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石破茂氏はなぜ「保守」に嫌われるのか?~自民党きっての国防通が保守界隈から批判される理由~

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
2018年自民党総裁選における石破茂氏(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

・自民党きっての国防通、タカ派がなぜ保守派から嫌われているのか?

 自民党総裁選に立候補し、菅義偉氏、岸田文雄氏と競う石破茂氏は、自民党きっての国防通として知られ、小泉純一郎内閣下で防衛庁長官(2002年~2004年)、福田康夫内閣下で防衛大臣を務めた(2008年~2009年)。従来から憲法9条改正や集団的自衛権の行使に前向きな姿勢を表明しており、進歩派からは「右翼」と警戒された。

石破茂著『国防』(新潮社)筆者蔵、以下同
石破茂著『国防』(新潮社)筆者蔵、以下同

 石破氏が小泉内閣下、防衛庁長官を退任した後に出版された自身の著『国防』(新潮社、2005年)には、

私は中国から何か言われても、すぐに平身低頭”ごめんなさい”という気はありません。”理屈がおかしいんじゃないですか”と言えばいいのです。(中略)”日本は侵略国家だ。中国はとにかく理屈より謝罪だ”というような論法の人には、通じない話でしょうが」(P.150-151*強調筆者以下同)

「私がなぜ、徴兵制を憲法違反だとする発想がすごく嫌いなのかというと、民主国家と言うのは本当にみんなで努力しないと守っていけないものだという認識が欠落しているからです。民主国家を守るためには、口で語るのではなく、税金を納め、そして国防の任に就くというのが、本来あるべき姿のはずです。しかし、いかにして税金を逃れるかということが流行り、徴兵制を憲法違反だと得々と言う。私は日本にはそういう国家であってほしくないと思っています」(P.159)

「アメリカら言われたからではなく、日本としてこう考えるという独自の案を持って、それをぶつけて交渉するのが、独立国のあり方、同盟国のあり方です。”お代官さま、おねげぇでございますから、まけてくだせえまし”みやいな調子では、被占領国とあまり変わりません」(P.224-225)

 など、ずらりとタカ派的価値観が並んでいる。

 その石破茂氏に対する所謂「保守界隈」からの評価は、ここ3年間で不思議なほど大きく変わった。石破氏は第二次安倍政権発足後、地方創生担当大臣などとして閣僚入りし安倍政権に協力した。しかし2018年の自民党総裁選では安倍総裁の対抗として一騎打ちがなされ、概ねこのころから「後ろから鉄砲玉を撃つ」などと批判され、更には「保守界隈」やそれに連なるネット右翼からは「左翼」「反日」などと揶揄・批判の対象とされ、保守層からの石破人気は、彼が安倍総理以上のタカ派であるにも関わらず、全く振るわない。この奇妙な原因はどこにあるのだろうか。

・ここ3年で激変した「保守界隈」における石破評

 石破氏に対する「保守界隈」の評価ががらりと批判的に変わったのは、直接的には2018年9月における自民党総裁選(安倍晋三氏VS石破茂氏)の一騎打ちだが、実際には石破氏への保守派からの批判は「自民党内における反安倍勢力(森友問題などで安倍政権を批判)」と表層的に見なされる以前から開始されている。第一の転換点は、これよりも前の2017年5月24日の産経新聞報道が端緒である。この時の報道はどのようなものであったか。

韓国紙の東亜日報(電子版)は23日、自民党の石破茂前地方創生担当相が慰安婦問題をめぐる平成27年の日韓合意に関し「(韓国で)納得を得るまで(日本は)謝罪するしかない」と述べたとするインタビュー記事を掲載した。

 記事は、石破氏が日韓合意に反する発言をしたと受け取られかねないが、石破氏は24日、産経新聞の取材に「『謝罪』という言葉は一切使っていない。『お互いが納得するまで努力を続けるべきだ』と話した」と述べ、記事の内容を否定した。ただ、抗議はしない意向という。

