ゆうちょ銀行の新運用会社は手数料稼ぎが目的なのか
ゆうちょ銀行は、7月22日に、三井住友信託銀行と野村ホールディングスとの間で、投資信託を開発・運用するために、新しい資産運用会社を設立するとの構想を発表しました。これは、親会社の日本郵政との同時上場を控え、固有の企業価値を創出するための施策だと思われますが、さて、ゆうちょ銀行の思惑通りに、ことは運ぶのか。
上場へ向けたお絵描き
ゆうちょ銀行は、屋号に銀行の使用を認められていて、貯金の受け入れを行ってはいますが、銀行の本質的な機能を、融資業務、即ち、預金をもととした信用創造に求める限り、銀行ではありません。
銀行としての固有の企業価値がない以上、新しい企業価値の源泉を創出しなければ、上場へ向けた絵が描けない、このことは、ゆうちょ銀行の経営者の悩みとして、よく理解できます。しかも、金融規制上、新業務の範囲は狭く限定されているので、選択肢は、投資運用業等に限られる、これも、よく理解できます。
ということで、ゆうちょ銀行の新運用会社の構想が生まれてくる背景は、よく理解できますが、だからといって、全てが上場先にありきの強引な論理であることは否定し得ず、そこに、ゆうちょ銀行の真の企業価値創出の可能性を認めることはできません。
銀行になれないゆうちょ銀行
そこで、ゆうちょ銀行は、真の銀行になるために、融資業務の開始を計画しています。しかし、融資業務は、ゆうちょ銀行にとって、新規業務となることから、監督官庁である金融庁と総務省の認可を得ない限り、参入できません。そこで、2012年9月3日に、認可申請が出されたのですが、未だに認可されていませんし、今後、認可される見通しもありません。なにしろ、本件には、民間の銀行界から、強い反対意見が表明されています。
「郵政民営化法」のもとで、ゆうちょ銀行は、将来的には、親会社の日本郵政との資本関係が完全になくなり、純民間企業になりますが、それまでは、政府を大株主にもつ日本郵政の子会社ですから、一般の人の認識として、ゆうちょ銀行の貯金には、事実上の政府保証がついているものと見做されます。
つまり、ゆうちょ銀行には、事実上、優越的な地位が保証される可能性が高いなかで、融資業務を認めることは、明らかに、官業による民業の圧迫になると考えられるのです。
仮に、認可が得られたとしても、融資業務においては、融資実行時における信用審査、および融資実行から回収までの期間における債権管理に、高度な能力と経験を求められるのですから、いまさらそこへ、ゆうちょ銀行が新規参入することは、事実上、不可能です。加えて、既に多すぎる数の玄人の銀行や信用金庫などが犇めいて、苛烈な競争を展開しているなかに、素人のゆうちょ銀行が参入しても勝てません。
こうした状況のもとで、上場へ向けて、日本郵政が2015年4月1日に発表した「日本郵政グループ中期経営計画-新郵政ネットワーク創造プラン2017-」では、一切、ゆうちょ銀行の融資業務のことに触れていません。少なくとも、ゆうちょ銀行の上場へ向けた絵には、融資業務は、描き込み得ないということです。
投資会社としてのゆうちょ銀行
ゆうちょ銀行の実質は、銀行ではなくて、貯金によって吸収した資金を資本市場で運用する投資会社です。では、投資会社というだけでは、上場できないものなのか。
自己資本を用いて投資を行う普通の投資会社ならば、上場も可能でしょう。非公開株に投資する会社型投資信託みたいなものです。かの有名なウォーレン・バフェットの会社など、代表的なものでしょうし、日本の総合商社にも、投資会社的色彩は強くあります。
しかし、ゆうちょ銀行の場合は、小さな自己資本の上に、貯金によって巨額な負債を調達して、投資を行うわけですから、敢えて喩えれば、上場型ヘッジファンドのようなものになってしまいます。つまり、貯金の元本を保証して資金を集め、その資金を元本保証のない資産に投資すれば、投資というよりも、投機的な危険を孕むわけで、さて、そのようなものを上場させていいものなのか。
