アリババはなぜオリンピックやeSportsに投資するのか(Alisports幹部インタビュー)
他のあらゆる産業と同様に、スポーツ・エンターテインメントビジネスの世界においても、今後最も重要なマーケットと考えられるマーケットの一つは、間違いなく中国だ。国として「80兆円産業を目指す」と宣言しており、2022年の北京冬季五輪および、2022年杭州アジア大会に向けては、国を挙げて準備を進めている。
今回、2015年に設立されたアリババの子会社で、スポーツの事業を担当するAlisportsの幹部二人にインタビューをすることが出来た。
2028年まで最高位(TOP)スポンサーとなっているオリンピックを含めたスポーツ全体の投資戦略について、そして、約15億円を投資してeSportsの国別チーム対抗戦World Electronic Sports Games (WESG)など最も力を注ぐ領域の一つであるeSportsについて、またスポーツ・エンターテインメント領域以外にも決済・AI・シェアサイクル・自動運転・動画配信など、あらゆるビジネスで競合するテンセントとの違いについて質問した。
スポーツへの投資の背景にあるねらい
後藤: アリババグループは、オリンピック、FIFAクラブワールドカップ、eSportsの国別チーム対抗戦WESG、 また中国カレッジバスケットボール連盟(CUBA)、NCAAのバスケットボールといった大学スポーツまで、様々なスポーツに多額の投資をしていますが、それぞれどういった目論見を持っているのでしょうか?
David: Alisportsをとおしてスポーツに投資する事によって、アリババグループは「スポーツのインフラ」になろうと考えています。
例えば、スポーツをする人が、道具を買うとき、場所を探したり予約したりするとき、一緒にプレーするパートナーやチームを探すとき、全てのシーンで使ってもらえるソリューションを提供するということです。
観戦するときにも、チケットの販売は「Damai」、グッズの販売は「Taobao」、そして顔認証によるスタッフや観客のパスの発行まで、アリババグループの企業の中で全てのソリューションやインフラを提供していきたいと考えています。いま中国最大のモバイル決済サービスであるAlipayの中にも、スポーツに関する決済プラットフォームを構築しており、既に1,000万以上のユーザーが利用しています。
また、スポーツコンテンツの放映権を獲得して、同じくアリババグループ企業である動画配信サービスの「Youku」で放送し、こういった「インフラ」となるサービスへの動線を作っていくのも重要なミッションです。
アリババは、IOCのTOPパートナーであり、OCA (Olympic Council of Asia) のパートナーでもあります。2018年にインドネシア、2022年にアリババ本社のある中国杭州で開かれるアジア大会や、2022年の北京冬季五輪はこういったテクノロジーソリューションがどうスポーツ体験を変えていくのかを私たちが世界に示していくための重要な舞台になると考えています。
後藤: スポーツに対する投資として、今後数年間どのくらいの金額を投じる予定なのでしょうか?
David: 現時点で具体的な数字を持っているわけではなく、金額的な上限は設けていません。
特に若い人たちが参加しているスポーツに焦点をあてており、大学スポーツ、マラソン/ランニング、そしてeSportsの3つがいま重点的に投資している分野です。
こういった若い人たちが大勢参加するスポーツに投資する大きな理由は、これらが「未来のスポーツの中心」となっていくと考えていること、そしてもう一つは、アリババのビッグデータソリューションをスポーツの領域でも活用していきたいと考えていることです。
Jason: ここは私から補足すると、Alisportsはアリババのクラウドソリューション「Alicloud」のチームと密に連携を取っています。Alicloud上で、スポーツ関連のEコマースやチケッティング、動画配信、決済サービスなどのデータを統合・解析して、IOCなどの競技連盟、スタジアム・ジム・コミュニティセンター・スポーツクラブなどの施設のオーナーに視覚的にデータが見れるダッシュボードを開放し、ファンやアスリートがより良いサービスを受けられるようにしているのです。これが、Alisportsが考える「インフラ」の形です。
David: Alisportsは2015年に出来たばかりの会社で、当時すでに中国のスポーツ業界ではテンセントや蘇寧電器(※インテル・ミラノのオーナー)やワンダグループ、LeSportsのような巨大企業が主要なコンテンツを買い漁っていました。後発の私たちは、どういった領域にフォーカスしていくべきなのか、慎重に考える必要がありました。
たどり着いたのが、アリババグループであるという強みを最大限に活かして、アリババのソリューションプラットフォームにスポーツコンテンツを乗せていくというやり方でした。サッカーなど単一の競技に深く入り込んでいく戦略ではなく、広く全てのスポーツに関わり、アリババのソリューションを使ってマネタイズしたり、そこから得られるデータを利用してマネタイズしていくことを目指しています。
eSportsはまだこの先5〜10年くらいは投資フェーズだと考えているコンテンツですが、他のスポーツに関しては既に、トラディショナルなビジネスモデル、つまりスポンサー収入・チケット・放映権のマネタイズ・グッズ販売というやり方で収益を上げることに成功しています。Alisportsは前年比40-60%のスピードで成長していて、社員も2年で200人まで増えました。
eSportsとトラディショナルスポーツのビジネスモデル
後藤: eSportsは将来どのような収益モデルになると考えていますか?
