どうなる日産? 西川社長辞任 株価は上昇したが、不透明感増した今後の経営
●西川氏はいつまで取締役を続けるのか?
西川社長は決算発表の記者会見などで自らの進退について、次の中期経営計画を策定する22年度までは社長を続け、それを区切りに後任社長にバトンタッチする意向を示していた。だが足元の4~6月の業績は好転せず、悪化の一途をたどり、グループ従業員の1割にあたる1万2500人を削減せざるを得ない状況に追い込まれていた。当然、社長としての責任が問われる。22年度まで社長を続けたいという西川氏の思惑はすでに崩れ始めていた。
決定的だったのは業績連動型報酬(SAR)を巡る報酬の上乗せが発覚し、社内調査でも確認されたことだ。9日に発表された社内調査報告(概要)によると、2013年に西川氏がグレッグ・ケリー元代表取締役(金商法違反容疑で逮捕、起訴)に役員報酬の増額を要請、ケリー氏はその要請には応じなかったが、SAR行使による報酬を計算する権利行使日を1週間後にずらすことで報酬額を4700万円増やした、という。調査報告では「自己の報酬が不正な手法により増額されたことを認識しておらず、またケリーらに対してそのような指示ないしは依頼した事実もないから、不正行為に関与したとみる余地はない」と断定した。
だがゴーン氏らの報酬不正を追及し、批判していた西川氏も同じような手法で報酬を上乗せしていた事実は社内外で批判を生み、辞任せざるを得ない状況を作り出した。西川氏は9日の会見で「ある意味で区切りがついた。やや早いタイミングだったが、取締役会で議論し、辞任を決めた」と語ったが、取締役会の総意として辞任を西川氏に求めた結果で事実上の「解任」だった。
記者会見では記者から9月16日以降、日産の経営とはどのような形で関わるのか、一切かかわらないのか、という質問が出た。西川氏は「取締役会と相談して決めたい」と答えた。
9日に辞任が決まったのは「代表執行役CEO職」にすぎない。日産の取締役を辞任するわけではない。16日以降も西川氏は取締役として残る。今後の取締役会で西川氏の処遇が決まるが、いつまでどのような形で日産の経営に関わるのかが次の焦点となる。
代表執行役CEOという経営執行における最高責任者を辞任せざるを得なかったことは、西川氏に経営の執行に関して「任にあらず」と取締役会が判断したわけである。それなのに引き続き、経営執行を監視する役割である取締役として残るという不正常な状態が続くことになる。10月末に新体制が決まれば速やかに取締役も辞任すべきだと思うが、日産取締役会、あるいは西川氏本人はどう考えるのか。
●SAR増額で本当に西川氏らに不正の認識はなかったのか?
社内調査報告(概要)で西川氏らの報酬の増額が「不正行為に関与したとみる余地はない」と断じたことは既に記述した。そもそもSARの上乗せ問題は6月に発売された「文藝春秋7月特別号」でケリー氏の「西川広人さんに日産社長の資格はない」と題したインタビュー記事が発端だ。そこでケリー氏は「私の知る限り日産史上初めて、行使日を後ろにずらしました」と語り、本来は2013年5月14日に行使予定だったものを5月22日に先送りし、その結果として「約4700万円」が上積みされ、トータルで約1億5000万円の利益があったと記憶しています」と述べている。社内調査報告でも「約4700万円(税引後)と記載され、ケリー氏の証言と重なり合っている。
社内調査が西川氏らに対する事情聴取だけだったのか、あるいはケリー氏に対する聴取はあったのかを9日の記者会見で監査委員会の永井素夫委員長(社外取締役)に聞いた。答えは「ケリー氏は逮捕されており(現在は保釈中)、聞いていない」というものだった。
いわば告発者であるケリー氏からは当時の経緯を聞かず、報酬の上積みを受けた西川氏らの聴取だけで不正に関与はしていない、と結論づけたのだ。一方、ゴーン氏やケリー氏の不正認定では二人から意見聴取をせずに不正と断じた。永井氏は「ゴーン氏らのメールを確認した」と会見で語り、メールのやり取りが根拠の一つと説明した。西川氏らには同種のメールはなかった、という。西川氏とケリー氏とがこの問題でメールのやり取りをしなかったかもしれないが、二人で増額について話をしたのが事実ならば、双方から話を聞かずに事実認定をするのは不十分ではないか。
東京地検特捜部と日産幹部が司法取引をし、ゴーン氏とケリー氏の捜査に協力した経緯を考えれば、日産の調査報告が特捜部のストーリーの延長線上でつくられてしまうのは当然である。だからこそそこに恣意性はなかったかが問われる。来春から始まるゴーン氏、ケリー氏の裁判でどのような事実が出てくるのか。その結果次第では9日に発表された社内調査報告に対する信頼が揺らぐ可能性もある。西川氏のSAR増額問題は、4700万円を返却すれば終わるものではない。
●次期CEOは10月末までに決まるのか?
9日の記者会見で指名委員会の豊田正和委員長(社外取締役)は7月から後継社長の選出議論を始めたことと、社内の候補者として約10人、そのほか社外の候補者も10人程度に絞っていることを明らかにした。社内外の10~20人の候補者リストからさらに絞っていく作業を10月末までに進めることになる。
現在の自動車産業は電動化と自動運転、シェアリングサービスが同時に急進展している大変革期である。モノづくり企業としての強い基盤を維持しながら、新しい分野の技術開発やアライアンスを展開するという両にらみの経営戦略を進めなければ生き残れない産業だ。そのかじ取りを任せられる経営者が世の中に数多くいるとは思えない。しかも日産は昨年来、社内の混乱が続いている。ルノーとのアライアンスも維持しなければならない。ポスト西川探しは極めて難しい課題だと言っていい。
指名委員会のメンバーをみると、委員長の豊田氏は経産官僚として通商交渉などでは力を発揮したが、社外役員以外で企業経営にタッチした経験はほとんどない。委員の中で企業経営の経験が豊富なのはルノー会長のジャンドミニク・スナール氏、取締役会議長である元JXTGホールディングス会長の木村康氏、元ソニー・インタラクティブエンタテイメント会長のアンドリュー・ハウス氏、元みずほ信託銀行副社長の永井素夫氏。この中で発言権が大きいのはルノー出身のスナール氏だろう。6人で構成される指名委員会の議論集約は容易ではない。日産の独自性を維持したいならば、スナール氏の意向とぶつかり合う可能性が高い。その時、委員長の豊田氏や取締役会議長でもある木村氏がどのように議論を整理できるのか。
豊田氏は経産省と情報交換しながら作業を進めていくとみられているが、経産省が民間企業の人事にまで手を突っ込むことは許されない。後任CEOの選定を「10月末までを目標に決定します」と表明したが、長期的に日産を託せる経営者が見つかるかは見通せず、次善の策としてCEO代行となる山内康裕最高執行責任者(COO)が続投する可能性も残されている。
今回の西川氏の「解任劇」について日産のガバナンス体制にとっては一歩前進という見方が出ているが、その先行きは楽観できない。