ならば、ゆうちょ銀行は、元本保証のあるものを中心に運用すればいいのか。残念ながら、金利と元本を保証した貯金で資金を集め、金利と元本を保証した国債等の債券に投資しても、利鞘は残りません。貯金を集めるには、大きな経費がかかります。資金調達原価は、金利だけではないのです。原価以上の資金運用利回りを元本保証の債券等から得ることは、容易なことではありません。
実際、銀行等の現状をみると、資金運用利回りと資金調達原価との差である総資金利鞘は、もはや、0.1%程度です。これは、銀行等の本業である融資部分では利鞘を確保しているものの、融資が伸びないなか、国債等に運用している金額が増大し、その部分において、利鞘がマイナスになっていることが原因なのです。
つまり、ゆうちょ銀行において、銀行等と同様な国債等を中心とした投資を行う限り、安定的な総資金利鞘を確保することはできないどころか、総資金利鞘がマイナスになる可能性、即ち、ゆうちょ銀行の企業価値を崩壊させる可能性も、小さくないということです。これでは、上場は、不可能でしょう。
ゆうちょ銀行の企業価値
では、ゆうちょ銀行は、上場企業としての価値を、どこに見出したらいいのか。
ゆうちょ銀行の貯金は、銀行の預金と性格が異なり、やや長期的性格を帯びた貯蓄性の強いものです。この点は、ゆうちょ銀行も意識していて、中期経営計画でも、「安定的な調達構造の下」での資産運用が強調されています。
理論的には、負債特性に応じた高度なリスク管理の手法と、高度な運用手法を確立できれば、投資会社としてのゆうちょ銀行というのは、固有の付加価値を安定的に生み出し得るでしょう。もちろん、そのためには、人材面等における抜本的な変革が必要であることは、論を待ちませんが、現実には、高度な投資会社へ向けての具体的な取り組みは、ほとんど進捗していないのです。
また、200兆円という規模は、大きすぎます。適正規模については、感覚的なものですが、50兆円くらいが限界ではないでしょうか。要は、貯金を減らすことが最優先課題だと思われますが、実際には、ゆうちょ銀行は、経営計画として貯金の増獲を掲げているのですから、不可解なことです。
要は、今のゆうちょ銀行には、銀行としての価値もなければ、投資会社としての価値もないわけで、上場に向けては、どうしても、別の企業価値の源泉を作る必要があるのです。
投資運用業者としての企業価値
そこで、新しい運用会社の設立構想になるわけです。
貯金として集めた資金で国債を買うくらいなら、最初から、貯金に替えて、国債を販売すればいいのですし、貯金として集めた資金で高度な資産運用を行うくらいなら、最初から、高度な資産運用を具現化した投資信託を販売すればいいのです。このほうが、顧客にも、ゆうちょ銀行にも、双方の利益になります。
このようにして、貯金から投資信託等へ顧客の資産が移転し、ゆうちょ銀行の貯金を減少させて、投資会社としての適正規模へ縮めていくことができれば、投資会社としての企業価値創出の可能性が生まれてきます。加えて、投資信託関連事業という新たな企業価値の源泉も創出できるのです。
故に、もしも、こうした真っ当な経営計画のもとで、新しい運用会社の設立構想が出てきたのならば、その合理性を認めることはできます。しかし、それは、まずは、ゆうちょ銀行自身の資産運用の高度化が先にあって、その経験と能力の外部化として、運用会社の設立に進むという経路でなければなりません。
ゆうちょ銀行自身の資産運用は、貯金という負債を基にしたものなのですから、元本の保全を意識しながら、長期的な視点で、安定的な収益を目指すものになるはずです。このような運用の考え方を投資信託に具現化することは、おそらくは、ゆうちょ銀行の顧客基盤にも適合すると思われます。
