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福島第一原発ツアー化とおざなりになる被災地。観光地化していく前に環境整備が必要。

吉川彰浩一般社団法人AFW 代表理事
現在では1号機原子炉建屋の状況も一般視察が可能となっている

世界中が固唾をのんで見守った「東京電力 福島第一原子力発電所事故」から約5年半が過ぎました。

社会中の多くの方にとってはその記憶も時間の流れとともに風化し、現在においては事故当時の被災された方々の気持ちも被害も、原発そのものの状況も分からない。そんな局面にきていることと思います。

その一因は、社会が理解できる発信が出来ていない廃炉現場そのものに悪さがありますが、その原因となっているのは厳しい核物質防護のルールです。

福島第一原子力発電所は原子力事故が起き、社会的には「公的な場」として変わりましたが、核物質防護上は日本中にある原子力発電所と同様に扱われます。

写真や動画が社会に出回らないのは、核物質防護上、写ってはいけないものが写ってしまうからです。それほど発電所構内にはあらゆるところに防護のための施設があります。

TV局や新聞社の方が一番不満に思いながら知っている事実でもあります。核物質防護は原子力と暮らす私達にとって安全に直結するものですので、詳細に明らかにされることはありません、それは隠ぺいしているのではという疑念すら生みます。

これは監督官庁である経済産業省の指導のもと、全国の電力会社共通のものとなっています。

かつて恐れて離れた場所は、今や一つの観光地として新しく扱われようとしています。

筆者が代表を務める一般社団法人AFWは月1回の福島第一原発への視察を行っていますが、原発事故後の暮らしを生きる人達が現状を知るための手段として、学びという概念のもと企画しているものです。

これは社会に伝わらない廃炉の現状の中、原発事故後を生きる私達が知れる環境が必要であるという考えから、地元に根ざした団体の取組として行っているものですが、誰でも見に行ける場所として誤解されて申し込みをされる方が今もいます。

東京電力のHP上では視察の窓口は明らかになっていません。核物質防護(テロ対策)を預かる東京電力が国のルールに則り、動機と共に視察者身分を判断し、特別に許可するものであるからです。見せていきたい一方、核物質防護上は見せる場所ではない、それを表しています。

現状では個人の視察は許されていません。団体による視察を東京電力に願い出て、視察日を順番待ちし「見させてもらう機会」となっています。

現行ルール範疇では、視察受け入れ可否についても、見せる場所についても東京電力に委ねられるのが現状です。

また一般の人が見れるということは、被ばくの観点から安全な場所に限られます。それは現場改善が進んだ場所しか見せれないということを指します。

これら背景は世の中に浸透しているものではありません、これまで東京電力が受け入れてきた視察者は約2万5000人に上り、口伝をもって「福島第一原発は見に行ける場所となった」と、端的に伝わることが福島第一原発に行けるツアー化に拍車がかかっています。

視察者への配慮が誤解を招く視察に

福島第一原発構内放射線量マップ 単位はマイクロシーベルト毎時
福島第一原発構内放射線量マップ 単位はマイクロシーベルト毎時

福島第一原発の構内状況は、5年半の月日と共に大きく変わりました。バス車内からの視察であれば、特段の放射線防護対策は不要で一般の方も、見ることが出来る場所が増えています。

限られた場所、条件下(バス車内からの視察、工事の妨げにならない場、限られた滞在時間)においての視察は、安易な誤解をも生んでいます。「誰でも安全に見に行ける場所に福島第一原発は変わった」という誤解です。

一般視察で行けない・見れない場所にこそ、福島第一原発の廃炉の課題は詰まっています。特に放射線とどう上手く向き合い解決するかに、働く人達は手をこまねいているわけですから。

約6000人に上る作業員の方々が毎日働く理由は現場に課題があるからです。

その課題を受け取りきれぬまま視察が終わり、行った事実と改善状況のみが強調された実感が、行ける場所、安全な場所になったという感覚へと伝わります。

始まっている視察者の低年齢化

筆者も大学生を視察にお連れしています。それは大学生からの強い希望(原子力事故がいかなるものか、現状どうなっているのかを知り、今後の生き方や学業に活かしていく)にお応えしてのものです。

原発事故後の社会を生きていく方々への「知れる環境作り」への一環ですが、若い世代をお連れすることには社会理解と、お連れする責任がAFWにあることも重々かみしめています。

