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ブームになった「遺産」に意義はあるか? 

田中淳夫森林ジャーナリスト
林業遺産に選ばれた吉野林業。人がつくった300年生の森がある。

「遺産」ブームだ。何も親から相続する話ではない。

世界的に、貴重だとするものを「~遺産」として認定するブームなのだ。

もっとも有名なのが「世界遺産」であることはいうまでもない。これは自然遺産、文化遺産、複合遺産に分かれるが、基本的に不動産(土地)をユネスコが認定する。これは1975年にスタートしており、結構古い。ただ日本で広く知られるようになったのは世界遺産条約を批准した1992年以降。先進国では最後であり、124番目だから随分遅れた参加だ。

その後、そこには納まらないものとして、「無形文化遺産」が2003年にユネスコによって設定された。

さらに古文書など記録物を対象とする「世界記憶遺産」、農業によって生み出された生態系や景観を取り上げる「世界農業遺産」、地球科学的に重要な地質などを選定する「ジオパーク」、生態系の保全と持続的な利活用を謳う「エコパーク」……など幅広くなってきた。ユネスコも次々と認定する対象を見つけるなあ、と感心する。

こうした動きに刺激されたのか、最近は日本国内だけを対象とした「遺産」認定も増えている。歴史的土木構造物を対象にした「土木遺産」とか、近代化に貢献した産業施設などの「近代化遺産」などが選ばれている。

もちろん、選ばれることで注目され保存・保護が進むかもしれないし、地元の誇りとして広まる可能性もあるだろう。内容によっては観光などを通して地域振興にもなる。

しかし、最近は希少で大切なものだから認定して保全を促すという目的がないがしろにされているように思う。

とくに世界遺産などは、まさに観光開発の手段になってきた。認定を受けることで、世界中から観光客が訪れるようになるからだ。だから認定運動にしのぎを削って莫大な資金が投入される。ユネスコの目的はここにあったの? と勘繰りたくなるほどだ。また世間でも遺産巡りツアーが企画されたり「遺産検定」のような便乗もあり、もはや「認定商売」花盛りの様相を示す……。

とはいえ、せっかく「価値あるもの」として認定されるナントカ遺産である。なぜ認定されたのか、その社会的意義をもっと世間にアピールしてもらいたい。そして遺産が残される未来へ問いかけをしてもらいたい。単に選ばれました、で済ませてほとんど知られないままの「遺産」もあるのは寂しいではないか。

せっかくだから知られざる「遺産」(笑)の一つ、日本森林学会が選定している「林業遺産」を少し紹介しよう。

2013年にスタートして、昨年は10件、今年は次の4件が選ばれた。

吉野林業

飫肥林業を代表する弁甲材生産の歴史

天然林施業実践の森「東京大学北海道演習林」

越前オウレンの栽培技術

私が興味深く感じたのは、いずれの林業地も、複層・多様性を重んじている森が入っていること。

奈良県の吉野林業は、500年の歴史を誇る日本最古の林業地であり、樹齢300年にもなる巨木が林立する人工林が残される。

宮崎県の飫肥林業は、主に船の建材を生産してきたが、疎植ゆえにスギの巨木に広葉樹が混ざった針広混交林を生み出した。

一方、東大の北海道演習林はどろ亀さんこと高橋延清氏が育成した天然林のような森づくりを進めたことで専門家の間では有名だ。

福井県のオウレン栽培は、自然林の林床を利用して薬草のオウレンを栽培するものだ。 農業と結合したアグロフォレストリーである。

いずれも豊かな生態系を人の手で作り出した林業地と言えるだろう。

残念ながら日本の戦後林業は、一種類の有用樹ばかりを育成した一斉林が多く、しかも生長すると大面積の皆伐を繰り返してきた。その度に森林生態系は破壊される。今回の4件の選定は、そんな林業とは一線を画している。

林業は自然破壊の産業ではなく、人為によって豊かな生態系を作り出せることを示す例として知られてほしい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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