自分自身の資産運用と顧客のための資産運用、そこに、ゆうちょ銀行ならではの固有の高度な資産運用能力を集積させることができるのならば、上場企業としての企業価値の創出になるはずです。しかし、実際の運用会社設立構想には、とても、そのような経営政策をみてとることはできません。
単なる手数料稼ぎ
では、どこに、問題があるのか。
第一に、貯金の増獲を経営課題に掲げているように、経営計画全体の合理性が欠落しています。第二に、新運用会社は、三井住友信託銀行と野村ホールディングスとの極めて安直な合弁企業なのであって、そこに、ゆうちょ銀行固有の運用の付加価値を認めることはできません。第三に、先決課題であるところの、ゆうちょ銀行自身の投資会社としての価値創出について、何らの具体的進捗もないなかで、ゆうちょ銀行の資産運用といわれても、一切、説得力がありません。
しかし、ゆうちょ銀行は、自分の系列の投資運用業者を作ることで、投資信託の販売時の手数料だけでなく、残高に対して毎年徴収する信託報酬のうち、投資運用業者の取り分も、自分の傘下に収めることができます。ところが、ゆうちょ銀行には、投資の能力がない、故に、安直に、三井住友信託銀行と野村ホールディングスを呼び込んで、運用会社を作る、ただ、それだけのことかもしれません。
ゆうちょ銀行の論理
金融庁は、他の金融グループの経営については、手数料収入等の最大化を目指す目的で、系列の投資運用業者の投資信託を重点的に販売することについて、非常に厳しい姿勢で臨んでいます。そのなかで、ゆうちょ銀行は、金融庁の施策に反して、敢えて、系列重視の方針を打ち出すのですから、そこには、高度な理論武装が必要です。
その理屈として、7月22日のゆうちょ銀行の発表資料によれば、「新会社においては、(1)お客さまのニーズ等に合った、お客さま本位の簡単で分かりやすい商品を、ゆうちょ銀行と郵便局のネットワークを通じて幅広く・迅速にご提供できるようになること。(2) また、お客さまの真のご意向に応えた長期安定的な資産形成をお手伝いできるようになること」が利点であるとされています。
「簡単で分かりやすい商品」や、「お客さまの真のご意向に応えた長期安定的な資産形成」といった抽象的な表現によって、何が具体的に意味されているかは不明ですが、敢えて好意的に解すれば、一つの投資信託のなかに多様な投資対象を組み込む資産配分型の商品開発なのでしょう。
実際、類似の先行取り組みとして、横浜銀行と三井住友信託銀行との合弁のスカイオーシャン・アセットマネジメントの投資信託があるのですが、それは、資産配分型のものです。
こうした理屈のもとでも、手数料等の合理化は必要です。真の顧客ニーズに応えるための販売時の助言を投資信託の運用に織り込んだものとして、資産配分型の投資信託を作るのならば、それは、販売と運用の一体化と同じことです。販売時の手数料は、その本来の機能に即して考えれば、販売時の助言の対価ですから、もしも、販売時に手数料をとり、同時に運用の報酬もとれば、助言の対価の二重とりになると思われます。
実際、同じように販売と運用が一体化されている直販では、販売時の手数料を取らないのが普通です。さて、ゆうちょ銀行は、販売時の手数料をとるつもりなのでしょうか。とるとして、その合理性を説明できるのでしょうか。
大規模な利害関係者取引
最後に、三井住友信託銀行と野村ホールディングスという顔ぶれは、どうか。ゆうちょ銀行は、立場上、当然のこととして、両社の優れた資産運用能力を強調していますが、客観的な評価は、別問題です。
ここでは、野村證券は、総幹事として、ゆうちょ銀行の上場を担う立場にあり、三井住友信託銀行は、上場後の証券代行業務を担う立場にあること、要は、両社とも、ゆうちょ銀行と、上場をめぐって深い利害関係にあることだけを、申し添えておきましょう。