出典:韓国紙、自民・石破茂氏が「納得得るまで日本は謝罪を」と述べたと報道 本人は「謝罪」否定(2017年5月24日、産経新聞*強調筆者)

 これに対し、激烈な不快感を示したのが所謂「保守界隈」であった。とにかく「嫌韓姿勢」を政治家を支持する・しないのリトマス試験紙にしているきらいのある保守界隈において、当時現役閣僚であった石破氏に関するこの記事は、決定的な批判材料となった。当時から保守界隈とネット右翼に極めて強い影響力を持つ作家の百田尚樹氏は、この産経報道を引用する形で「朝日新聞が石破を推す理由の一つがこれだ。石破だけは絶対に総理にしてはならない!!!!!絶対にだ。」(2018年3月19日)とツイート。産経による上記の報道は2017年5月だが、百田氏は約10か月後になって唐突にこの産経報道を引用して石破氏批判を展開した。

 この10か月のタイムラグの理由はなぜか。森友問題で世論が沸騰する中、2018年3月2日に朝日新聞が『森友文書 書き換えの疑い』と報じ、石破氏が「一体どういうことなのか、国民に納得してもらえる解明を自民党の責任でやるべきだ」「税金をちゃんと使っていることを証明するのが公文書であり、勝手に(内容を)変えていいとは思えない」。さらに安倍晋三首相に対し「責任の取り方はいろいろあるが、今回のことを全て明らかにすることが第1の責任だ」(2018年3月16日、日本経済新聞)など、自民党内からの森友追及、安倍批判の急先鋒に石破氏が立った時期と符合している。つまり森友問題での「自民党内からの政権批判」を石破氏が行ったことが、大きく報道された時期とおおむね重なり、石破氏による政権批判が朝日新聞と同調するもの、と保守界隈に解釈された結果、石破氏に関する過去の報道が「発掘」されたのである。

・2017年5月の産経新聞報道で石破批判が過熱

新聞イメージ(フォトAC)
新聞イメージ(フォトAC)

 この当時の保守界隈の空気感は、2018年3月放送のDHCテレビ『虎ノ門ニュース』での、件の百田氏と、ジャーナリストの有本香氏との対話内容が如実に物語っているので、以下引用したい(*強調筆者、カッコ内筆者)。

居島(司会) 今月19日、作家の百田尚樹氏が自身のツイッターで自民党の石破茂元幹事長について怒りのつぶやきをアップしました。百田氏は2017年5月24日の産経新聞の記事を引用。この記事では、韓国紙の東亜日報電子版が、自民党の石破茂氏が慰安婦問題をめぐる平成27年の日韓合意に関し、「韓国で納得を得るまで日本は謝罪するしかない」と述べたとするインタビュー記事が掲載され、これについて石破氏が産経新聞の取材に「謝罪という言葉は一切使っていない」と反論したという内容です。(後略)

百田)まー、あのー、まーこれが、石破さんの過去の発言ですけども、えー、去年です。あの東亜日報に対してね、えー、これまあ作家の村上春樹さんも同じこと言ってますけど、「相手が納得するまで謝らなければ」と。これはまあ日本の戦後の、いわゆるまー、日本をダメにした、あーいわゆるサヨクの、まーもう何十年も使い続けた言葉ですよね。これが日本全体をこう、国際社会にひどい貶めることになったわけですが。これをね、こんなこと言う人間。これに対して産経新聞の人は、(石破氏に)何でこんなこと言ったんやいうたら、いやいや謝罪という言葉は使ってないと言ってるんですが、本人は東亜日報に全く抗議していないんですよね。

有本)謝罪とは言ってないとは言ったんだけど、「両方が納得するまで」とは言ったんということですよ。それで東亜日報には一切抗議をしてない。

百田)それで抗議しないんですか、と言ったら抗議はしませんと。こりゃ本来抗議ですよね、もし言うてないんだとしたら。「何言うてんねん、そんな表現してないだろ、アホンダラボケ、クソ」と言わなあかんのに言うてない。(中略)

