Yahoo!ニュース

「相続税で村に住めなくなる可能性も」村長が訴える白馬村の地価上昇に潜む問題とは

冨田建不動産鑑定士・公認会計士・税理士
白馬村の村長室の看板~特記ないこの記事の写真は全て令和6年9月20日筆者撮影。

■はじめに

相続税路線価が劇的に上昇した長野県白馬村の記事を、先月公開しました。

前回の記事

地価上昇に連動して起こる問題点を提示した記事でしたが、幅広い層に興味を持って頂けるテーマではないと考えていました。

しかし、有難いことに、記事をご覧になった白馬村からご連絡を頂き、白馬村長を始め村の担当者を取材できる機会を頂けることになりました。

特急「しなの」で名古屋から松本に向かう。令和6年9月19日筆者撮影。
特急「しなの」で名古屋から松本に向かう。令和6年9月19日筆者撮影。

のどかな雰囲気の大糸線のローカル列車(大町市の信濃大町駅で撮影)。令和6年9月19日筆者撮影。
のどかな雰囲気の大糸線のローカル列車(大町市の信濃大町駅で撮影)。令和6年9月19日筆者撮影。

■白馬村 再訪

令和6年9月19日。筆者は名古屋市中区での不動産鑑定のお話を頂いていたのですが、少々強引ではありましたけれど、名古屋発長野行のJRの特急「しなの」から松本駅でJR大糸線に乗り継いで到着した白馬で一泊し、翌日に白馬村役場の村長を訪ねることにしました。こうすれば、いちいち別建てで名古屋に行って白馬に行くよりも時間が節約できるのです。

そして、9月20日、筆者は白馬村の村長室にお邪魔しました。

ここでは、あくまでも政治的中立を保った上で、村長さんや同席された副村長さん、土地利用・建築係ご担当さん(以下、建築係と表現)からお聞きした内容を並べてみましょう。

村役場に早めに着いたので今回も前回同様に役場の誰でもピアノを奏でる。今回は和音と旋律だけの耳コピで「Get Wild」「チートデイ」「絶対的第六感」「ハピチョコ」「真夏の果実」等を奏でたがこれは余談。
村役場に早めに着いたので今回も前回同様に役場の誰でもピアノを奏でる。今回は和音と旋律だけの耳コピで「Get Wild」「チートデイ」「絶対的第六感」「ハピチョコ」「真夏の果実」等を奏でたがこれは余談。

ーー今日は、わざわざお時間を頂戴しありがとうございます。白馬村の一部でかなりの地価上昇があり、エコーランドエリアにある都道府県地価調査基準地「白馬5-2」は今月に発表された今年7月1日時点の価格が52,200円/平米と前年の40,600円/平米からの30.2%もの上昇で、全国4位の上昇とお聞きしています。前回の私の記事の通り、エコーランド界隈の相続税路線価も急上昇していますし、インバウンドの影響と思いますが例えばエコーランド以外の八方尾根付近も地価が上昇しています。この点が村や村民に影響する点はいかがでしょうか。


村長:大きな問題の1つは、「相続発生時に、本来は白馬村の不動産を売りたくはない人が、相続税路線価の上昇によって相続税が増加するために渋々売らざるを得ない」点です。


ーー具体的には、それによってどのような影響があるのでしょうか。


村長:白馬村の不動産を相続税の問題で売った場合、売却者が住民であり生活に使用していた不動産である場合には白馬村に住んでいることが出来なくなるという問題が発生する可能性があります。また、外資が円安や資金力にモノを言わせて買う場合もあり、その場合にも問題になる点があります。白馬村の立場から見ると、本社が村外の企業が不動産を購入して事業を営む場合、この企業から得られる税収が、事業所の法人村民税均等割程度に留まり、更に外資の場合には青色申告書を提出していない企業であると企業版ふるさと納税などもないことから、地域への事業貢献度が低くなりがちです。


ーーそれは白馬村としては痛いですね。


村長:一方で、村が担うべきインフラの整備は行わないといけません。そうなると税収との見合いで、その外資に対してはプラスマイナスで言うとマイナスの場合すらあるのです。

左から白馬村の丸山村長、吉田副村長、建築係ご担当の降籏様(ご本人たちに写真掲載のご快諾を頂いています)。
左から白馬村の丸山村長、吉田副村長、建築係ご担当の降籏様(ご本人たちに写真掲載のご快諾を頂いています)。

ーーその他に何か懸念はありますか。

村長:元からの白馬村の住民が不動産を売却して出ていかれる場合は、人口流出になります。そうなると地域コミュニティ維持の観点からも、長く地域に貢献してきた方に地域に関わって頂くことが出来ず、また売却した相手が白馬村の住民でない場合には住民税を徴収できないことから、住民サービスも賄いきれなくなる懸念点もあります。

ーーなるほど、他にもありますでしょうか。

村長:地方交付税は毎年10月1日の各自治体の人口を基準にその交付額が決まり、人口が多い方が地方交付税も増加しますが、白馬村の場合は冬に外国人労働者を中心に住民も増えるので、不利な時期を基準に地方交付税の配分がなされるため、その点の改善を求めたいとは思っています。

村役場訪問の後で、白馬村の誇る観光地の八方尾根を訪れ、ゴンドラで山の中腹まで行ってみた。初秋のこの季節は雪がまだないから、牧場として利用されていて牛が放牧されていた。
村役場訪問の後で、白馬村の誇る観光地の八方尾根を訪れ、ゴンドラで山の中腹まで行ってみた。初秋のこの季節は雪がまだないから、牧場として利用されていて牛が放牧されていた。