Jason: 現状では、eSportsにはトラディショナルスポーツほど多くのマネタイズの方法がありません。
先程言ったとおり、Alisportsのトラディショナルスポーツにおけるビジネスモデルは、スタジアムやスポーツクラブのような施設のオーナーに提供するプラットフォームソリューションです。データを使って、観戦に来るファンを増やしたり、クラブの会員数を増やすためのツールを提供します。eSportsでは、プレーヤーが集まって一緒にプレーするというスタイルがまだ一般的ではなく、このビジネスモデルが応用できないのです。
David: アリババはゲームタイトルを持っていませんから、テンセントやNetEaseのように自社のゲームを販売することで収益を上げることが出来ません。
そこでAlisportsは、eSportsのイベントオーガナイザーとなることで、トラディショナルスポーツと同じように収益を上げることを目指し、国別チーム対抗のeSports世界選手権、World Electronic Sports Games(WESG)を立ち上げました。国別対抗のeSportsイベントとしてはいま世界最大のトーナメントであるWESGのオーガナイザーとして、またオリンピックのTOPパートナーとして、アリババはeSportsをオリンピックスポーツとしても通用する真の「スポーツ」に育てようとしています。
もちろん、eSportsは他のスポーツと大きく異なるDNAを持っているので、将来他の収益モデルが生まれることも十分考えられますが、今はトラディショナルスポーツと同じように、チケット販売、マーチャンダイジング、スポンサーシップや放映権のセールスによって収益を上げています。現状ではスポンサーシップによる収入が最大の割合を占めています。
Jason: 中国のeSports市場が他の国と少し異なっているのは、地方自治体と政府から支援を得られることです。試合会場の提供や新築、ホスピタリティ面でのサポートから、資金提供、地元のスポンサー企業の紹介まで、その形は多岐にわたります。
私が知っている限り、欧米ではeSportsのイベントオーガナイザーは基本的に全ての運営コストを自分たちで支払い、スポンサー収入などでそれを回収していく必要があるはずです。
将来的なビジネスモデルという点で、私が個人的に注目しているのは、「プレミアム視聴」です。
後藤: それはどういうことでしょうか?
