料制度はもう必要ない」「有料契約制度で十分だ」という声が出た。「BBCの番組をほとんど視聴しないのに、なぜ受信料を払うのか」という不満だ。

―有料購読制は実現するか?

BBCが受信料制度を捨てて、有料購読制に切り替える日がいつになるのかは不明だが、オンデマンド・サービスのアイプレイヤーの成功や五輪のデジタル放送で、BBCはほかを寄せ付けないブランド力を示した。「BBCなら、有料購読してもいいから番組を見たい」-そんなファンが英国内外で増えているとしたら、受信料制度が無くなってもBBCは確実に生き延びるだろう。

しかし、将来のBBCは、1つの大きな組織ではなくなっているかもしれない。

「BBC」というブランドの傘の下で、番組作りのクリエイターたちがさまざまなプラットフォーム(他局も含め)に向けて、コンテンツを提供する「制作者ネットワーク」のようなものに変化を遂げているかもしれないと思う。

―受信料、あれこれ

BBCの受信料は年間145・50ポンド(約1万8700円)に上る。

月計算にすると、テレビに7.45ポンド(61%)、ラジオに2.04ポンド(17%)、オンラインに0.6ポンド(5%)、その他が2.04ポンド(17%)使われている(年次報告書より)。

同報告書に記載されていた、欧州各国の受信料(2011-12年)は、

スイス*が317.7ポンド(約3万9500円)

ノルウェー*が277.94ポンド

デンマーク*が264.27ポンド

オーストリアが231.14ポンド

フィンランドが210.7ポンド

スウェーデンが194.58ポンド

ドイツが180.22ポンド。

英国は145.50ポンドで、これより低いのがアイルランドの133.65ポンド、フランスの104.41ポンド、イタリア*の93.55ポンド、チェコの52.48ポンド。

「*」の数字は付加価値税分を含み、1ポンド=1.20ユーロとして計算されたものだ。

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」の筆者原稿に付け足しました。)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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