村長:今、白馬村のエコーランドで地価が上昇したと話題になっていますが、実は昔、長野五輪前の頃は、今なんか話にならない位エコーランド付近も相続税路線価が高かったのですよ。

ーー村役場に保管されていた過去の相続税路線価を見せて頂きましたけれども、エコーランドの最も高い相続税路線価同士の比較で言うと、令和6年時点では36,000円/平米ですが、平成7年当時の相続税路線価は67,000円/平米と、実に1.8倍以上の設定ですね。

副村長・建築係:最近の動向として、地価は上昇しても、負担調整等があるので、土地の固定資産税の税収は地価上昇程は増加していないのです。令和4年の税収を見るに白馬村の村税全体で15億、うち固定資産税は9億強とかなり高いウエイトを占めるのですが、東京の大手資本が新たな施設を作る等、新築建物が増えた面に起因する部分が多い状況です。

ーーなるほど、それは特徴的ですね。

副村長・建築係:実は、不適切な地価高騰を防ぐ意味で、インバウンド需要増で外国人が土地取得を始めた平成20年前後には、急激な地価高騰対策となる制度を作れないかを検討したこともありましたが、村として特効薬となる対策を講じることは難しい状況でした。

ーーと、言いますと?

副村長・建築係:実は以前、土地利用や建物の用途をコントロールする意味で、都市計画上の用途地域指定を検討しました。ところが、白馬村の場合はこれまで用途規制のない地域として昭和のスキーブームからオリンピックを経過してきたことから建物の用途が混在しており、特定の地域が特定の用途の建物だけで固まっているわけではないのが現実でした。このため、仮に用途地域を定めたところで既存不適格建築物※だらけになるという状況でして。


※既存不適格建築物…制度制定前からある建物については、その後に定められた制度に違反していても許容される形態の建物

ーーそんなこともあるのですか。

副村長・建築係:あるいは、「村民感情としてどうなのか」「今後の白馬村をどうしたいのか、どうしていくのか」という面もあります。
ただ、村としては色々対策を考えているのですけれど、一部には「村は対策を講じていない」「外資を誘導している」等の誤解もあったりして、難しい面もあります。

ーー誤解もあるのですね。それは存じ上げませんでした。

副村長・建築係:かつて長野五輪前の頃の地価上昇により相続税路線価の上昇が相続税にそのまま反映されることも多く、「多額の相続税を次代に負担させたくないといった思いや、富の再分配という相続税の制度設計から乖離した地価上昇等の事情から、相続発生前に不動産を売却し、又は相続税の納付のために、著しい相続税負担を軽減しようと村民が手放したくないのに土地を手放さざるを得ない」という事態があったのですけれど、今回の地価上昇でその2周目が来ることも懸念しています。

リフトから白馬村市街地を望む。
リフトから白馬村市街地を望む。

村長:食事が観光地価格となる等、物価が高騰し、特に外国人は円安との要因もあって、地元の人のお財布感覚と差が生じています。
最近、二重価格が話題になっていますが、例えば税でも、ここの住民とそうでない人の価格差があればとも思います。

ーー確かにそれは一案ですね。

村長:ただ、市町村の要望を国に挙げるときに、「国税制改正についてはハードルが高い」と言わざるを得ません。だからこそ、今回のような「要望」以外の形で、実態を知ってもらいたいと考えています。

八方尾根のリフトで行ける最高地点から白馬村の市街地を見下ろす。さすがに高原だけあって気候は非常にさわやかであった。
八方尾根のリフトで行ける最高地点から白馬村の市街地を見下ろす。さすがに高原だけあって気候は非常にさわやかであった。

■最後に

まず、わざわざお時間を頂戴した村長はじめ村役場のみなさまに改めて御礼を申し上げたいと思います。

※なお、誤解を防ぐため、記事の原案は白馬村側にご確認を頂いています。

今回は白馬村という、たまたまご縁があった自治体の声でしたが、もちろん別の自治体等では他の意見もあり得る点は留意しつつも、インバウンドに伴う需要増による地価上昇に伴う「生の声」を聞けて有難かったと思いますし、これを記事の形で幅広く共有することに意義があるのではないでしょうか。

そして、今回は大変有難い機会でしたが、もしまたご縁があって「うちの自治体でも・・・」というお声がありましたら、他の地方の自治体の首長の方にも地域の抱える問題点等につき、ご意見をお聞きしてみたいと思います。

現場からは以上です。

地価が上昇しているエコーランドのメインストリート(令和6年7月17日に筆者が撮影)
地価が上昇しているエコーランドのメインストリート(令和6年7月17日に筆者が撮影)

【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサーが企画・執筆し、編集部のサポートを受けて公開されたものです。文責はオーサーにあります。】

不動産鑑定士・公認会計士・税理士

慶應義塾中等部・高校・大学卒業。大学在学中に当時の不動産鑑定士2次試験合格、卒業後に当時の公認会計士2次試験合格。大手監査法人・ 不動産鑑定業者を経て、独立。全国43都道府県で不動産鑑定業務を経験する傍ら、相続税関連や固定資産税還付請求等の不動産関連の税務業務、ネット記事等の寄稿や講演等を行う。特技は12 年学んだエレクトーンで、平成29年の公認会計士東京会音楽祭では優勝を収めた。 令和3年8月には自身二冊目の著書「不動産評価のしくみがわかる本」(同文舘出版)を上梓。 令和5年春、不動産の売却や相続等の税金について解説した「図解でわかる 土地・建物の税金と評価」(日本実業出版社)を上梓。

冨田建の最近の記事