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【スピードスケート】大ケガを乗り越えて平昌五輪に挑む 菊池彩花

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
身長170センチメートル、ダイナミックな滑りを武器とする菊池彩花(写真:アフロスポーツ)

 大けがを乗り越え、2度目の五輪舞台で悲願の金メダル獲得を目指すスピードスケーターがいる。30歳のベテラン、菊池彩花(富士急)は10月の全日本距離別選手権で上位に入り、2シーズンぶりにW杯代表に返り咲いた。

 11月10日にオランダ・ヘーレンフェーンで開幕するW杯第1戦を皮切りに、12月上旬の第4戦まで1500メートル、3000メートル、チームパシュートに出場する。身長170センチメートル、長い手足を伸びやかに使うダイナミックな滑りに、負傷中のレース研究で得た緻密なレーステクニックを加え、勝負の平昌五輪を見つめる。

気合いの入る選手たち。(前列左から菊池彩花、高木美帆、高木菜那、佐藤綾乃、後列右から押切美沙紀、松岡芙蓉)(撮影:矢内由美子)
気合いの入る選手たち。(前列左から菊池彩花、高木美帆、高木菜那、佐藤綾乃、後列右から押切美沙紀、松岡芙蓉)(撮影:矢内由美子)

■16年8月に負傷、昨シーズンを棒に振る

 事態の深刻さは関係者が一様に見せるこわばった表情からすぐに伝わった。14年ソチ五輪代表であり、15年世界距離別選手権の女子チームパシュートでは金メダルメンバーの中核を担った菊池が、昨年8月に負傷した。

 ナショナルチームの氷上合宿中に転倒してチームメイトと接触。時速50キロ近い速度で滑る中、幅1ミリのブレードが右ふくらはぎに刺さり、20センチにわたる裂傷を負った。筋肉や腱、神経が切れ、緊急手術を受けて約1カ月間入院するという非常事態。退院後も松葉杖での生活が続き、昨季をまるまる棒に振った。

 もちろん落ち込んだ。しかし、すぐに自分を奮い立たせた。

「五輪シーズンじゃなくて良かった」

 柔和なほほえみの奥に、ただでは転ばないという負けん気を忍ばせ、リハビリの合間を縫って昨年12月のW杯長野大会などを観戦。復帰後に備え、少しでも何かを得ようとさまざまな角度からスケートを見つめた。

 今年5月、ナショナルチームへの復帰を果たし、合宿に参加した。オランダ人のヨハン・デビット・ヘッドコーチがつくるメニューは、自分をいかに追い込めるかがカギ。菊池は筋トレ、陸上トレ、自転車トレと、どんどん負荷を高めていき、夏を超えたころには各数値がすべてケガ前を超えた。

公開合宿の日、囲み取材に応じる菊池彩花。スケートに真摯に向き合う(撮影:矢内由美子)
公開合宿の日、囲み取材に応じる菊池彩花。スケートに真摯に向き合う(撮影:矢内由美子)

■「怖さがあったので、ホッとしています」

 こうして迎えた10月の全日本距離別選手権。初日の1500メートルでは、昨季の実績がないことで1組独走になる厳しい条件の下、1分58秒71で4位に入り、まずはこの種目でのW杯代表入りを確実にした。

 レース後は「怖さはかなりあったので、ホッとしている部分はあります」と率直に言った。

「トライアルでは力を使ってようやくスピードを出せるという状態だったので、そこが不安でした。きょうは気持ちの方がかなり上がって、最初の方は出したというより行ってしまったという感じでした。気持ちのコントロールとコンディションをすり合わせることが大事だと思いました」

 レースから離れている昨シーズン、高木美帆をはじめとするライバル勢がどんどんタイムを伸ばしていたことも、意識を高める原動力となっていた。

 実際に、10月の全日本距離別選手権で高木美帆が出した1分55秒44の国内最高記録は菊池より3秒以上速く、500メートルが本職である小平奈緒も菊池を上回る1分57秒87だった。

「自分のタイムには全然満足できません。周りのレベルが昨年で一気に上がったので、戻っているというレベルだと全然戦えないですからね」

 復帰戦で及第点の結果を残しながら、菊池はさらに上を見つめた。

いかに自分を追い込めるか。夏合宿のランニングメニューではヨハンコーチとともに意欲的に先頭を走っていた(撮影:矢内由美子)
いかに自分を追い込めるか。夏合宿のランニングメニューではヨハンコーチとともに意欲的に先頭を走っていた(撮影:矢内由美子)

■「自分に必要なのはレーステクニック」

 緊張の初日を終え、2日目の3000メートルでは4分10秒22で5位になり、この種目でもW杯メンバー入りを果たした。

 初日の夜は「反動で疲れが出た」(菊池)が、一夜明けるとすっきりしたと言い、「初日はものすごかった」という緊張も、2日目にはほぐれていたそうだ。

 その中で、ケガでスケートから離れていた期間に大会観戦をしながら考えていたという「レーステクニック」を氷の上で表現できたのは大きな収穫だった。

「ケガをしたことをきっかけに、W杯長野大会を見に来たり、国内大会を見に来て、上にいっている選手は後半が強いと感じ、今まで自分は後半に落ちてしまって、もったいないレースをしていた、と思ったんです」

 今季の課題はいかに効率の良いレースをできるか。それには多くのレースをこなすことが重要になる。

「はじめから行きすぎるのではなく、楽に入って最後まで滑りきる。3000mのゴールのところで100%を出し切れるようにしたい。全日本距離別選手権は今後につながるレースができたと思います」

 澄み切った目線が印象的なベテランスケーターは、積み重ねてきたハードワークと探求の成果を、余すところなく、平昌五輪にぶつける覚悟だ。

夏合宿では自転車で長距離を走るメニューも(撮影:矢内由美子)
夏合宿では自転車で長距離を走るメニューも(撮影:矢内由美子)

◇菊池家4姉妹の夢◇

 長野県南相木村で、5人姉妹の次女として生まれた。美容師の長女・真里亜さんを除く姉妹4人がスケート選手だ。

 陸上競技と同じサイズの400メートルオーバルリンクを滑るスピードスケートの彩花。そして彩花以外の3人は、フィギュアスケートやアイスホッケーと同じサイズのリンクで滑るショートトラックのナショナル強化選手としてすでにW杯や世界選手権を経験している。

 三女の悠希(ゆうき)は昨年からANAに所属、四女の萌水(もえみ)は江戸時代の1615年(元和元年)創業の老舗化粧品メーカーである柳屋のスポンサードを受けて活動、そして五女・純礼(すみれ)はトヨタ自動車に所属している。

 ソチ五輪は彩花と萌水が代表入り。菊池は「4人がそろって五輪に出るのが目標。そこはぶれません」と力強い。

手足がスラッと長い菊池彩花(撮影:矢内由美子)
手足がスラッと長い菊池彩花(撮影:矢内由美子)
17年1月の全日本ショートトラック選手権。中央が菊池萌水、左が菊池純礼、右は酒井裕唯(撮影:矢内由美子)
17年1月の全日本ショートトラック選手権。中央が菊池萌水、左が菊池純礼、右は酒井裕唯(撮影:矢内由美子)

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サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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