「お坊さまと鉄砲」。

　人の心に平穏をもたらす存在と、人を傷つけるモノが並ぶ本作のタイトルを前にすると、ちょっとドキりとするのではないだろうか？

　たとえば、お坊さんがわけあって銃を手にするといった、なんとも物騒な物語をついイメージしてしまうのではないだろうか？

　でも、本作は、そのイメージを軽やかに裏切ってくれる。

　物語の舞台はブータン。2006年、国王陛下が退位の意向を発表し、ブータンは民主主義体制への移行を進める。

　総選挙で新しいリーダーを選ぶ必要があるが、ブータンではここまで選挙が実施されたことはない。

　ということで国民の理解促進を図るため、“模擬選挙”の実施が決定。４日後の満月の日に行われることになる。

　この報を聞いた、山で瞑想修行中のラマは、弟子のタシに「満月までに銃を二丁手にいれるよう」指示。

　詳しい理由は明かさないがラマは「物事を正さねばならん」とだけ語る。

　このことをきっかけに小さな村が騒動へ巻き込まれていく。

　ただ、銃は物語の中心に位置する重要なアイテムではあるが、暴力や戦争とは無縁。むしろ平和と幸福について語られた一作へと結実していく。

　手掛けたのは長編デビュー作「ブータン 山の教室」が世界で高い評価を受け、ブータン映画で初めてアカデミー賞にもノミネートされる快挙を成し遂げたパオ・チョニン・ドルジ監督。

　長編第二作目となった本作でさらにその評価を高めた注目の新鋭に訊く。全六回／第一回

はじめは誰にも見向きされなかったです

　先述した通り、パオ・チョニン・ドルジ監督が2019年に発表したデビュー作「ブータン 山の教室」は、世界各地でヒット。濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」などとともに第94回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされた。

　これはブータン映画初のオスカー候補となる歴史的快挙でもあった。

　この成功をいまどのように受けとめているだろうか？

「映画を発表したのが2019年で、オスカーにノミネートされたのが2022年のこと。

　ここからわかるようにちょっとタイムラグがあるんです。

　すごい長い時間を経てノミネートされた経緯があるので、いまだに奇妙な感じがします。

　そもそも発表した直後というのは、誰も興味を示してくれる人がいませんでした。

　それもある意味、仕方ないといいますか。

　ものすごく低予算で作った作品でプロデューサーもいなければ、配給もついていない。セールスのエージェントもついていない。何から何までわたし一人で対応して完成までこぎつけた作品でした。

　しかも、ブータンという映画先進国ではない辺境の映画で。

　そのブータンにおいての辺境といえる山奥を舞台にしている。

　それこそ電気も来ていない山村エリアでの撮影で、ソーラーバッテリーで電源を確保しながら映画作りに取り組んでいたんですね（笑）。

　つまりまとめると、無名の新人監督が、ほぼ一人で作った、ブータンという映画界でまったく注目されてない国の映画だったわけです。

　だから、ほんとうにはじめはまったく見向きもされませんでした。

　いろいろな映画祭に応募しましたが、なにひとつひっかかりませんでした。

　世界のなにかしらの映画祭で上映ぐらいはできるだろうと考えていましたが、世の中はそう甘くはなかったです（苦笑）。

　一向に配給もつかないし、エージェントもつかない。『これが現実なんだ』と、映画を見てもらう場を作ることがどれだけ難しいことかを実感していました」

一番最初に日本で配給がついたことが大きな転機に

　ただ、少ししたとき風向きが変わったという。それは日本のおかげだと語る。

「少ししてエージェントがついて映画祭にひっかかるようになって、配給がついたんです。

　で、実は一番最初に配給がついたのが日本だったんです。

　ありがたいことに、日本で『ブータン　山の教室』は好意的に受け止めていただくことができました。

　実はこのことが大きくて、そこからいろいろな事態が好転していって、気づいたら最終的にオスカーのノミネートにつながっていったんです。

　映画後進国ブータンでほぼほぼ一人で作った小さな映画が、最終的に映画の都ハリウッドに届いた。

　しかも、アカデミー賞授賞式の会場で隣の席を見ると、そこには日本の濱口竜介監督がいらっしゃいました（笑）。

　にわかに信じがたいといいますか、現実なんだけれど、非現実的というか。

　シュールな感じであの場にいたことはいまもよく覚えています」

（※第二回に続く）

「お坊さまと鉄砲」

監督・脚本：パオ・チョニン・ドルジ

製作：ステファニー・ライ

撮影：ジグメ・テンジン

出演：タンディン・ワンチュック、ケルサン・チョジェ、タンディン・ソナムほか

公式サイト：https://www.maxam.jp/obousama/

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開中

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