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【続】町田市の悲しい事件。試されているのは私たち大人です。

竹内和雄兵庫県立大学環境人間学部教授
(写真:アフロ)

まだ詳細はわかりません

前々回前回に続いて,町田市の悲しい出来事について記載します。残念ながら,詳細はまだわかっていません。多くの取材や相談がありますが,わからないことが多すぎるので,断定的なことは書けません。

しかし,私たちの社会は,この悲しい事件から一刻も早く全貌を明らかにする必要があります。責任者を糾弾するためではありません。何が問題だったかを明らかにして,二度と同じようなことが起きないようにするためです。今,こうしている間にも,同じようなことが起きているかもしれません。

今わかっていること

いろいろな報道がなされています。私が知ったのは,9月13日のプレジデントの記事でした。翌日にもさらに詳しい内容が記載されていました。東京新聞朝日新聞読売新聞など,さかんに報道され,テレビなどでもしきりに報道されています。

文部科学大臣や町田市長が公の場でこのできごとについて発言しています。大臣や市長が話すのは,異例です。市長の「一方でいじめと自死の因果関係についてはまだ明らかになっていない」とうい発言が大きく報道されています。私たちの社会がこの問題を大きく受け止めていることがわかります。

私は,立場上,多くの方と接することがあります。マスコミ関係の方,教育関係の方,行政の方,また町田市関連の方とも話す機会がありました。それでも,わからないことが多すぎて,断定的な物言いができず,悔しいです。現段階で私が把握できているのは,以下の6つです。

①町田市で小学生が自ら命を絶った

②自殺要因の1つに,いじめがあげられている

③遺書が残されていたが公開されていない

④いじめに学校配布のタブレットが使われた

⑤タブレットのパスワードが全員共通だった

⑥チャットにいじめた言葉が残っていない

大別すると,①~③「いじめ」,④~⑥「端末の問題」です。

1.いじめ

いじめの第三者委員会が新しく立ち上がるようですので,ここはその調査を待つしかないと思います。現段階で自殺の原因がいじめだったともちろん断定できません。ポイントは2つです。

①遺書に向き合う

まず遺書に向き合うことが重要です。命を絶った子が最後の力を振り絞って書いた文章です。今後,公開されると思いますが,そこから目をそらしてはならないと思います。加害者を糾弾するためではありません。

彼女をなぜ救えなかったか。どこが救うチャンスだったか。しっかり向き合う必要があります。

②風化させない

悲しいですが,人は忘れます。これほどの悲しい事件ですが,だんだんと人の記憶から消えていきます。私の関わった悲しいできごとは,学校で大切な命が失われたにも関わらず,16年経った今,ほとんどの人が知りません。

彼女の同級生の多くは,中学受験で私学に通っているそうです。そういう状況もあり,また子供たちの心の問題について考えると,悲しいできごとについて触れることは難しい面もたくさんあります。子供だったらなおさらです。

しかし,風化させないことが何より重要です。私たち大人は,しっかりこの問題に向き合う責任があります。

2.端末の問題

①パスワード管理

今回のできごとの大きな課題は,学校が配布した情報端末が関係していることです。学校が情報端末を配布していなかったら,守れた命だったのかもしれません。

特にパスワード管理のずさんさが多くの場面で指摘されています。例えば,読売新聞9月18日には以下のように書かれています。

「文科省によると、女児が通っていた学校では当時、端末のIDが出席番号などから類推でき、パスワードは全員共通の「123456789」だった。他人になりすまして悪用することが可能で、両親は「端末がいじめの温床になった」と主張している。この点について、萩生田文科相は17日の閣議後記者会見で、「不適切と言わざるを得ない」と述べ、全国の教育委員会に適切な運用を改めて周知徹底する考えを示した」

大臣の「不適切」の言葉は重いです。いかに不適切か私なりに説明します。以下は,学生たちと年間30回以上関わっている,スマホサミット等で子供たち自身から聞いたことです。子供たちのネットいじめの変遷について少し説明します。

ガラケー時代(2006年頃~)

2008年,文部科学省が「学校裏サイト38260件」と発表しました。当時,子供たちはガラケーを使って,「ホムペ」「プロフ」等を作っていた。文部科学省がそういうサイトを「学校裏サイト」と表現しました。

当時,私は市教委で教育行政に携わっていたのですが,学校現場は大変でした。ここでは,「名無しさん」等,匿名で書き込むことができたからです。「死ね死ね死ね」等の書き込みが見られましたが,ひとりで10人になりすまして投稿していた例もありました。ポイントは匿名記載でした。文部科学省も,問題行動調査のいじめの様態にこの頃,ネットでの誹謗中傷を加えました。

スマホ時代(2012年頃~)

スマホが流行しだすと状況が一変しました。ここで,彼らのコミュニケーションの中心は,LINEやTwitterなどに変わりましたが,ここの特徴は,記名です。基本的には誰が書いたかわかります。そういう場所に「死ね死ね死ね」はあまりにリスキーです。そういう書き込みは激減しました。いじめターゲットとして誰もが認めているような場合や,明らかな力関係の差がある場合以外は見られなくなりました。

別でグループを作って,本人にばれないように悪口を書きます。いじめが発覚し,犯人捜しが始まった時,そういう書き込みが露見すると危険なので,最近の子供たちは,送信取消という機能を使って,書き込みを消し去り,まさに証拠隠滅します。首謀者が細心の注意を払う場合は,悪口を書いたグループ自体を消し去ります。また,LINEのステータスメッセージや,最近ではInstagramのストーリーズ等の機能を使って,誰のことかわからないような悪口を書くことが一般的になってきています。

②チャットにいじめの痕跡が残っていない理由

加害者は,学校配布の端末で,いじめる言葉を書き込んだとされていますが,痕跡が残っていないのが問題になっています。以上をしっかり読んでいただけると,チャットにいじめの痕跡が残っていない理由がわかると思います。

大人の意識は「ガラケー時代」のままで,現状がわかっていません。今回のできごとで,チャットにいじめの痕跡がないのは,ある意味当たり前で,子供たちは,「匿名で書けること」「あとで消去できること」を理解したからこそ,そこにいじめの文言を書き込んだのです。自分のスマホ(LINE等)で「学習済み」だからです。あくまで私の推察ですが,こういう予備知識を持って議論したいです。

この問題がうまく解決の方向に向かっていない理由の一つが,大人の不勉強があります。送信取消,ステータスメッセージ(今はストーリー)は,子供たちにとっては当たり前のことですが,私がこの間接した,有識者,記者,教育行政の方,フィルタリング会社の方,ほぼ知らなかったです。だから解決しないのです。少し子どもに聞けばわかることをなぜ皆さん,知らないか。大人の覚悟が足りないのだと思います。知らないだれかを責めているわけではありません。これまでしっかり説明してこなかった自戒を込めて書いています。

具体的な解決策,対応策は次回に書きます。試されているのは,私たち大人です。

兵庫県立大学環境人間学部教授

生徒指導提要(改訂版)執筆。教育学博士。公立中学校で20年生徒指導主事等を担当(途中、小学校兼務)。市教委指導主事を経て2012年より大学教員。生徒指導を専門とし、ネット問題、いじめ、不登校等、「困っている子ども」への対応方法について研究している。文部科学省、総務省等で、子どもとネット問題等についての委員を歴任している。2013年ウィーン大学客員研究員。

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