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「ラ・ラ・ランド」発声上映が盛り上がらなかった理由

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
映画「ラ・ラ・ランド」のロサンゼルスプレミアの様子(写真:Shutterstock/アフロ)

みんな本当は、拍手をしたかった? 心理学で言えば同調行動。でも、小さなきっかけがあれば・・・

■『ラ・ラ・ランド』

アメリカのミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』。

ゴールデン・グローブ賞ではノミネートされた7部門すべて獲得。アカデミー賞では、史上最多14ノミネートを受け、6部門で受賞。

素晴らしい映画です。圧倒的なダンシングシーン。明るく元気で、どこか懐かしくて、そして切ないストーリー。恋がしたくなる映画。もっと恋をしておけば良かったと思える映画。恋に恋する思春期の少年少女から、人生の晩年を迎えたシルバー世代まで、みんなで楽しめます。

■『ラ・ラ・ランド』発声上映

そんな楽しいミュージカル映画。まだ上映が続いていますが、だまって座っているだけじゃ物足りないというわけで、「ラ・ラ・ランド」発声上映。これは、拍手・手拍子・コスプレOKの上演です。4月5日から東京の8館をはじめ、日本各地の映画館で行われました。

■『ラ・ラ・ランド』発声上映が悲劇的静かさ?

ところが、ネット上では「『ラ・ラ・ランド』発声上映全然盛り上がらなかった」という投稿が相次ぎました。

ララランド発声可能上映で「誰も一言も発さず拍手すらない」悲劇が起こる

■みんなは何を思ったのか

映画館に言った人たちが、「発生上映」だということすら知らなければ、静かに映画を見て帰るだけでしょう。知っていても、静かに見たいと思っていたら、静かだったことをわざわざツイートしないかもしれません。

本当は盛り上がりたかったのに、あれ?盛り上がらないぞ、と思った人達が、次々とツイートし、さらにネット上で話題に名手いるのでしょう。

静かな発声上映の様子を示すマンガの中では、ワクワクして映画館に行ったのに、シーンとしている館内に戸惑っている様子が描かれています。あぶら汗をたらしながら、「みんなだって拍手したいはずだよね・・・?」と固まっています。

そして最後まで静かなままで終了。

こんなふうに、本当は拍手したいのに、歌いたいのに、「なぜみんな静かなの?」と感じていた人も、少なからずいたことでしょう。

■心理学で考えると

人は、みんなと同じことをするのが、一番心が落ち着きます。これを、「同調行動」と言います。みんなが拍手していないのに一人だけ拍手するのは勇気がいります。普通の人なら、一人だけで拍手するのは、かなり気まずいでしょう。また逆にみんなが拍手しているのに、一人だけ拍手しないのも、落ち着かないでしょう。

どちらが正しいのかではありません。どちらが多いのか、みんなはどうしているのかです。歩行者みんなが赤信号で待っているのに、一人だけ道路を渡るのは気が引けます。でも、みんなが次々と赤信号でも横断歩道を割ったっているのに、自分ひとりだけ止まっているのも、正しいのに気持ちがすっきりしないでしょう。

多くの人が、実は拍手したり歌いたいと思っていたのに、誰かが始めないと音が出せません。そうして静かなままに映画が進行すれば、ますます音が出しにくくなるでしょう。

さてそれ以外に理由を考えてみましょう。

上演館が多すぎたために、熱いファンが分散されて、発声上演は盛り上がらなかったかもしれません。

そもそも発声上演だということを知らないで見に行った人や、最初から音など出したくない観客が多かったのかもしれません。

そして、準備不足が考えられます。実は、発声上演が成功した映画館もあったのです。何が成功と失敗を分けたのでしょうか。

■発声上演が成功した映画館

成功したある映画館では、『ラ・ラ・ランド』ファンの芸能人が、上演前にステージに登り、観客を盛り上げました。会場全員で練習がてら「ブラボー!」の大合唱も行いました。

こうした始まった発声上演は、大盛り上がり。冒頭のダンシングシーンから、ブラボー!の声、リズムに合わせた拍手、エンディングクレジットが流れる中では、まるでカーテンコールのような拍手が鳴り響いたそうです。

『ラ・ラ・ランド』発声上映実施!冒頭の高速道路シーンで「ブラボー!」大合唱:シネマトゥデイ

実は、ディズニー映画『アナと雪の女王』の「みんなで歌おう、シング・アロング上映」でも、同じことが起きていました。まったくだめだった上映もありましたが、盛り上がった映画館では、スタッフの人が上演前に会場を盛り上げ、練習もしていました。

成功と失敗の違いは?:GWの映画館「アナと雪の女王の主題歌みんなで歌おう♪」シング・アロング

まだ、このようなにぎやかな映画鑑賞スタイルに慣れていない日本人。だれかが、きっかけを作ってあげる必要はあるのでしょう。それを待っている人たちも、たくさんいるのでしょう。

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蛇足:

30年以上前のことだと思います。池袋の映画館で『カッコーの巣の上で』を見ていました。普通の上映でしたが、観客全体の一体感を感じるような、良い上映でした。物語の中で、しいたげられていた無口なネイティブアメリカンがバスケットボールでシュートを決めるシーン。その素晴らしい爽快感の中で、友人でも団体でもない映画館の観客全体に、自然に拍手がわき起こりました。映画が終わり、当時は映画のエンディングクレジットが始まればさっさと帰る人が多かったのですが、その日の上映は最後の最後まで誰も席を立ちませんでした。

クラシックのコンサートでも、楽章と楽章の合間には拍手をしないのが原則ですが、無知のためではなくあまりにも素晴らしい演奏で感極まって拍手が出ることはありますね。それも数人ではなく、会場全体が拍手することもありますね。

昔、帝劇で森重久弥の『屋根の上のバイオリン引き』を観た時。その日は千秋楽でした。上演が終わり、拍手がわきあがり、カーテンコールが行われます。出演者たちが、何回か舞台上に出たり下がったりします。そのたびに、薄めのどん帳(幕)が上がり下がりします。そして最後に一番外側の厚いどん帳が下がります。これで、カーテンコールも終わりです。そういうお約束です。ところが、観客の拍手が鳴り止みません。最後は、演奏を続けていたオーケストラの指揮者が、観客に向って頭を下げ「お願いします、どうぞお帰りください」というようなジェスチャーをして、ようやく観客達も笑顔で立ち上がりはじめました。

それぞれの場所には、標準の形があります。人は、みんなに合わせます。でも、何かのきっかけで、いつもと違うことも起こるのでしょう。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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