百田)朝日はですね、この数年何とか安倍倒閣を、安倍内閣を倒したいという。えーこのじゃあ実際、現実的にどういった安倍内閣を倒すんだと、なってくるとね。これはね、最初は朝日はアホです、アホですからいわゆる選挙でひっくり返そうと思うとったんです。何度もね。ところが野党がもう軒並みドアホやから、もうナンボやっても選挙に勝てない。これはおそらく自民党を倒すのは無理だと。(中略)そうすると、朝日新聞は何を考えたかというと、自民党内で、自民党はしゃーないから、安倍首相だけは変えようと。いうことですよね。

有本)安倍で選挙を勝たしておいて、頭だけすげ替えて、自分たちがまあその、要するにえーその人の首根っこを押さえられるような者にトップを変えてしまおうと、こういう風です。

百田)この作戦をいま一生懸命朝日はやってるんですよ。そうなってくると、じゃあその人物を、自分が自分が、あー居のままに操る人物を自民党の中で選ばなあきませんね。それで選ばれた一人が、石破さん。

有本)一人がっていうか、この人しかいないと思いますよ。朝日が推せる人は今。例えば野田聖子さんなんかもそりゃ朝日に覚えがめでたい部分があるんだけど。野田さんは党内で推薦人集まりません。だからおそらく出られない、総裁選に。総裁選に出て、そこそこ安倍総理のカウンターとしてぶつけられて、なおかつ、えーそのなんというのかな、朝日がですね、えーその生殺与奪を握ると、いう人と言ったら石破さんしかいない。石破さんは、確かに百田さんおっしゃるように、ひとつはこの問題ですね。慰安婦の問題。

百田)慰安婦に関して韓国に納得するまで謝ると。

有本)それからいろいろあるんですよ。石破さんになったら恐らく消費税増税です。はい。(中略)

百田)いま朝日新聞は、安倍総理を叩く、昭恵さんを叩く、一方で石破さんに一生懸命梯子をかけてる。

有本)石破さんをアゲてますよね。(中略)

百田)いまから朝日新聞は、安倍おろしと同時に石破アゲを、一生懸命まあ両方やってるわな。

 つまり2018年3月の時点で、石破=朝日新聞=親韓=左翼という「粗雑な」図式が保守界隈では自明のごとく出来上がっていた。しかしながら石破氏の世界観は、本稿冒頭で『国防』を引用したように、進歩派とされる朝日新聞の論調とは明らかにかけ離れている。そしてこの放送後、2018年の自民党総裁選では安倍総裁が勝利するが、2019年6月に消費税の10%への引き上げ(骨太の方針)が閣議決定され、同10月に10%への増税が実施されている。

 皮肉なことに、消費増税を決定したのは石破氏ではなく安倍総理であった。また紹介した産経新聞の報道では、石破氏は「謝罪という言葉は一切使っていない」と反論しているが、上記百田氏の発言から分かるように、石破氏側の反論を考慮しないで「韓国に納得するまで謝る」という風に一方的に変換されている。

 どうもこのあたりから石破=朝日新聞=親韓=左翼という「粗雑な」図式が保守界隈やネット上に流布したようである。それに加え、「石破は消費増税派である」、という根拠のないフレーズまで独り歩きした。しかしながらこの時期、保守界隈がことさら石破氏批判に躍起になった根拠は、やはり2017年5月24日の産経新聞報道を下敷きにしたものである。保守派は従来から「従軍慰安婦は高い給料を貰っており、よって日本が謝る必要はない」「従軍慰安婦はでっち上げ」等と繰り返してきた。この件に関して、「日本側からの謝罪」という世界観はもっての外である。

 石破氏が「韓国で納得を得るまで日本は謝罪するしかない」と東亜日報に語ったか否かの事実よりも、こういった漠とした「親韓(―謝る、という姿勢が親韓かどうかは兎も角)」イメージが、当時自民党内から森友批判を行っていた石破氏への批判の論拠として存分に使用された。それに加え、保守界隈が呪詛の対象とする朝日新聞が根拠なく付加された。かなり批判の理屈としては浮薄な展開である。