実際に現場で働く方は19歳以上の方です。それを一つの指標としながらも年齢的にも許される限度というものはあるものと思います。

その限度は被ばくへの健康影響が基準となるだけでなく、社会的に福島第一原発に若い世代を連れていくことが、道義的に許されるかも基準となると考えています。

事実、福島県内の進学校(高校)の生徒を福島第一原発を視察につれていこうという動きがあります。これには視察受け入れ年齢に制限がないため、修学の場として訪れることが出来てしまうからです。安全な防護対策不要な状態で視察を行えることは事実ですが、これが道義的に許されるのか、これは社会が決めることと思います。そしてその社会は、廃炉の現状を知らぬゆえに決められないのが現実です。

安易に行ける場所として、福島第一原発を扱うことが進めば、こうした道義的問題を生むだけでなく、廃炉現場は問題がないような場所として扱われることになり、廃炉の意義も揺らぎますし、原子力事故により避難区域となっている地域との矛盾をも生みます。

・忘れてはならない原子力事故があった場所だということ。

帰還困難区域内の田園風景。
帰還困難区域内の田園風景。

福島第一原発の外にも視点を向けてみれば、現在も発電所を中心とした地域は避難区域に設定されています。今も避難生活をされている方がいるという現実です。

帰還困難区域は現在も16歳未満は入ることが許されていません。事故当時の小さな子供たちは自分が住んでいた家にも行けない現実があります。

これは健康影響を鑑みて作られたルールに準じているからです。

前述したように福島第一原発の視察は年齢制限がないことから、入れようとする大人の意図によっては低年齢層も可能となってしまいます。

その反面、実家にも入れない人達がいる、それが何のためにというところまで考えていくと、避難が何のために行われているのかまで揺らぎますし、それどころか、原子力事故に被災された方々への思いも踏みにじるようなことになりかねないということです。

急げ法整備、そして社会の扱い方にあった環境整備を

原子力事故が起きた「東京電力福島第一原発」は、事故後、全国にある原子力発電所とは社会的に扱われ方が変わりました。

その現状は私達の生活に影響を及ぼすものとして、歴史的な事故のあった場所として、公的な場所になっています。

それゆえに、見たい・学びたいと社会欲求に答えるべき場所と変わっています。

ですが、今はその社会欲求に応じられる場所としてのルール整備や環境整備が整っていません。

見に行かなくては分からないが、今も続いています。それゆえに起きている問題でもあります。

核物質を預かる場として守られていくルールと、公的な場所に変わったゆえに見せていかなくてはならない現状。

透明化とは相反するルールの中で、知れる場所・機会がほかにないことが根本原因です。

誰でも知れる場であることは必要ですが、誰でも入れる場にすることで解消していくことは時期尚早です。

社会議論の上、東京電力は分からな状況への改善に力を入れ、本当の意味で安全で知ることが出来る環境整備を民間目線で一緒に作りあげていくことを、国とも共同で進めていく必要があります。

そして公的な場所として扱われ、社会が見たいと望む発電所のまわりでは、原子力事故により避難区域が続く現状と、避難解除となっても、避難により生まれた空白の年数に応じて起きている地域課題があります。

そうした地域が未来ある場所に変われるよう、必然的に観光地化していく場所は、原子力事故により変えられてしまった方々のかけがえないの”ふるさと”の中にある自覚を社会は共有し、本来の当事者の状況改善にも寄与するようなあり方で、なるべくしてなる福島第一原発ツアー化が必要です。

一般社団法人AFW 代表理事

1980年生まれ。元東京電力社員、福島第一、第二原子力発電所に勤務。「次世代に託すことが出来るふるさとを創造する」をモットーに、一般社団法人AFWを設立。福島第一原発と隣合う暮らしの中で、福島第一原発の廃炉現場と地域(社会)とを繋ぐ取組を行っている。福島県内外の中学・高校・大学向けに廃炉現場理解講義や廃炉から社会課題を考える講義を展開。福島県双葉郡浪江町町民の視点を含め、原発事故被災地域のガイド・講話なども務める。双葉郡楢葉町で友人が運営する古民家を協働運営しながら、交流人口・関係人口拡大にも取り組む。福島県を楽しむイベント等も企画。春・夏は田んぼづくりに勤しんでいる。

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