Jason: 例えばアメリカのNFLは、ウェブサイトでライブやオンデマンドで試合を配信していますが、それを見ようと思うとユーザーは月額約20ドルを支払わなくてはいけません。eSportsは世界ではYouTubeやTwitch、中国ではDouyu TV, Panda TV, and Huya Liveといったサイトでファンが試合を観ていますが、まだサブスクリプションモデルは一般的ではありません。
いまeSportsの配信は、プレーヤーの視点をそのまま配信し、誰もが同じ画面を見ていますが、いずれは、ファンがそれぞれの好きな視点を選べたり、ズームイン/アウトが出来たりするようになり、そういった「追加の視点」に対して課金するビジネスモデルが生まれると考えています。既にそういうことを試験的に実施しているスタートアップもあります。
David: アリババグループの主要な顧客は若いアジアの人たちです。Alisportsのゴールは、若い人たちと一緒に、新しいテクノロジーで既存のスポーツビジネスにイノベーションを起こすことです。IOCも、オリンピック・ムーブメントにもっと若い人を巻き込もうとしていて、私たちも、eSportsという新しいスポーツで若い人たちにもっとスポーツに触れてほしいと思っています。
eSportsがオリンピックスポーツとしてふさわしいかどうかには様々な意見があり、IOCとも協議を重ねていますが、私は、eSportsは「特定の条件下において」スポーツとして成立すると考えています。eSportsを通してスポーツの精神を学んでもらうことができれば、身体的なスポーツを始める若者も増えると思っています。
Jason: eSportsはまだ発展途上の若いスポーツで、まだ国際的なルールやガイドライン、レギュレーションも他のスポーツほど整っていません。私たちは、WESGをオリンピックスタンダードを満たすトーナメントにし、eSportsの競技大会のスタンダードにしたいと思っています。
WESGを立ち上げてから2年経ちましたが、今年のWESGには206の国と地域のチームがオンライン予選とオフライン予選で参戦し、国別チーム対抗戦としては圧倒的に世界最大規模の大会となりました。
オフライン、つまりスタジアムなどにチームが一堂に会して行われるイベントは、世界38カ国で行われて、中国国内では23の全ての省で行われました。海南省で行われた世界一を決めるグランドフィナーレには46カ国から500人の選手が訪れました。
後藤: すごい規模ですね。グローバルなeSportsの発展を見る上で、注目すべき国はありますか?
Jason: いくつかの小規模な国が政府の主導によってeSportsの協会を立ち上げています。例えば、トルクメニスタン、セルビア、イラン、パキスタンといった国です。普段スポーツのニュースでこういった国の名前を聞くことはほとんど無いと思いますが、実はeSportsでは強豪クラブチームがこういった国から選手をスカウトしており、政府もeSportsを強力にバックアップしています。
昨年トルクメニスタンで、アジアインドア・マーシャルアーツゲームズが行われたのですが、そこでeSports競技もデモンストレーションとして開催されました。WESGを立ち上げたときには、トルクメニスタンでイベントが出来るとは夢にも思わなかったですが、政府の強力なバックアップだけでなくて、子どもから大人まで、ファンと観客のものすごい熱気に圧倒されました。
「大きなスポーツイベント」というと一般的にはニューヨークとかロサンゼルス、ロンドン、上海などをイメージすると思いますが、eSportsがこういった小規模な都市でも盛り上がっているのは、とても面白いと思っています。
後藤: WESGを含め、eSportsのイベントにはオンラインで予選が行えるという強みがあると思います。選手全員が1箇所に集まらなくてもイベントに参戦、観戦ができて、もし「プレミアム視聴」のようなサービスが実現しても決済までオンラインで完結出来ますよね。eSportsならではのマネタイズを考えた時に、この特徴はキーになってくると思いますか?
Jason: WESGはまだ2年目ですが昨年の予選には、オンラインで68,000人の選手が参戦しました。現状WESGの予選への参戦は無料ですし、当面プレーヤーから課金することは考えていません。
ただし、参戦することのハードルが低いのはeSportsの大きな強みです。ハードコアなファンはプレーヤーとして参戦してきますし、参戦する人が増えればそれだけトーナメントのレベルが上がり、良い試合が増えれば観戦者も増えます。観戦者が多くなれば、そのぶんスポンサー収入や放映権収入が増えます。
また、参戦するプレーヤーが増えると、ファンイベントを多く開催出来ます。参加者の密度が高い地域がデータで分かるので、そこでリアルイベントを開催出来るのです。開催出来るリアルイベントの数が増えると、スポンサーに対して提供出来る露出やメリットも増えます。
アリババとテンセント。eSportsの領域における違い。
後藤: ゲーム、音楽、映画からアニメ、漫画、スポーツまで、中国のエンターテインメントビジネスでは、テンセントの存在感は大きいと思います。eSportsにおいてはアリババとテンセントには戦略やビジョンにどのような違いがあるのでしょうか?