・ネットで出回る石破批判「怪文章」の実際

 現在、主にネット上で乱舞する「石破批判」の怪文章的内容の中には、「石破茂は自民党から離党し、世話になった派閥やドンを裏切ってきた」というものが多く含まれている。しかしこれは殆どすべて後付けの理屈である。確かに石破氏は、細川・羽田連立内閣時代、下野した自民党を離党している。しかしこの時期に自民党を離党したのは石破氏だけではなく、鳩山邦夫代議士など少なくない。そもそも、石原慎太郎氏も小沢一郎氏も鳩山由紀夫氏も、もとをただせばすべて自民党の議員である。平沼赳夫氏は自民党だったが離党して「次世代の党」等に参加し、また自民党に復党した。小池百合子都知事は言うに及ばずである。

 そして「世話になった派閥やドンを裏切ってきた」というのも、所謂1970年代の「三角大福」を筆頭とした自民党の血生臭い派閥抗争の歴史を考えれば、特に珍しいものではない。〇〇チルドレンなどと称される、小選挙区における大勝利で量産された1年生議員が大量に自民党に流入し、党籍や派閥をほぼ変えないでそのまま所属し続けるというのは概ね小泉以降の話で、それ以前、派閥を鞍替えするのは当たり前の事であった。

 派閥の異動、派閥の分裂、果ては派閥の乗っ取りは、数多くの疑獄や政局を切っ掛けとしておおむね90年代まで普通であり、自民党内からの倒閣運動もまた宏池会分裂につながる「加藤の乱」(2000年)を直近のいち例として、特段珍しいものではない。よって「石破茂は自民党から離党し、世話になった派閥やドンを裏切ってきた」というのはやはり完全な後付けの理屈である。それよりも「慰安婦」にまつわる、保守界隈の「嫌韓」「慰安婦否定」という今日的逆鱗に触れる産経報道が「発掘」されたことによる、漠とした嫌悪感に他ならない。

 しかし所謂保守界隈が、この一点だけを以て彼らが石破批判に急速に舵を切ったと断定してよいのだろうか?実は時をさかのぼる事約12年前、2008年にも保守界隈からの痛烈な「石破批判」が展開された。私はここにこそ、本来石破氏の世界観と相性が良いはずの保守派が、なぜ石破氏を嫌うのかの本質があるように思えてならないのである。

・渡部昇一氏による2008年の石破「国賊行為」論文

2008年の月刊誌『WiLL』における渡部論文
2008年の月刊誌『WiLL』における渡部論文

 石破批判の端緒は2017年5月の産経新聞における「慰安婦問題に関する韓国への謝罪(報道)」であるとしたが、それ以前から保守界隈による石破氏への批判のマグマは鬱積していた。2008年6月、月刊誌『WiLL』における故・渡部昇一氏(上智大学名誉教授)による突然の石破批判論文がそれである。タイトルは『石破防衛大臣の国賊行為を叱る』(P.270~)である。

 当時、石破氏は福田康夫内閣下で防衛大臣を務めていた。「国賊行為」というのはいささか過激だが、渡部氏は石破氏の何が「国賊行為」として檄文を書くに至ったのか。渡部論文の要旨としては以下の通りである。

総論 中国共産党系の新聞(世界新聞報・2008年1月29日)における石破氏のインタビューでの同氏の発言内容が以下の様にけしからんものである。

1)私は防衛庁長官時代に靖国神社を参拝したことがない。第二次大戦の時に日本の戦争指導者たちは、何も知らない国民を戦線に駆り出し、間違った戦争をした。だから私は靖国神社に参拝しない、あの戦争は間違いだ、多くの国民は被害者だ。

2)日本には南京大虐殺を否定する人がいる。30万人も虐殺されていないから南京大虐殺そのものが存在しないという。何人が死んだかと大虐殺があったかは別問題だ。

3)日本には慰安婦についていろいろな見解があるが、日本軍が関与していたことは間違いない。

4)日本人が大東亜共栄圏の建設を主張したことは、侵略戦争に対する一種の詭弁だ。

5)日本は中国に謝罪するべきだ。

(等々)

 WiLL編集部は石破事務所に対し、「世界新聞報のインタビューでの発言内容は事実であるか」と照会したところ、「事実に即していないと言うほどではありませんが、事実そのままでもありません」「(発言内容の訂正を求める等の)特段の対処はしておりません」としたとして、同号本文P.271に石破事務所からの回答書を掲載している。しかしながら渡部論文では、このような石破氏側の主張はほとんど無視し、石破氏がインタビュー通りに発言をしたことを前提に、

「”中国に対して謝罪すべきだ”と言うような防衛大臣が指揮する中で、日本の自衛隊が奮い立てるでしょうか。本当にこの内容を話したのであれば、これは国賊行為です」(P.272)

「私は”国家名誉褫奪(ちだつ)罪”を作るべきだと思います。投獄したり財産を没収するのではなく、国から贈られた名誉を剥奪すべきです」(同)

「この石破防衛大臣のような人を生んだ背景に、戦後日本の一番の問題があります。それは占領軍による日本人へのギルト・コンシャスネスの植え付け、すなわち日本人に罪悪感を与え、日本から正統な歴史を奪うプログラムです。そのために占領軍は様々な占領政策を施し、それが日教組を通じて、左翼の教育関係者や言論人に行き渡り、彼らがそれに乗って、戦後の日本人を洗脳し続けてきた。その結果として、石破防衛大臣の世代があります。」(P.272~P.273)

 と陰謀論的な手法をも使って過激に筆致が上がっていく。最後に

「自衛隊は謝罪しながら国防に当たるのか。そんなアホなことを防衛大臣は部下に要求するのか。しかも、石破氏は現役の防衛大臣です。(中略)中国に対して、朝日新聞も驚くような「謝罪外交」をする人物に日本の防衛は務まらない。辞任するべきでしょう」(P.279)

 と手厳しく結んでいる。

 2017年の産経新聞報道をきっかけに降ってわいたかに見える保守界隈からの石破批判は、時をさかのぼる事2008年の時点で、当時保守界隈の重鎮である渡部氏から出ていた。この両者に全く共通する点は、「石破氏が本当にそれを言ったとしたら」と前置きをしながらも、すでに文中では「言ったこと」を大前提にして批判を組み立てていることである。そして渡部氏による石破批判を読むと、単に「自分の思想や歴史観と違うから=それは左翼と朝日新聞の理屈だからけしからん」というだけで批判の理屈全てが組み立てられている。理論展開としては軽佻浮薄に過ぎ、やや幼稚ですらある。

 そもそも、渡部氏の問題とした1)の靖国神社参拝は、そもそもこの渡部論文が書かれた当時、退陣していた第一次安倍内閣での安倍総理ですらも実現していないことである。先の大戦における「間違った戦争」という認識は、特に村山談話(1995年)以降、自民党政権が踏襲しているものである。2)南京については、同等のことを歴史学者の秦郁彦氏が検証している。3)の慰安婦は、これまた「侵略」を認めた村山談話の前、河野談話(1993年)以降、「日本軍の関与」を自民党政権が踏襲している。4)と5)は価値観の問題だが、自民党議員として歴代自民党政権が「侵略」と「痛切なお詫び」を表明している以上、特段批判には当たらないのではないか。

 こうなってくると、「石破氏は自分の気に入らない世界観を持っている(疑いが濃厚)」というだけで、この時期の石破批判が保守界隈の重鎮・渡部昇一氏から展開されたことが分かる。しかしこの渡部論文には後日談があり、2008年9月の雑誌『正論』では、この渡部論文を受けて石破茂氏自らが評論家の潮匡人氏と対談という形で反論を試みているのである。

・石破氏の『正論』紙上での反論

2018年の月刊誌『正論』における石破氏の反論
2018年の月刊誌『正論』における石破氏の反論

 2008年9月の雑誌『正論』では、『我、国賊と名指しされ―防衛大臣としての真意を語ろう』(P.108~)として、上記2名の対談という形で石破氏による反論が掲載されている。*カッコ内・強調筆者以下同