David: テンセントとアリババは間違いなく中国のインターネットビジネス、エンターテインメントビジネスにおける最も重要なプレーヤーです。
eSports領域においての最も大きな違いは、私たちがサードパーティーの「イベントオーガナイザー」であるのに対し、テンセントが「ゲームパブリッシャー」であるということでしょう。
テンセントがリーグ・オブ・レジェンドなど自社のゲームタイトルに焦点を絞って、ゲームのマーケティング予算からイベントオペレーション費用や賞金を捻出しているのに対し、私たちは自社のゲームタイトルを持っていないので、スポンサー収入、放映権セールスなどが収益源になります。
放映権セールスはまだほとんど収益になっておらず、スポンサー収入もトラディショナルスポーツに比べるとまだ少ないため、私たちのほうがマネタイズが難しいモデルでビジネスをしていると思いますが、逆に良い点としてはeSportsの業界内で中立的なポジションを取れることです。
全てのゲームデベロッパーのゲームの中から、eSportsの大会を開くのに良いゲームを選択することが出来ますし、例えテンセントのゲームであってもそれが理由で採用しないということにはなりません。
Jason: 最初に述べたとおり、Alisportsはスポーツのインフラであり、プラットフォームになることを目指しています。テンセントが自社のゲーム以外を使ったeSportsに投資することや、ゲームのセールスにおいて重要でない地域に進出することは考えにくいですが、WESGはeSportsのプラットフォームとして、どんなゲームタイトルにもオープンなトーナメントにしていき、小規模な国も含めよりグローバルに進出していきたいと考えています。
もう一つの違いは、これからのeSportsの発展に対する考え方だと思います。最近テンセントがある記者会見で強調していたのが、彼らはeSportsを「カルチャー」として育てていきたいということでした。Alisportsは明確に、eSportsを「競技スポーツ」として育てていこうと思っています。
David: eSportsを将来的にはオリンピックスポーツとしたいと考えている私たちにとって、重要なのは選手であり、チームであり、彼らが代表する国です。彼らがプレーするゲームのデベロッパーがどの会社なのか、モバイルゲームなのかプレイステーションなのかといったことは重要ではありません。
もちろん、プレーヤーは何か特定のゲームに触れるところから始めるのですが、上達して、チームを作って、そのチームで他のゲームもプレーしながら、対戦相手に勝って、トーナメントを勝ち上がっていきます。その過程で彼らがチームスピリットを学ぶことが、どのゲームタイトルをプレーしているかよりも遥かに重要です。
Alisportsはいろんなゲームタイトルを扱い、eSportsの競技への入り口を増やしていこうと思っています。
eSportsがオリンピックスポーツになるためには
後藤: eSportsに関しては、子供の教育に対する悪影響など、ネガティブな意見もよく聞かれます。こういった意見がeSsportsの発展にブレーキをかける可能性はありますか?
Jason: まず、通常のゲームと、eSportsとの間には明確に線引きをしなくてはいけません。確かに一日何時間もゲームに没頭する子どもはたくさんいて、教育や社会的側面で子どもに悪影響があると考える親もいます。
eSportsはゲームの中でも、競技性の高い、主にチームで戦うタイプのゲームでのみ行われる「スポーツ」です。もちろんネガティブな側面が無いとは言えませんが、まずは通常のゲームとの違いを理解してもらいたいと思っています。
David: 個人的な感覚ですが、おそらく世の中に出ているゲームのうち、eSportsと呼べるものは30%もありません。戦争を想起させるシューティングゲームなどはNGですが、サッカーやバスケットボール、レーシングゲームなどがオリンピック競技として採用されるよう、いまIOCとも協議をしています。
後藤: 次のオリンピックは2020年東京ですが、eSportsの発展にとっても重要なマイルストーンになるのでしょうか?
David: 東京五輪は他の競技の運営ですでに手がいっぱいだと思うので、eSportsで何か大きなことが出来る可能性は低いかもしれませんが、パリかロサンゼルスまでにはeSportsをメインストリームの一つにもっていきたいですね。
日本ではまだJOCの公式競技には認定されていませんが、競技団体が一つにまとまって、2020年以降には大きなムーブメントが生まれてくるのではないでしょうか。
Jason: 中国や韓国と比べると、日本のeSportsは少し遅れているかもしれませんが、関連ニュースを見る頻度は高まってきていますし、どんどん追いついてきていると思います。
Alisportsは日本のeSportsの発展もサポートしていきたいと考えていますし、既にWESGを日本で開催するための協議に入っています。大きな国際大会が開催されることはeSports自体の注目度を上げることはもちろん、政府に対してアピールする材料にもなりますから、まずは第一回大会を開いて、長く続くイベントになっていけば良いですね。
※注釈の無い写真は全て筆者撮影