最近の保守系メディアの論調が、エキセントリックな論調になっていることへの違和感は覚えます。(中略・米上院外交委員長を務めたフルブライトの言葉を引用し)過激な言葉は決して他人の共感を呼ばない。私はこの言葉を高校時代に読んで以来、過激な言葉は使うまいと誓った。過激な表現は多くの人々の共感を得ないし、納得も得られない。結局、世の中をよくすることにならない。エキセントリックで刺激的な言葉ではなく、もっと静かに、真摯に話し合うべきだと思うのです。(中略)ただ、渡部先生は政治家ではなく学者ですし、私への叱責も国会の論戦ではなく、商業ジャーナリズムの世界での批判ですから、ご事情は理解しますが、こういう傾向が強まることが本当にいいことなのか、かなり疑問です」(P.109)

 と柔らかにだが渡部論文を掣肘する内容になっている。そのうえで、前記WiLL紙上に載った「石破事務所からの回答」は正確なものではなく、また海外メディアの掲載をいちいち確認するのは現実的ではない、としている。これに対しては潮氏も「もし”共産党系”メディアの取材を受けるな、ということなら、いっさい中国メディアの取材を受けてはいけないということになってしまう。あるいは全部ゲラで確認しなければいけないということになる」(P.111)と賛同している。

 またこの反論対談の中で石破氏は、渡部論文に対する反論の中核として、決定的な歴史観を開陳する。それは防衛庁長官に就任してから靖国神社に参拝していない理由を説明したものである。以下引用する。

「あの戦争は、まともに考えれば勝てるはずのない戦争だった。決して後知恵で言っているのではありません。昭和16年7月には陸軍主計課が緻密な戦力分析を行い、8月にはそのデータを引き継いだ政府の総力戦研究所が日米開戦のシュミュレーションで日本必敗の結論を出して、総理はじめ政府中枢に報告している。(中略)勝てないとわかっている戦争を始めたことの責任は厳しく問われるべきです。(中略)負けるとわかっていて何百万という国民を死に追いやった行為が許されるのか。さらに”生きて虜囚の辱めを受けることなかれ”と大勢の兵士に犠牲を強いた。神風特攻隊も戦艦大和の海上特攻も、何の成果も得られないと分かった上で、死を命じた行為が許されるとは思わない。陛下の度重なる御下問にも正確に答えず、国民に真実も知らせず、国を敗北に導いた行為が、なぜ”死ねば皆英霊”として不問に付されるのか私には理解できない。敗戦時に”一億総懺悔”という言葉が流行ったが、なぜ何の責任もない人まで懺悔しなければならないのか。本当はもっとそこがきちんと議論されるべきではないでしょうか」(P.112)

 これに対して潮氏も「猪瀬直樹著『昭和16年夏の敗戦』(文春文庫)で描かれた通りなのでしょう」と賛同している。そしてこの、2008年に渡部昇一氏によって展開された「石破は国賊」という批判は、またも本稿前半におけるDHCテレビでの百田氏・有本氏の石破批判が、前年の産経新聞報道を約10か月を経てまるで「発掘」したようになされているのと同じで、この時の渡部氏による石破批判は、ちょうど保守界隈で石破批判が再燃した2017年ごろから再び界隈で引用されだした。

 それは元正論編集長の上島嘉郎氏によるもので、右派系番組「日本文化チャンネル桜」に出演した同氏は番組内において、2017年5月に『石破茂の国賊行為を叱る / 国連という“外圧”を利用する人びと』として、この時の渡部氏による石破批判を引用して、石破批判を再展開した。実に9年を経た引用である。これを見た右派系ネットユーザーの多くが、『正論』の原典を読まず、ほとんど無批判に「石破=左翼」のレッテルを張った。

 また上島氏は同時期に、経済評論家の三橋貴明氏が主宰する『新日本経済新聞』に寄稿(2017年6月2日)し、渡部昇一氏に直接伺った話として、「石破氏に日本を貶める意図はないとしても、不当な非難に抗して日本の名誉を守る意欲が感じられません。日本国の大臣である以上、中立という立場はあり得ないということがわかっていない。石破氏は歴史学者や評論家ではないはずです」と伝え、上島氏の総論として「石破氏は将来の総理大臣候補の一人であると見なされていますが、相応しいかどうかの判断材料の一つがここにあります」と結んでいる。しかし渡部昇一氏も歴史学者ではないはずだが、その点には触れられていない。

・保守界隈の排外の理屈から生まれた石破批判

 つまるところ、3年前からにわかに展開されだした保守界隈からの「石破批判」は、それよりずっと前の2008年における渡部昇一氏による軽佻浮薄ともいえる石破批判が界隈でマグマの様に鬱積し、その延長線上で当時森友問題で語気を強める進歩系新聞と、石破氏を筆頭とする自民党内からの安倍政権批判の時期に、改めて「発掘」されたことが原因と解釈することができる。保守界隈からの石破批判は2017年頃から活発になったが、その底流には2008年の渡部論文がある。それがネット番組やブログ等で「発掘」され、時を経て引用されることで、「石破=左翼、反日、親朝日新聞、親韓」などの歪曲されたイメージが定着した。

 だが、こういった石破氏の歴史観は、石破氏が従前から自著等で開陳してきたもので、石破氏の著書の読者であれば特段驚くには値しないものである。そして石破氏の世界観は、一貫して憲法9条2項改正で、集団的自衛権の行使にも賛成の立場である。自由民主党は概ね先の大戦の反省からスタートした大衆政党であるから、石破氏の歴史観は保守本流そのものだ。

 が、保守界隈には「いったん敵」と認知した人間に対して、少しでも自分たちの価値観・歴史観と違うと「国賊」などと排外し、言葉尻をとらえて批判し、そこにすぐ「朝日新聞」とか「左翼」を連想して強引に連結する傾向が強い。石破氏は場合によっては安倍総理よりも一貫してタカ派的価値観を有しているにもかかわらず、こうした保守界隈の「排外の理屈」に絡めとられたともいえる。

 

 ある人物の価値観の中に少しでも自分たちの価値観と違う文脈が混じっていると、それを異物と捉え、「排除」し、敵と認定しようとするのは新左翼の内ゲバと何ら変わることはない。そして先の大戦の敗戦責任と侵略への反省、慰安婦問題についての反省(河野・村山談話)は第二次安倍政権(戦後75年談話)も公式に継承しているものである。

 また先の大戦での敗戦責任・反省と、安保政策は別物であるが、そういった視座は保守界隈には薄弱であり、「あの戦争は自衛戦争であった」とか「慰安婦問題で韓国に謝るのは言語道断」のような保守界隈の好む歴史観を共有しないと、支持の対象にはなりえないというのである。だが、この両方とも、繰り返すように第二次安倍政権では公式に否定されている。なぜ第二次安倍政権の見解として否定されている歴史認識を踏襲すると「国賊」とされるのか。それならば第二次安倍政権自体の方針が「国賊」になってしまうが、そうした動きは保守界隈にはあまり見られない。ここまで来ると相当な支離滅裂の感がある。

 ちなみに石破氏は、前掲『国防』の中で、

「核に関して言えば、日本では議論することすらタブーになっています。この国は変な国で、核抑止力を正面からちゃんと議論したことが過去にありません。(防衛庁)長官であった時には言えなかったのですが、個人的には非核三原則にも疑問があります」(P.144、カッコ内筆者)

 とある。もちろん石破氏は「私は”日本核武装論”を採らない人間」(P.146)と断っているが、保守界隈と一見親和性のある安保観を石破氏が幾ら採ろうとも、原典を読まないで新聞報道の二次引用やネット番組での発言の引用にのみ寄りかかるかたちで、保守界隈からの石破批判は今日も続いている。そしてそれは、おそらく彼らの仮想敵として、とかく便利な格好の標的になり得たのであろう。(了)

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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